第28話:違いがわかる




 学園に着き、シエヴィネン公爵家の馬車からヴァルトが降りて来る。

 ここまではいつもの光景なので、特に誰も何も言わなかった。しかし普段ならば馭者に声を掛けて歩き出すヴァルトが馬車内へ声を掛け、手を差し出した事で周りの視線が一気に集まった。


 差し出したヴァルトの手にエスコートされて降りて来た人物を見て、更に周りが騒がしくなる。

 口さがない人達の「王太子」「疵物きずもの」と言う声が聞こえたが、それ以上に羨望の眼差しが多かった。


 マルガレータが地面に降り立つと、ヴァルトと目を合わせて微笑み合う。

 ヴァルトに向けられる黄色い声と、マルガレータの笑顔に向けられたと思われる野太いどよめきが馬車の降車場へと響いた。



 ヴァルトと腕を組み歩き出したマルガレータの前を、突然三人の人物が塞ぐ。

 ティニヤが教えてくれた『待ち構えている方々』とは、この三人の事だろう。

 予想通りの面子に、マルガレータは溜め息をきそうになる。

 第一王子とサンナ、そして自称ヴァルトの婚約者のミンミ。


「お前! 俺様の妃になる約束だろうが!」

「ちょっとぉ、アンタは私の代わりに仕事するんでしょう? 勝手に他の家に行かせないわよ」

「ヴァルト様! 私と婚約する約束でしょう?! 騙したのね!」


 あまりにも自分勝手な言い分に、マルガレータは怒りと呆れの混じった複雑な表情をする。ヴァルトは怒り一色だ。

 三人の主張は約束を守れという事だが、どれ一つとして約束した事実は無い。

 相手が勝手に、一方的に言っていたものばかりだ。



 第一王子達のいきなり始まった罵倒に、周りの生徒も集まってくる。

「マル……デイジー」

 ヴァルトがマルガレータの名前を呼び直す。自分だけの特別な呼び名にしたいと、馬車の中で決めたものだ。


「はい、ヴァルト……」

 マルガレータも敬称を付けそうになるのをグッと堪える。

 婚約者である事を、周りに判りやすく示すための愛称呼びである。

 二人で常識の範囲内で寄り添うと、不躾な三人と対峙する。


 凛とした雰囲気のヴァルトと、清楚で淑女なマルガレータ。

 怒りを露にした第一王子に、ブラウスを胸元が見えるように着崩しているサンナと、似たような着こなしのミンミ。


 周囲の生徒の気持ちがどちらに寄り添うかなど、火を見るより明らかである。



「言いたい事は色々あるが、まずウーシタロ伯爵令嬢」

 ヴァルトがミンミへと視線を向ける。

「はい!」

 何か勘違いをしているのだろう。ミンミは胸を張った上にその自慢の胸を強調するように前で手を組む。


「家族との顔合わせもしていないのに、婚約誓約書を送ってくるような常識の無い行動は止めてもらおう」

 ヴァルトのはっきりとした拒絶に、ミンミの顔が笑顔のまま固まる。


「え? でも、王太子の後押しが有るのよ? 親戚で将来の王太子妃のサンナの家も、推薦してくれてるのよ? 断る理由が無いじゃない」

 ミンミが引き攣った笑いを浮かべながら、信じられないとばかりにヴァルトを責める。


「シエヴィネン公爵家に、どこで繋がってるのかもすぐには思い出せないくらい遠いウーシパイッカ伯爵家が推薦したからと何の意味がある。あぁ、逆に今回の件で、完全に縁を切ると父は宣言していたよ」

 ヴァルトの言葉に、ミンミだけでなくサンナも第一王子も顔色を悪くする。



『そういえば、前はシエヴィネン公爵家の威光を勝手に使ってたわねぇ』

 ティニヤがマルガレータの隣へふわりと降り立つ。

 マルガレータがティニヤへ、説明を求める視線を向ける。声に出すと、ヴァルトに説明を求めているようなおかしな状況になってしまうからだ。


『ほら、私の時の曾祖母ミンミは、学園入学時には曾祖父ヴァルト様の婚約者だったのよ。それもあって第一王子あのバカは、牛娘を正妃にしたのでしょうね』

 視線の意味をきちんとんでくれたティニヤの解説に、なるほど……とマルガレータも納得する。


 サンナとミンミは親友である。

 中身はどうであれ、未来の公爵夫人と王太子妃が仲が良いのは、王太子にとって都合が良かったのだろう。



 マルガレータの親友はヨハンナだ。しかもティニヤの時代では、王弟の婚約者だったのだ。


 実はティニヤの記憶には、ヨハンナと親友だったものは無い。

 支配欲の強い王弟のせいで、ヨハンナは今ほど社交に顔を出せなかった。

 学園に入学し、本格的に王太子妃教育が始まったマルガレータは、周りから浮いていた。

 あぶれた者同士、何かの折に一緒に行動するだけの関係だった。



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