【イギリス/ロンドン】円よりも物価は高価 命からがら
30を過ぎると疲れが取れなすぎて年齢を感じる。前回来た時は20代だったから、ガンガン歩き回って観光してライブも見て深夜まで騒いでたけど。
今日はさすがに早めにナショナル・ギャラリーに向かった。相当数の絵画を展示していて全てはまわりきれないが、とりあえず推し作品だけでも見ようと思ったのだ。昼過ぎにはミュージカル観劇も控えている。
明日ロンドンを出るのに過密スケジュールすぎてしんどい。組んだのは自分だけど。
ナショナル・ギャラリーの前を通ったことはあるのだけど入るのは今回初めてで、ミケランジェロの珍しい未完の絵だとかゴッホのひまわりだとかラファエロくんだとかが並んでいて、物の展示が多かった大英博物館と違い絵画がほとんどらしい。
事前に見たい絵だけ確認して、絶対ゴッホルームはすぐ人でいっぱいになるよな!?と思い、そして昨日の大英博物館での失敗(時間に余裕なさすぎて目玉を見る前に閉館してしまったやつ)を活かして開館後すぐの時間に入ることに。
諸々の絵画を無視してまっすぐゴッホの部屋に向かい、まだほとんど人のいないそこでひまわりを見つけた時の感動たるや。
椅子(あの椅子)もあったけどやっぱりひまわりの色が綺麗すぎる。あんな鮮やかなオレンジ。10分ぐらい部屋で立ち尽くしてしまった。本当に美しかったし、生きている間にあなたの愛した浮世絵の国からあなたの絵を見に来る人がいるんですよと伝えたかった。
あと、ラファエロくんもあった。くん付けするのは僕の趣味と愛なので許して欲しい。ラファエロの描くユリウス二世、女性、聖母、みんな美しい。というか女性に対してやっぱり並々ならぬ執着ありすぎでしょこの人。ミケランジェロの筋肉への執着にちょっと似てる。
ダ・ヴィンチの下絵のためだけに一室が用意されてて、光を落としてそのたった1枚だけ飾ってあったのだけど、これももう、しばらく立ち尽くして見つめてしまったね。偉大な万能人の描くものは下絵でもじゅうぶんに圧倒される。
ちなみに僕が描くのはほぼ風景画なのでどちらかというと建物とか自然とか海とか空とかの絵に強く惹かれるのだが、ターナーとかモネの絵はずっと眺めていられたな。そして身の程をわきまえてなさすぎなんだけど、風景画専門だからか、ああいう伝説の人の風景画を見るとついめっちゃ近くに寄ってどうやって描いたのか観察したくなるよね。他の人の撮影の邪魔だからあんまり長くできないけど、隙あらば筆跡とか色合いとかを見てたな……。
ナショナル・ギャラリーにはこの世に3枚しか残っていないミケランジェロの絵画作品のうち2枚があるのだけど、事前に調べててどうやらそれが収められてる部屋がクローズらしい。とほー。
まー天変地異でも起きない限りまた来たら見れるか!とひらきなおって館内をほっつき歩いていたのだが、ダ・ヴィンチの絵と反対側の壁に、そのダ・ヴィンチの絵をぼーっと見てて気づかなかったけど、そこに、あった!!
