第23話:親友




 ヨハンナとヴァルトの婚約がひっそりと解消され、クスタヴィとヨハンナの婚約の約束がなされた。

 婚約解消後すぐに婚約するのは体裁が悪い為、あくまでも約束となっている。

 学園内ではヨハンナとヴァルトの婚約解消は公表せず、いままで通りの関係を暫くは続ける、はずだった。


「ヴァルト! 婚約を破棄したのでしょう? 私の親友を紹介するわね!」

 食堂でマルガレータ達がいつもの五人で食事をしていると、突然サンナが女生徒を連れて来た。

 サンナの台詞に、食堂内が揺れる。

「君には名前で呼ぶ許可をしていないし、そもそも婚約破棄などしていない」

 ヴァルトが静かにサンナを責める。

 嘘では無い。婚約はしていない。


「親戚なんだし、私は王太子妃よ? その私が言っているのに反抗するの?」

 サンナの言っている事は滅茶苦茶である。どこの暴君だ? と、益々サンナの評価が下がるが、本人は気にしていない。

「どいて。そこはこのの席なの」

 サンナがヨハンナの腕を掴み引っ張る。

 前回は椅子を引いて自分が倒れたので、今回は腕を引いたのだろう。


 抵抗するのも馬鹿らしいので、ヨハンナは大人しく席を立った。

 ヨハンナが席を立つと、隣のクスタヴィもすぐに席を立つ。当然、アールトも席を立った。

 マルガレータも席を立とうと腰を浮かせた時、すぐ脇にサンナがやって来た。


「あぁん! アールト様は、サンナの隣にいてくれないとぉ。」

 思い出したかのように、サンナの話し方が急に変わる。

 アールトの服の袖を掴み、移動を妨害するのを忘れない。


「ちょっと! アンタもさっさとどきなさいよ!」

 アールトの袖を掴みながら、サンナはマルガレータを突き飛ばした。

 中途半端な体勢になっていたマルガレータは、そのまま体が斜めに倒れていく。

「……え?」

 まさかの暴挙に、マルガレータはなす術が無かった。



 床に倒れるかと思われたマルガレータだったが、温かいものに包まれただけだった。

「え?」

 まだ理解の追い付いていないマルガレータを他所よそに、周りでは黄色い悲鳴があがっている。

「大丈夫?」

 耳元で囁かれ、マルガレータは体を固くした。


 体勢を崩して倒れ掛けたマルガレータだったが、横の席に居たヴァルトが咄嗟にマルガレータの腰に腕を回し、自分の膝の上に座らせたのだ。

 ヴァルトも立ち上がろうと椅子の位置を斜め後ろに引いており、体がマルガレータの方へ向いていたから出来た芸当だった。


 すっぽりとヴァルトの腕の中に収まっているマルガレータは、足が地面から離れており立ち上がる事が出来ない。

 体を支える為に腰に回された腕と、抱きとめた為に密着している体。

 緊急事態でなければ、到底貴族には許されない態勢だろう。



「私の婚約者に何してんのよ!」

 驚いて固まっているマルガレータを抱えるヴァルトの後ろから、ヨハンナの席を奪った女生徒が叫んだ。

『マルガレータ、この女生徒が曾祖父様の妻だった女です』

 叫ぶ女生徒を指差し、ティニヤが冷たく言い放つ。ティニヤからすれば曾祖母に当たる人物のはずだが、その目には嫌悪しか無い。


『記録には、祖父が幼い頃に曾祖父が戦場で亡くなり、その後は領地も領民も放置して、贅沢な生活をしていただけの公爵夫人です』

 優秀な家令のお陰で、公爵家には影響は無かったらしいけど、とティニヤが付け足す。


「早くどきなさいよ! 私は王太子妃の親友で公爵夫人になるのよ!?」

 ヴァルトの前、サンナの隣へ移動した自称婚約者がマルガレータを威嚇する。

 さすがサンナの親友である。言動がそっくりだ。

『実家の伯爵家にも、無償で大金を渡したりもしていたそうですよ』

 それは単なる横領ではないだろうか?

 マルガレータの眉間に皺が寄る。


 マルガレータの表情を見て馬鹿にされたとでも思ったのか、女生徒がマルガレータの腕を掴もうと手を伸ばし、ヴァルトに叩き落された。

 驚きで目を見開く令嬢の顔には、微かにティニヤの面影があった。




 結局、最終的にはアールトが我慢の限界を迎え、サンナとその親友令嬢が退場となった。

 食事も全員あと一口二口だった為、そのまま終了とした。

 王族と公侯爵家のみが使えるサロンへと移動する。


 残念な事に婚約者は同伴出来る為、これからはサンナが居る事も有るだろう。しかしその親友らしい伯爵令嬢は、入室出来ない。

 今までは王太子と鉢合わせしたく無かったので使用しなかったが、サンナと親友二人に絡まれるよりは、王太子とサンナの方がまだマシだと判断した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る