第19話:
結局、お目当ての男子生徒には相手にされない……どころか、視界にも入れてもらえなかったサンナは、半ば強制的に救護室へと連れて行かれた。従業員に。
倒れた椅子など高位貴族に使わせられないので、新たな二脚を持って来た従業員に、倒れた椅子と共に回収されたのだ。
椅子を片手に持った二人が、空いた側の手でサンナの二の腕を掴んで連れて行く姿は、どう見ても連行だった。
「あの女のものは、私のものなの! だってアルマスがあの女に仕事させて、私達は甘い汁を吸うんだって言ってたんだから!」
サンナの衝撃発言である。
おそらく王太子がそれを言っていたのは、婚約解消の前だろう。
だからといって、許される事では無い。
サンナの叫びを聞いたアールトの口端が、ピクリと上がった。
「家ごと潰すか……」
不穏な呟きはヴァルトである。
しかし二人以上に怒っている存在があった。
『なぜこのような女が王太子妃になれたのかと思っていたのですが……。やはり私の功績を、あの女のものとして王宮へ報告していたのですね』
ティニヤが連行されるサンナを、恐ろしい形相で睨んでいる。
確かに王太子の愛があったとしても、そう簡単に王太子妃にはなれない。現に今、マルガレータと婚約解消しているのにも拘わらず、サンナは王太子の婚約者の座には収まっていない。
『王太子の仕事を手伝って、いえ、殆ど私が行っていて、王太子と過ごす時間が減っていたのに、自分の事しかしないなど王太子妃失格だと王妃に注意されたり……』
ティニヤの視線が上へと向く。
『まさか影が付いているのに、不正が出来るとは思いもしないでしょう』
国に忠誠を誓っているはずの影は、国王や王妃の命を受けて動く者だ。
たとえ王族の不利になる事でも、嘘の報告はしない……はずだった。
ティニヤの過去であるマルガレータの時の影は、国ではなく王太子の為に動いていたらしい。
今、王太子に付いている影は、王太子が学園に入学してからの臨時の影だ。
本来の影が負傷した為に一時的に付いていただけで、彼の怪我が治ったらまた交代するはずだった。
しかし元々の影は、幼少期から王太子を見守っていた為に公平な目で観察が出来なくなっていると王妃が判断をして、今の影の続投が決まった。
現に学園入学前の、王太子のマルガレータへ対する非道な態度は、国王へも王妃へも報告されていなかった事が発覚したのだ。
あの王太子によるマルガレータ襲撃計画の王妃への報告が、功を奏したのである。
それが無かったら、今頃は元の影に交代していただろう。そしてティニヤの知る事になった不正が行われるのである。
一度王太子妃に決まってしまえば、その後に能力が足りない事がバレても離縁は出来ない。他で補うしかないのだ。
だから、マルガレータが王命で側妃になったのだ。
確実に、未来は変わっている。
アールトとクスタヴィが留学してきて一ヶ月。
その間執拗にアールトとクスタヴィを追い掛け回していたサンナは、今まで以上に学園内で浮いていた。
今では王太子の恋人という認識では無く、陰では侮蔑的な名称で呼ばれているほどだった。
「おはようございますぅ」
いつものように、サンナが朝の挨拶をしてくる。視線はクスタヴィ、アールト、ヴァルトの順で動く。
一緒にいるマルガレータとヨハンナには、絶対に挨拶をしないし、視線も向けない。
1年生の時は一般教養の授業のみだが、2年生になれば男女別の専門授業が始まる。
選択授業で二人一組になる事もあるだろう。その時にサンナはどうするつもりなのだろうか。
王太子の婚約者だった頃ならば、強制的にサンナと組まされたかもしれないが、今のマルガレータは当然ヨハンナと組む。
白けた気分を隠しもせず、マルガレータとヨハンナは半眼でサンナを見ていた。
その時、教室内の空気がザワリと揺れる。
王太子が一ヶ月ぶりに姿を現したのだ。
教室内を見回した王太子は、マルガレータ達一団の所で視線を止めた。
ツカツカと不機嫌な顔で近寄って来る王太子。
痴話喧嘩に巻き込まれたく無いマルガレータは、王太子からそっと視線を逸らした。心の中で「さっさと牛娘を連れて行ってくださいね」と思いながら。
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侮蔑的な名称→アバズレとか尻軽令嬢とかですね
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