いやーびっくりした。見れないと思ってたから余計に。小さい声で「うわぁーー!」と吐息だけで叫びながらずずずっっと寄っていった。今思うと恥ずかしい。
ミケランジェロの絵画作品、とはいえ半分くらいは未完成なのだけど、これが人生で初めて見るミケランジェロの絵だった。あんたほんとに彫刻家かぁ!?ってぐらい綺麗で、美しくて、未完だからこそなんだか切なくて神々しかった。言葉にし難い。筋肉美はそこそこあったのだけど(いや全然なくてもいいのだけど)ミケランジェロにしては細身のキリストが綺麗だった。
全ての絵において、初めてクラシックコンサートを聞きに行った時のような感動があった。何度もネットの画像や画集で見た絵が目の前にある不思議。特にゴッホなんて筆跡がはっきりしてるから、印刷されたものや画面越しに見るよりずっと、ずっと近くに「人」を感じられた。
「人」が作った人類の遺産なのだなぁと、本物を見るまで実感はできなかった。ティツィアーノとかルノアールとかもあったけど、今までは「ルノアールの作品」だったものが「ルノアールさんが描いた絵」になったというか。
だから何百年も残って、その感覚を味わいに世界中から見に来る人がいるんだなぁと当たり前のことを思ったわけで。
閑話休題。
昼過ぎにナショナル・ギャラリーを出て駅前のカフェスタンドで適当にコーヒーと謎の大きめビーフサンドイッチ的なのをいただき(基本的に謎で大きめである。そしてこのセットで2000円ぐらいした)そのままナショナル・ギャラリーのすぐ近くにあるアデルフィ・シアターへほこほこ歩いていく。
実はそこに、今回僕がロンドン泊を決めた理由がある。
現在ロンドンのアデルフィ・シアターでは、あの映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のミュージカルが上映されているのだ。
映画を見たことがある方は、嘘やろ、と思うはず。デロリアンは?タイムトラベルは?雷は?と。結論から言うと、全て過不足なく演出の中に組み込まれていて、最新の技術なのか詳しくないけど雷も豪雨も時速88マイルもきっちり表現されていて、めちゃめちゃ面白かった。
多少の内容変更はあったものの違和感のない変更、むしろより面白くなって帰ってきたなという感じだった。どちらかというとセリフや歌詞がコメディ要素に全力で振り切っていて、僕含め会場全体が始終爆笑に包まれていた。歌も踊りも演出も素晴らしく、大満足で終わった。予算をだいぶ頑張って前から4列目中央寄りを取ったのだけど、(ネタバレになるので伏せるが)ラストでとんでもないファンサを食らってしまった。
過去にミュージカルというものをろくに見たことがない、見ても前列は取らなかったのだが、これに至っては本当に本当に楽しかったし、前列で良かった。4年前にこれを見るため渡英を計画していたもののコロナで頓挫し、ようやく見れた。
いつか忘れたが劇団四季さんで日本公演が決まっているらしい。本家版との違いを見るためにも、日本でもぜひ見に行こうと思っている。
アデルフィ・シアターを出て変に時間が余ったので、話だけは聞いたことがあるコヴェント・ガーデンに行ってみた。これも徒歩圏内だ。
なんとなくお金持ちの行く場所という印象だったが、確かにハイブランドの店でおしゃれに固められた場所だった。綺麗な建物と素敵なお花で彩られた区画内におしゃれな飲食店やカフェやバルコニーつきのおしゃれリストランテが並び、おしゃれをおしゃれで塗り固めたインスタ映え100%の場所だった。
そんなおしゃれ街のあちこちではストリートパフォーマンスやミュージシャンやアカペラ歌手が集まり、掲げられた帽子やカゴめがけて小銭が飛んでいる。僕はその横を通り過ぎようとしたとき、ふいにストリートパフォーマーが流しているBGMが藤井風なことに気づき、懐かしさに足を止めた。
日本人ストリートパフォーマーだった。大道芸と言うと分かりやすい。ナイフジャグリングやバク転などを披露していた彼らのために、僕は手持ちのポンドを渡した。たった3日しかいないのに、久しぶりに日本語を話した気がする。暮らしてみて大変さが分かるから(特にこの円安地獄では)異国で頑張っている日本人はやっぱり応援したくなる。
ところでこの円安地獄を乗り切るため、僕は基本的に店の中に入ってテーブルと椅子で食事を頂く選択肢をはなから排除している。そういうところは大抵、一部を覗いてべらぼうに高いのだ。カウンターで注文してそのまま受け取って、適当な席やベンチで頂くスタイルやテイクアウトの店ならせいぜい2000円くらいだが、パブなどは多分、これからも入らない。そもそも僕、お酒そんなに強くないし。第一ロンドンでパブなんか入ろうものなら、テレビでサッカーが流れ演奏もついて一食で1万円近くする。
日本だとお惣菜やお弁当よりも手作りに対する信頼が高いけど、僕の経験上、今まで行った国は軒並みテイクアウトやスーパーのお惣菜にかなりのウェイトを置いている。無理に自炊するよりそういうものに頼って家族との時間を作る、という感覚なのだろうが、日本の比じゃないくらいの量のお惣菜が売っている。ミールディールというらしいけど、メインと副菜とドリンクを自由に選んでコストは固定、というシステムだ。
