第21話:変わる変わらない




「え? 待って待って待って! 婚約者は私でしょうが。その女は妾でしょう!?」

 空気の読めないサンナが叫ぶ。いつもの甘えた口調も忘れて。

 それに、そもそもサンナは婚約者では無い。


 今回はサンナを正妃にしたいほど入れ込む前に、マルガレータとの婚約解消に至った為、王太子も冷静に自分の状況を見る事が出来たようだ。

 アールトが帰って来たのも大きい。


 マルガレータの王太子妃教育が本格的に始まる前だったので、マルガレータは王族以外に嫁ぐ選択肢も有る。

 それは、王太子にとって予想外の事だった。


 学園入学と共に王太子妃教育が止まっていた事を、王太子は知らなかったのだ。

 マルガレータへの無関心があだとなった。




「王太子殿下が王命を騙られました」

 まだ王太子が学園に居る時間。影により国王と王妃に王太子の蛮行が報告された。

 授業中なので、アールトの影が王太子も見ている。

 本来ならば有り得ない事なのだが、学園が終わって帰城するまで放置して良い案件では無いと、影二人で相談する程の内容だった。

 当の本人王太子は気付いていないようだが。


「あぁ、リエッキネン侯爵令嬢との婚約程度の話なら、今からでも……」

 国王が王命を認めようと口を開いた瞬間、バンッと恐ろしい音が室内へ響き渡った。

 王妃が扇で机を叩いたのである。

 当然扇は壊れ使い物にならなくなり、机の方にも傷が付いた。


 驚いた国王が視線を向けると、今まで見た事も無い形相の王妃がいた。

「突然の不慮の事故に逢いたくないのなら、その愚かな口を閉じなさい」

 まさかの暗殺宣言である。

「な!?」

 目を見開いたのは国王だけで、報告に来ていた影も室内に控えている側近も、無言で王妃に頭を下げていた。



「王命での婚約は、ウーシパイッカ伯爵令嬢とのものです。そして王太子の座はアールトへと変更です。良いですね」

 王妃の平坦な声が、逆らう事を許さない響きをたたえている。

「……それではアルマスは、王族でありながら爵位無しになってしまう」

 国王の情けないほど小さな声が、不満を訴えた。


 ウーシパイッカ伯爵家には、後継者たる男児が居る。サンナの弟だ。

 不当にその座を奪う事は、たとえ王族でも許されない。

 王太子……いや、アルマスはサンナと婚姻しても、伯爵家当主にはなれないのである。


 廃籍では無いので、婚姻しても王族籍は残る。ただ国家予算で贅沢に暮らす事が出来なくなるのだ。

 王城の敷地内にある目立たない建物に住み、国王の執務を手伝う事で給与を貰ってつつましやかに生活するようになるのが普通だ。



 一応、今の王弟がそれに当てはまる立場になるはずなのだが、彼は婚姻していない為にまだ国家予算で暮らしている。

 爵位持ちの令嬢で好みの者が居なかった為に、独身のままなのである。


 尤も彼はアルマスと違い、数年前に阿漕あこぎな商売を始めている為、婚姻しても問題無く高位貴族並みの生活が出来るだろう。

 そのせいで、ではヨハンナとの婚姻が可能になってしまったのだが、今回は関係無い話だ。


 このまま何事も無ければ、ヨハンナはヴァルトとの婚約を円満に解消して、隣国の第二王子クスタヴィの元へ嫁ぐだろう。



 冷たく国王を見つめていた王妃が、目を逸らして深く深く溜め息を吐き出した。

 諦めを含んでいるように聞こえるそれに、国王の体がビクリと揺れる。

「婚約はウーシパイッカ伯爵令嬢と。これは変えません。王太子の座については、猶予をあげましょう」

 王妃の台詞に、国王の顔が柔らかくほぐれる。


「アルマスとウーシパイッカ伯爵令嬢が国を治めるのに相応しいか、学園の卒業までに見極めます」

 王妃の提案に、国王は喜色満面で頷く。


 厳しい事は言っても、所詮可愛い我が子である。王妃だって、腹を痛めて産んだ子に不憫な生活をさせたいわけが無い。

 子供達が学園を卒業する頃には、王妃の怒りも収まっているだろう。

 国王はそう考えていた。




「完全な負け戦ではないか」

 学園に戻りながら、思わず影は呟いていた。

 国王と王太子はよく似ている。行き当たりばったりで、悪い意味で楽観主義だ。

 そして第二王子は王妃似だ。現実主義であり、真の為政者である。時には非道に見えるほど。

 それが影から見た王家の印象だった。


 マルガレータが婚約者のままだったら、王太子の未来は安泰だったのに。

 今ではもう有り得ない未来に、影は小さく溜め息を吐く。

 同じ頃。王城の自室で、王妃がマルガレータの王太子妃教育が進んでいなくて良かったと、安堵の息を吐いていた。



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