第20話:婚約者




「男に囲まれて女王様気分か! この阿婆擦れアバズレが!」

 教室内に、王太子の怒号が響く。

 焦ったサンナは「アルマス様ぁ」と甘えた声を出して、王太子の腕に抱きつこうとした。

 しかし王太子は近寄って来たサンナの横を素通りする。


「聞いているのか、マルガレータ!」

 王太子はマルガレータの肩を掴み、無理矢理自分の方へと向かせた。

「は?」

 痛みに顔を歪めながら、マルガレータが令嬢らしからぬ低い声を出す。


 当然だろう。今の王太子とマルガレータの関係は、単なる同級生である。

 友人ですらない。

 今ならば、アールトやクスタヴィの方が友人と言える関係である。



「誰だ、この失礼な男は」

 不快感を露に声を出したのは、王太子の顔を知らないクスタヴィだった。

「貴様こそ何者だ! 他人ひとの婚約者にまとわりついて恥ずかしくないのか!」

 王太子の言葉に、クスタヴィはグッと口を引き結ぶ。

 王太子はマルガレータの事を言ったのだが、クスタヴィはヨハンナの事を言われたと思ったのだ。


 勝ち誇った顔で鼻で笑った王太子へ、アールトが同じ表情をしてみせる。

 アールトの方が数倍堂に入っているが。

「ヨハンナ嬢の婚約者であるヴァルトが一緒にいて許可をしているのに、なぜ殿が文句を言うのですかね?」

 王太子が誰の事を言っているのか理解しているのに、アールトはわざと挑発をしている。


「俺が言っているのは、マルガレータの事だ!」

 王太子はまだマルガレータの肩を掴んでいる手に力を入れた。

 痛みで顔を顰めたマルガレータは、王太子の手を外そうと試みるが失敗し、更に王太子の力が増しただけだった。



「赤の他人の王太子殿下が文句を言う理由も解りませんし、未婚女性に許可無く触れる常識の無さも理解出来ません」

 席を立ったヴァルトは、王太子の手首を掴み、マルガレータの肩を掴む手を力尽くで引き剥がした。


「貴様! 不敬だぞ!」

 腕を振り払った王太子が激昂するが、ヴァルトは冷ややかな視線を向ける。

 何も言わずに暫く睨み合っていた二人だが、先に目を逸らしたのは王太子の方だった。


「マルガレータは、俺と婚約をし直す。これは王命だ!」

 視線は明後日の方を向いたまま、王太子が宣言した。

 無論、咄嗟に思い付いた王太子の嘘である。

 しかし王族が公の場で言った事は取り消せない。それを逆手に取った捨て身の作戦だった。


『ふざけないでくださいませ! そのような王命は出ておりませんわよ!』

 王太子の上で大暴れしているティニヤは、踏んだり蹴ったり殴ったり、大忙しである。

 そしてもう一人、怒りを隠そうともしていない人物がいた。


「王命をかたるのは、たとえ王族でも重罪ですが、それは理解していますよね?」

 同じ王族のアールトである。


 王太子としては、後から父親である国王に王命を出してもらおうと思っていた。

 言ってしまったものはしょうがないと、あの自分に甘い父ならば了承してくれるだろうと、そう考えての蛮行だった。

 まさかアールトがそこまで深く追求してくるなどとは思っていなかった。

 何せここで嘘だとばれてしまえば、同じ王族の恥辱になるのだから。




 結局王太子は、アールトの「今なら聞かなかった事にする」と言う恩情も無視し、王命でマルガレータとの婚約が成ったと主張した。

 もしも王太子の嘘だった場合、廃嫡だけでなく王籍から抜ける事まで了承をする。

 そこまで言えば、逆に国王が自分を庇って絶対に王命を出すだろう、と思っての事だった。


 マルガレータを襲って傷物にし、妾にする計画だったが断念をしていた。

 人目の無い所で、マルガレータと二人きりになる事が出来なかったのだ。

 しかもここ最近、命を狙われる事が増え、学園をひと月も休まざるを得なかったのだ。


 そのひと月の間も、マルガレータとよりを戻す事だけを考えていた。

 あれだけ自分に従順だったマルガレータの突然の変化に、王太子は怒るだけでその意味を考えない。

 なぜなら王太子の中では、マルガレータは王太子の事が大好きだから婚約者になった女だからである。



 マルガレータさえ戻ってくれば、またアールトは隣国のエーデルシュタインへとだろう。

 それでアルマスの王太子の地位は、揺るぎないものに戻る。

 最初の計画通り、マルガレータを正妃として婚姻し、すぐにサンナを側妃として迎えれば良い。


 いっその事三人で結婚式を挙げ、三人で初夜を迎えるのも良いかもしれない。

 王太子は一人、楽しい未来を想像していた。



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