第24話:新年会




 悪魔が増えた。

 小悪魔では無い。鬱陶しい悪魔だ。


「ヴァルト様ぁ、はやく婚約の契約書に署名してくださいねぇ。おうちに届いてるはずですから~」

 翌日から、サンナの親友である伯爵令嬢がヴァルトに付き纏い始めた。

 教室にいる間は、休み時間毎にヴァルトを訪ねて来る。

 食堂で食事をしようとすれば、勝手に隣のテーブルから椅子を持ってくる始末だ。

 ある意味、サンナよりも図々しい。


 さすがに嫌気がさし、食事自体を例のサロンまで届けてもらう事にし、やっと落ち着いた時間を過ごせる……はずだった。


「マルガレータ、そろそろ素直になれば俺の婚約者に戻してやるぞ。まぁサンナをきさきにする事は、王命だから決定だがな!」

 今度はサロンで過ごすようになると、王太子がマルガレータに絡んでくる。

 その腕には、当たり前のようにサンナがぶらさがっている。

 サンナを侍らせたまま、マルガレータを口説くのだ。最悪過ぎる。


 そのサンナは、アールトへの秋波を隠そうとしない。

「婚約者って言ってもぉ、政略でしょ? 将来は家族になるんだしぃ、仲良くしましょうねぇ」

 仲良く、のところで胸をグッと寄せる必要がどこにあるのか? とマルガレータとヨハンナは顔を見合わせる。




 皆の心労が溜まり、誰が1番に爆発するかとお互いに心配しあっていた。それでも頑張って耐え、年末年始の長期休みに入ってとりあえずの平穏を取り戻す。


 クスタヴィは自国へ一時帰国し、アールトは逆に婚約者を呼び寄せた。

 そのクスタヴィの帰国に合わせて、ヨハンナの実家であるイカヴァルコ侯爵家が一緒に行き、婚約を成立させて戻って来た


「おめでとう! ヨハンナ様」

 王家主催の新年会で顔を合わせたヨハンナは、指には大きな婚約指輪がはめられていた。

「ありがとうございます」

 照れて笑うヨハンナは、とても幸せそうな顔をしている。



『良かったですわ。ヨハンナ様が幸せそうに笑っています』

 幸せでは無かった王弟との婚約や結婚生活を、マルガレータは知らない。

 それでもヨハンナを見るティニヤの表情で、予想する事は出来る。


 クスタヴィは自国の新年会に参加する為、一緒ではない。婚約が予定より早まったから都合が付かなかったのだろう。

 その代わりにエスコートしているのは、元婚約者のヴァルトだった。

 円満に婚約解消をしているし、家同士の関係も良好なので、適役だった。


 皆に挨拶をしているヨハンナとその隣のヴァルトを見て、ふと、マルガレータは違和感を感じた。

 悪い感情ではない。

 ただ、ヨハンナを見るヴァルトの表情が、先程のティニヤとよく似ている気がしたのだ。


「幼い頃から知っているから、親みたいな心境……とかなのかしら?」

 他の人へ挨拶に向かう二人の後ろ姿を見送りながら、マルガレータはポツリと呟く。

 それはまるで、無理矢理自分を納得させる為の儀式のようだった。



 ひととおり新年の挨拶を済ませたマルガレータの元へ、お呼びで無い客が現れた。

「こんな所に居たのか、婚約者の居ない女は淋しいな、マルガレータ!」

 何度注意しても名前呼びを止めない王太子と、年齢と昼のパーティーのどちらにも相応しくないドレスを着たサンナである。


 王家への新年の挨拶は、家族と共に済ませている。

 サンナを連れているという事は、王太子としての新年の挨拶回りなのだろう。

 学園に入学したら本格的な社交が始まるのだと、マルガレータは王子妃教育で習った事を思い出す。


 名前を呼ばれたマルガレータは、無言で振り返り、返事もせずにそのまま黙って二人を見つめる。

 普通ならば不敬罪に問われそうな行為だが、何度正式に王家に抗議しても直らない為、『次からは無視して構わない』という許可を国王夫妻から貰っていた。


 無言、無表情で自分を見つめるマルガレータに、さすがに王太子はひるむ。

 周りの貴族も何事かと、ただならぬ雰囲気を感じ取り、段々と注目を集め始めていた。

 王太子はまだ気付いていないが、注目される事が大好きなサンナは一足先に気が付いた。その口角がいびつにつり上がる。


「マルガレータ。サンナがぁアルマス様の寵愛を受けてしまったからぁ、キズモノにしてしまってごめんなさぁい」

 謝る振りをした、明らかな侮辱の言葉をサンナは口にする。

 しかしマルガレータは一切反応せず、王太子を見つめる視線が更に冷たくなる。


 無視されたサンナは、言葉を続ける。

「そんな貧相なナリじゃぁ、次の相手なんて見つからないでしょ? 女として色々足りないもんねぇ」

 うふふふ、と笑いながら、サンナは王太子に体を寄せ、服から零れそうな胸を王太子の腕に押し付けた。



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