ぶっちゃけ一食これでいい。日本で言うナッシュみたいな軽めかつちゃんとした内容で1000円近くするけど、むしろ下限がそこだからそれ以下を望むことができない。そのへんのカフェでコーヒーとサンドイッチを朝ごはんにすれば、軽く1000円を超える高級朝食になってしまうし。それよりはミールディールで野菜も肉もなんならフルーツも摂れるほうが幾分かマシ、という判断だった。
ミールディールのごはんと、外で出かけてる途中に頂く適当な店の適当なスタンドお昼ごはんで、今のところ食費を1日3000円以内に収められている(それでもこうやって文字にすると高いな)。下手に海外のレストランに入って注文の仕方やメニュー内容が分からずわたわたするよりは、荷物を整理したり翌日の計画を立てながら宿で自分のペースで食べる方が楽だ、僕の場合は。もし全部外食だったら1日に1万円、2万円とかかっていたのだろうと思うと心底ゾッとする。
旅の目的になっている対象のお金を削らず、目的外の予算を削る。BTTFミュージカルにお金を使ったぶん、どうにかして物価高騰のイギリスで生き残ろうと思う。あと4日ぐらいがんばろう。
ちなみにミュージカルのチケットは、かなり前列のかなりいい席で16000円くらい。いや、楽しかったから実質無料なんですけどね。
ああ、円安が辛い。
ヨーロッパをだいたい100日で旅してみた話 真朝 一 @marthamydear
サポーター
- nao読み専です。土日祝日にまとめて読んでいます。 他サイトのアカウントを削除しました。 2025年1月25日 楠 なお(佐藤 楓&黒猫)
- 稲邊 富実代私は、内科の医師です。 40名の入院患者様を受け持ち、全身全霊で診させていただいて居ります。 毎晩、夜中に病棟から電話がかかってきます。 夜中に病棟から呼ばれて行くこともしばしばです。 患者様のために、悲しみや苦しみの、或いは喜びの、涙を流す毎日です。 患者様のために一喜一憂し、私の心は山の頂から奈落の底まで行ったり来たりする毎日です。 この愛を、目の前の患者様だけではない、広く国民に捧げたい・・・そう願って国政を志しましたが、道は開けません。 私は、イザベラ・デステ侯妃を知って、政治に、そして国を守るということに初めて開眼したのです。 この作品「プリマドンナ・デルモンド」を私は、1986年8月、医学部5年生の夏休み1か月で、不眠不休で、死に物狂いで書き上げました。 翌月1986年9月11日の夏目雅子さんの一周忌に間に合わせたい一心で。 夏目雅子さんは稀な手相の持主で、同じ手相を自分が持っていることを知った高校1年生の私は、東京の大学に入って医学を学びながら夏目雅子さんの専属作家になろうと決意しました。 しかし、その夢を果たせぬまま、私が医学部4年生の時、夏目雅子さんは白血病のため27歳の若さで帰らぬ人となられました。 夏目雅子さんに主演していただきたくて構想を練っていたのに、永遠に間に合わなくなってしまった作品「プリマドンナ・デルモンド」・・・でも、せめて一周忌に間に合わせたくて、不眠不休で書き上げた1986年夏の光景が鮮明に胸に甦ります。 あの時、献身的に協力してくれた母も、もういません。 翌年医学部を卒業し、研修医になってからは過酷な医師の仕事に追われ、出版社に持ち込むことも無いまま、数十年が経ってしましました。 「選挙なんて無理。」 と諦めていた私は、国政への思いを封印し続けて生きて参りました。 でも、コロナ禍に 「医師としての知識や経験、見解を広く国民に役立てたい。」 という思いが高じ、国政を目ざす様になりました。 しかし、候補者公募を受けても受けてもことごとく書類選考で門残払いにされ、知名度を挙げなければ無理だと言われ、その時、思い出したのがこの作品だったのです。 でも・・・数十年ぶりに読み返してみて、あの時の熱い思いが一気に胸に押し寄せ、涙にむせんでいるうちに、選挙に出るため知名度を挙げたくて藁をもすがる思いでこの作品にすがろうとし気持ちは消え失せました。 夏目雅子さんのために書き始めたのに、知れば知るほどイザベラ侯妃の素晴らしさに魅せられ、 「この人を埋もれさせたくない。 一人でも多くの方に、イザベラ侯妃を知ってほしい。」 という思いに突き動かされた1986年医学部5年生の夏の純粋な思いで胸がいっぱいになりました。 当時は無かったインターネット、そして小説投稿サイト・・・その御蔭で、忘れていたこの作品にもう一度出会うことが出来ました。 忘れていた自分に。 忘れていた使命に。 そして、忘れていた幸せに。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ヨーロッパをだいたい100日で旅してみた話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます