第26話:諦めない男




「新しい婚約者、ですか?」

 いつものように学園のサロンで食事をしながら、半分愚痴のようにヨハンナへと相談をするマルガレータを、周りの面子は何とも言えない表情で見つめる。

 ヨハンナの問いに、始業式の日の朝の事をマルガレータは説明する。

 結局始業式の日は、マルガレータは学園を欠席をしていた。


「今のままだと、王太子は間違い無くアールトだろうからな」

 クスタヴィが言うと、アールトは苦笑いをしながらも頷く。

 負ける気は無いのだろう。

「彼はまだマルガレータ様を諦めていないのですか?」

 ヨハンナは呆れを隠しもしない声を出す。


「まさかとは思うけど、マルガレータ嬢が自分を」

 そこまで言って、ヴァルトは口を噤んだ。その瞬間サロンの扉が開き、噂のアルマスとサンナが入って来る。

 扉の向こうには、中をうかがうミンミ・ウーシタロ伯爵令嬢がいる。サンナの親友で、ヴァルトの婚約者を自称する例の令嬢である。


 まだ自己紹介もきちんとしてない令嬢だが、シエヴィネン公爵家にウーシパイッカ伯爵家の推薦状付きで、婚約契約書が送られて来て名前を知った。

 釣り書でも婚約申込書でもなく、婚約契約書である。

 怒ったシエヴィネン公爵夫妻は、ウーシパイッカ伯爵家との縁切りを決めていた。



「マルガレータさぁん。人の婚約者にまとわりつくの、みっともないですよぉ」

 サンナが大きな声でマルガレータをなじるが、そのような事実は無いし、お前が言うなと皆が思う。

『いい加減、鬱陶しいわね』

 ティニヤの台詞に、マルガレータは頷く。

 隣のヴァルトも頷いたように見えたが、それは無いと軽く首を振る。


「おいサンナ。将来は家族になるのだから仲良くしろ」

 アルマスがサンナを注意するが、そもそもの前提が間違っている。

 これがサンナがアールトに絡んだのならばまだ納得なのだが、相手はマルガレータである。

 ここまで思い込みが激しいと、ちょっと病気を疑いたくなるほどだ。


「気持ち悪……」

 素直な気持ちを吐露したのは、ヨハンナだった。その横でクスタヴィも頷いている。

「これは、ご両親が新しい婚約者を、と言う理由が解りますね」

 アールトが自身の兄に向かって、さげすみの視線を送った。




 その週の終わり。学園が休みの日に、なぜかマルガレータは朝早くから起こされ、入浴させられ、出掛ける予定も無いのにドレスを着せられていた。

 屋敷内がどことなく浮ついており、いつも以上に使用人が動き回っている。

「ねぇ、何かあ」

「動かないでくださいませ」

 マルガレータは侍女に質問しようとするが、化粧をしている侍女にたしなめられてしまう。


 他の侍女に視線で訴えるが、髪型を整えている侍女や宝飾品を熱心に選んでいる侍女と、視線が合う事は無かった。

 この前の新年会の準備の時よりも、全員真剣な表情である。

 諦めたマルガレータは、静かに目を伏せた。



 お昼にはまだ早い時間。突然の訪問者があった。

 しかし突然だと思ったのはマルガレータだけで、エーリクもマティルダも笑顔で訪問客を迎える。

 一目で高級だと判る上品な装いの夫婦と共に現れたのは、少し緊張した表情のヴァルトだった。


 挨拶もそこそこに、お互いの両親は応接室へ向かい、マルガレータとヴァルトは庭へと追いやられてしまった。

 何が何だか解らないマルガレータは、使用人に促されるままヴァルトを庭へと案内する。

 そこには既に、軽いお茶の準備がされていた。


 席に着き、お茶を一口飲んだところで、マルガレータはやっと人心地付いた。

 目の前で微笑むヴァルトを見る余裕も出てくる。

 いつも通りだと思っていたヴァルトは、二人きりになってもどこか緊張したままだった。


「ヴァルト様? 大丈夫ですか?」

 思わずマルガレータが声を掛けると、ヴァルトは弾かれたように立ち上がった。椅子が倒れなかったのが不思議な位の勢いである。

 立ち上がったヴァルトをマルガレータが呆然と見上げていると、彼は片手をポケットに手を入れて歩き出した。


 テーブルを回り込み、マルガレータの横まで来る。

 そしてポケットから手を出すと、マルガレータの横にひざまずいた。

 手の中には小ぶりな宝石箱。

 そして蓋を開けると、中にはヴァルトの瞳と同じ色をした宝石の付いた指輪が入っていた。


 さすがにここまでくればマルガレータにも理解出来た。

「初めてお会いした時から、僕の心は貴女のものです。結婚してください」

 真剣な表情で求婚してくるヴァルトを見ながら、初めて会ったのはいつだったかしら? と、若干現実逃避しているマルガレータだった。



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