第27話:幸せとは




 政略でも惰性でも同情でも無い、本当の求婚。

 それは、ヴァルトの真剣な顔を見れば、マルガレータでも解った。

 いつから? とか、なぜ今? とか、色々疑問は浮かぶが、嫌悪感も拒否感も湧かなかった。

 まだ同じ気持ちが返せるとは思えない。それでも、第一王子アルマスの婚約者だった頃の義務感に近いキモチとは違う、遥かに温かい気持ち。


「私で良いのでしょうか……」

 マルガレータが問う。

「貴女が良い。貴女でなければ嫌なのです」

 間髪入れずにヴァルトが答える。

 マルガレータはその勢いに少しだけ驚き、そして、ジワジワと頬を赤く染めていく。

 熱のこもったヴァルトの視線に耐えられなくなり、マルガレータはそっと視線を下へと落とした。


 政略で仮面夫婦のような婚姻を強いられる事も少なくない貴族社会。現に、前の王太子との婚約は、身分が釣り合うからという理由の政略だった。

 その中で、愛されての求婚なのだ。

 断る理由など無いのは、マルガレータも解っている。

 それでも躊躇してしまう程度には、アルマスとの婚約解消が心に傷を残しているようだ。



『大丈夫ですよ、マルガレータ。女はね、愛すより愛されて結婚する方が幸せなのですよ。気持ちは後からいくらでも育ちます』

 ティニヤがマルガレータの横にたたずんでいた。

曽祖父ヴァルト様の事が嫌いですか?』

 ティニヤに問われ、マルガレータは小さく首を横に振る。


「マルガレータ嬢?」

 ヴァルトが不安そうに名を呼ぶ。

 マルガレータが視線を上げると、声以上に不安そうな表情をしたヴァルトと目が合う。

 その表情をさせたのが自分だという申し訳なさと同時に、高揚感も湧き上がる。


 愛されている実感。


「不束者ですがよろしくお願いします」

 宝石箱を持つヴァルトの手を、マルガレータは両手で包み込んでいた。



 二人が屋敷内へ戻ると、両家の両親が和気藹々とお茶をしていた。

 いや、父親同士は既にワインを開けている。

 マルガレータが求婚を受けた時点で、使用人から報告があったのだろう。

 勝手に祝杯があげられていた。


 軽食や飲み物の載っているテーブルとは違うサイドテーブルに、婚姻契約書が置かれている。

 両家当主の署名は終わっており、残すは当人の署名だけだ。


「用意周到すぎます……」

 マルガレータが思わず呟くと、隣から小さく謝る声が聞こえた。

 いつから根回しがされていたのか。

 それでもマルガレータの意思を尊重したのは、愛ゆえだろう。

 ヴァルトの愛、家族の愛。


 その後、マルガレータとヴァルトも一緒に昼食なのか宴会なのか判らない食事をし、午後のお茶アフタヌーンティーの前にはおひらきとなった。




 翌日、学園へ行く為に家を出る時間の少し前に、ヴァルトが迎えに来た。

 婚約者としては当たり前の行動なのだが、公に発表されてからだと思っていたマルガレータを驚かせた。

 第一王子が勝手に迎えに来た時とは違い、使用人や当主夫妻が歓迎しているので、マルガレータだけが解っていなかったようだ。


「おはようございます、マルガレータ嬢」

 にこやかに朝の挨拶をするヴァルトは、どこか昨日までとは雰囲気が違う。

 纏う空気が浮かれているし、マルガレータへの好意を隠しもしない。

 それは、自分を見つめる甘い眼差しに、マルガレータが照れてしまうほど。


「お、おはようございます」

 慣れない雰囲気に戸惑うマルガレータの手を、ヴァルトが優しく握る。

 そのまま自然にエスコートし、馬車へと誘導する。

 二人仲良く馬車に乗り込むのを、リエッキネン侯爵夫妻と使用人達は微笑みながら見守っていた。



 馬車の中では会話らしい会話は無かったが、二人にはそれが苦痛では無かった。

 一緒に居るだけで幸せ……そのような甘い空気が漂っている。

 並んで座り、指先が触れる程度に軽く手を繋いでいる。

 二人きりの初々しい世界……とは、残念ながらならなかった。


『あぁ、胸焼けがしそうですわ。ちょっと渋めの紅茶が飲みたいですわね』

 二人の目の前の座席には、いつの間にかティニヤが座っていた。


 急に存在を主張したティニヤに、マルガレータが驚き体を揺らす。

 ティニヤ!? と、声には出さずにマルガレータが呼ぶと、呼ばれた本人は肩を竦めて見せる。


『私だって邪魔したくはありませんでしたわ。でも、学園でシエヴィネン公爵家の馬車を待ち構えているが居ますのよ』

 教えに来てさしあげましたわよ、とティニヤは笑った。



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