第25話:愚者の行動




 王太子の婚約者という立場を理解していない愚かな娘。

 それがサンナに下された評価だった。

 新年会で初披露された王太子の婚約者である伯爵令嬢が、元婚約者の侯爵令嬢をおとしめた上に、自身の恥部である略奪を嬉々として語ったのだから当然だろう。


 そしてそのような婚約者を連れて、元婚約者に声を掛け、同じように元婚約者を見下す発言をした王太子も同様だった。


 それにサンナの着ていたドレスも最悪だった。

 背中も胸元も大きく開いたドレスは、成熟した大人の女性が夜会で着るべきものであり、学園に在学中の女生徒が昼間のパーティーで着て良いものでは無い。

 所構わず露出するなど、娼婦より悪いと評価されてしまった。




 年が明け、学園の新学期が始まる前に、衝撃的な発表がされた。

 アルマスが王太子では無くなった。

 厳密には、アルマスとアールトの二人が王太子候補となり、学園卒業までどちらが相応しいかを競わせる、というものだった。


「これは、ほぼ確定って事よね」

 王妃陛下の堪忍袋の緒が切れたのかしら、とマルガレータが密かに思う。

 王子妃教育はほぼ専属教師が行っていたが、たまに王妃みずからが行う時があった。

 その時に会った王妃は、ただ笑って国王に寄り添うだけの女性では無かった。


 本格的な王太子妃教育が始まれば、もっと会う機会があったのだろう。

 それらを全て修め、王太子の側妃になったティニヤならば色々知っているだろうが、それを聞こうとは思わなかった。

 自分にはもう訪れない、悲しい未来の話など聞く必要など無いだろう。



『あっはっはー! いい気味ですわー!』

 マルガレータの上空で、ティニヤは楽しそうに円を描きながら回っている。

 出会った時よりも言動が幼く自由になっているのは、気の所為では無い。


 たがが外れたと言えば良いのだろうか。

 ティニヤは、今まで抑圧された生活をずっとしていたのだろう。

 マルガレータ時代も、ティニヤになってからも、ずっと王太子妃になるために幼い頃から教育され、そして逃げられなくなってから裏切られたのだ。


「そう考えると、最悪な人生よね」

 上で高笑いしていてうるさいな、と思っていたマルガレータだったが、何も言わずに好きにさせておく事にした。




 学園の新学期、始業式の日。

 家族で朝食を食べている和やかな時間に、戸惑った顔の執事が入って来た。

 前にも同じような事があったな、とマルガレータが思っていると、予想通りの名前が執事からもたらされる。


「アルマス第一王子殿下からの先触れでございます」

 前回勝手に突撃して来た事を、かなり強く王家に抗議した為、さすがに先触れを出したのだろう。

 執事から当主のエーリクへと先触れの紙が渡された。


 内容を確認したエーリクは、怒りに顔色を変え、紙を持つ手がブルブルと震えている。

 その内容が、有り得ないものだったから。

「今から城を出るから、もうすぐ屋敷に着く、だと!?」

 先触れになっていない先触れに、エーリクがグシャリと紙を握りつぶす。



 婚約者時代ならばともかく、赤の他人の屋敷を訪れる際は何日も前に了承を取っておくのが貴族の常識である。

 せめて午前中に了解を取り、午後に訪ねるのが筋だろう。


 それを守らないのは、リエッキネン侯爵家をよほど下に見ているのか、マルガレータをまだ婚約者同然だと思っているのか、その両方か。



「門扉を閉めろ! 絶対に鍵を開けるな!」

 エーリクが叫んで、門の在る方向を指差した。

 まるで戦争でも始めるような勢いに、執事ではなく、室内にいた若い使用人が返事をして走り出す。

 その後ろ姿が見えなくなると、エーリクは手の中の紙を床へ落とし、力一杯踏みにじる。


「これはもう、マルガレータの婚約を早々に決めた方が良いな」

 長い間王太子妃になる為に頑張ってきたのに、王太子の馬鹿な行動のせいで無駄になってしまったマルガレータ。

 不憫な娘に自由な時間を与えたくて、あえて新しい婚約者を決めていなかった。

 それこそ、恋愛結婚でも良いかと、学園卒業までに婚約者を決めれば良いとすら、エーリクは思っていた。


「誰か良い人はいないの?」

 エーリクの気持ちを理解しているマティルダが、マルガレータへ問い掛ける。

 まだ王太子に絡まれているせいで、新しい婚約者の事など一切考えていなかったマルガレータは、素直に首を横に振った。



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