第22話:王命




 王命での婚約。それは誰にも覆せないものである。

 たとえ王族でも。


 王太子の婚約が発表された。

 王命での婚約である。


『アルマス・ヤルヴィサロと

 サンナ・ウーシパイッカの婚約を

 国王の命により結ぶものとする』


 王命による婚約は、少ないが皆無では無い。

 しかし該当貴族家に連絡が行く前に王宮へ掲示されたのは、王国設立以来初めての出来事だろう。

 当然、王太子アルマスにも知らされなかった。

 王太子とアールトが学園に行っている間に王宮へと掲示され、その後にウーシパイッカ伯爵家に提示された。



『王命での婚約が発表されましたわよ!』

 授業時間中にも拘わらず、興奮気味にティニヤが叫んだ。

 その声はマルガレータにしか聞こえていないはずなので、問題無いと言えば無いのだが、驚いたマルガレータが教科書を落としてしまう。


「どうかされましたか?」

 教師に問われ、マルガレータは視線を落とす。

「すみません、少し目眩めまいが……」

 嘘では無い。実際にマルガレータの顔色は悪く、教師の顔が心配そうに変わる。

「確かに顔色が悪いですね。救護室へ行った方が良いでしょう」


「しょうがない! 俺が連れて行ってやろう!」

 王太子が席を立ち、マルガレータの方へと一歩踏み出した。

「え? 駄目よ、アルマス!」

 王太子の腕にサンナがしがみついた。そのまま腕に挟み込むように引きつける。


 いつもならばそれで「しょうがないな」と言うことを聞くはずなのに、王太子は腕を振り払った。

 椅子から落ちそうになり短い悲鳴をあげたサンナを見もせず、マルガレータの方へと進もうとする。


 それを止めたのは、ヴァルトの声だった。

「婚約者でもないのに一人で? ありえませんね。私とヨハンナが行きますよ」

 ヴァルトの言葉で立ち上がったヨハンナは、すぐにマルガレータへと寄り添った。



 すぐに婚約者だと発表されるはずだから、マルガレータとの関係をつもりだった王太子は、突然邪魔をしてきたヴァルトを睨み付けた。

 国王である父親にお願いをしたら、二つ返事で了承される自信が王太子にはあった。自分は国王になる為に生まれ、国王になる為に育てられてきたのだから。

 どんな我儘でも、叶うのだと。


 だが残念な事に、今この場に王太子の味方をする人間は居ない。

 不貞行為が原因で婚約解消になったのに、未だにその原因サンナを侍らせているだけでなく、元婚約者マルガレータをまるで婚約者のように扱うのだ。


 常識のある貴族ならば、そのような王太子に味方して、第二王子アールト隣国の王子クスタヴィ、公侯爵三家を敵に回す事はしないだろう。

 結局付き添ったのは、ヨハンナとヴァルトだった。




『あぁ! ごめんなさいね、マルガレータ。私が紛らわしい言い方をしたので誤解したのね』

 救護室のベッドで横になったマルガレータの前へ、ティニヤが浮かぶ。

 初めて会った日のようだ、とマルガレータは少しだけ口元を緩める。


「私と王太子殿下の婚約ではないの?」

 マルガレータが小声で問い掛ける。

 周りに人はいないはずだが、一応誰かに効かれた時の為に王太子に敬称を付けた。


『王命での婚約は、王太子と牛娘のものよ!』

 あっはーん、とおかしな笑い方をして両手を組み、空中でクルクルと回るティニヤは本当に嬉しそうだ。

『これで廃嫡一直線だわ!』

 ティニヤの声に、マルガレータも笑った。




 王太子アルマス第二王子アールトと、王命による婚約が嘘だったら廃嫡と廃籍を受け入れる約束をしていた。

 しかししかし、しかし!


「約束が違いませんかね?」

 王城へ帰ったアールトは、アルマスがサンナと婚約した事を知った。

 そして晩餐の席で、約束の件をアルマスに突き付けたのだ。

 そして返ってきたアルマスの答えはいなだった。


 責めるアールトに、アルマスはニヤリと嫌な笑顔を浮かべる。

「王命での婚約はあったのだから、嘘では無かっただろうが」

 あれだけハッキリとマルガレータとの婚約のし直しだと言っておきながら、相手が違っても問題無いと思っているようだ。


 ニヤニヤと笑うアルマスを見ながら、きちんと書面に残すべきだったと、アールトは後悔する。

 まさか本当に王命での婚約がなされるとは、さすがにアールトも思っていなかった。たとえ相手が違っても。

 知っていたら、絶対に逃げ道など残さなかっただろう。



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