穴の家
目々
棄てる・埋める・忘れる
俺の話じゃないんだよ、だからまあ、他人事ではあるんだけど。そうだとしても抱えとくのも訳分かんないからなって具合で、あれだ、お裾分けみたいな立ち位置だよ、正味ね。
何話す気だって、そもそもお前が雑なこと言い出したせいだからね。こんな前置きがいるの。
久々に暇だし飯でも食おうって呼び出しといて、酒が来た途端に「なんか面白い話しろ」っていうのはね、暴君だよ。その物言いが許されるには相応の権力とか魅力とか諸々が必要なやつだからね。いや本当、遠回しにそれとなくみたいなのも面倒だしお前のことそんなに嫌いじゃないからそのまま言うけどさ。そういう雑なフリはね、ダルいのよ。
大体そういうこと聞かれても面白いことなんてそうそうないからね、生活。
精々が昨日スーパー寄ったら好きな総菜が二割引きで買えたとか、マックでポテト頼んだら揚げたてのカリカリ通り越してガリガリで程よく塩っぱめのやつがきたとか、布団に入ったらするっと眠れてアラーム鳴るまで目が覚めなかったとか程度だからね。いいことだろ二割引きは。あそこのスーパーの揚げ出し豆腐好きなんだよ。自分で作ると死ぬほど面倒だし。水抜きしてから衣つけていい感じに揚げてから餡作って葱刻むとかやってらんないだろ。そういうものが買えるってだけでもありがたいのに定価の二割引きだなんてなったら、もうそれはものすごく嬉しいんだよ。
せめて大学生っぽい話をしろったってな。三年なんて微妙なところで何を話せっていうんだ。つうかより面白くないだろ大学三年生の学生生活。そんなもん、どこ切っても灰色だろうし。六月に入ったら学食でかき氷が食えるぐらいしかいいところを出せないぞ。
で、そういうつまんない大学生のぱっとしない生活の話をされても困るだろうってことでね、お前の納得ずくでこの話を俺はするんだよっていう……この長い前置きはさ、つまり念押しなんだよ。
あー……じゃあ、どっから始めるかったら、そうだな。
穴屋敷とか穴の家とか、呼び名が大体その二種類なんだよ。まずはそこからだ。
俺らの頃は穴屋敷で、今だと穴の家の方が優勢っていうか……ん、知らない? そういやお前県外からだっけ。この辺だとちょっと有名な、できれば近づいちゃいけないし話題にもできるだけしない方がいい、みたいな訳あり物件っていうか、お化け屋敷っていうか、心霊スポット。
大学の最寄り駅あるじゃん、そこの踏切を商店街側に抜けて、だーっと行くとある。お前も見てんじゃないかな、家自体は全然普通だから。言われたらそういや壁薄汚れてんなとか台所っぽい窓にヒビ入ってんなとか変なところっぽいのに気づけるけど、ぱっと見だとその辺の一戸建てに溶け込んで何にも気づけない。そういう地味な廃屋。
何の話始めたったら怖い話だよ。面白い話っていうか、怖い話はエンタメ枠だろ。そういやちょうど他人があれこれやった話があったなって思い出したから、話してる。
嫌なら止めるけど……あ、いいの? 他はないのかって、その場合は最近本買って家帰ったら本棚に同じ本が三冊あったとかいう話を始めることになるけど──そうか、嫌か。じゃあ、続けるぞ。怖い話っていうか、俺は怖くないから多分お前も大丈夫だと思うんだけどね。多分。予想として。最初にも言ったけど、究極他人事でしかないしさ。
んで、穴屋敷って名前だけど本丸は
庭にね、めっちゃ穴開いてる。タコ焼き器ぐらいにぼこぼこ。くるぶしぐらいの深さから膝丈ぐらいのやつまで、幅広い具合で。
何でそんなことになったかったら、まあ、曰くがあるんだよ。それこそ地元の人間大体知ってる。たかだか十年ぐらい前の話だから、全然忘れてないっていうのと、まあ……地元の中高生なんかの間でさ、口伝みたいになるよね、その手の話ってのは。大人が話すなっていうと余計に広がるし、そもそも大人でもその手の話をばらまくのが好きなやつっているから。
そんな具合で大枠は色々あるけど、今回は俺が聞いたパターンの曰くをやる。というか、それしか知らないからな。
めちゃくちゃ簡潔に言うと、住んでた人間がおかしくなったんだよね。で、穴を掘った。
一軒家に、一家が住んでたってだけだったんだよ。一家の内訳は、母親と息子たち。男二人の兄弟で、長男は就職してて次男は高校生。父親はいない。最初からいなかったって話もあるし、長男が小さい頃にはいたみたいな話もある。どっちにしても、その家がおかしくなった頃にはいなくなってる。出てこないから気にしなくていいやつだな。
そんで、何ていやいいのかな、細かいことはあれなんだけど、あー……深夜のドキュメント番組でエモい感じの音楽流して前向きな一言を字幕で出されて情緒を排したナレーションを添えてみたいな特集組まれるタイプの家族、だったっていうか。
月一ぐらいで外に女の怒声と泣き叫ぶ声がしたり、日中ばりんばりん音がして近所の人間がこっそり見たら制服着た次男が庭先で皿とか茶碗とか割ってたとか、ゴミ捨て場に出勤ついでにゴミ袋持って来た長男が目元に青あざこしらえてたとか。そういう、類推できちゃう感じのイベントが途切れなく起こってたんだと。
誰も踏み込んだりはしなかったんだろうね。当たり前だ、下手に接触して厄介ごとに巻き付かれたら面倒でかなわない。たかが隣人、他人にそこまでしてやる義理なんかないしね。普段は見えないものにしといて、派手なことがあったら一瞬だけ目を向けて、また見ないふりをするみたいなさ。処世術ったらそうだけども、ダルくて鬱陶しいあれこれだよな、お互いにさ。
不幸な家庭ったら、まあ、そうだな。まとめればそういうことになるのか。あんまりそういう言い方、好きじゃないんだけど……回りくどくやったってどうなるもんでもないか。
で、そういう具合に不幸を露出させたり内臓したりでぐつぐつしてた家が、綻ぶみたいにおかしくなっていった。
最初はね、母親が始めたんだって。仕事から帰って食事が済んだくらいの、深夜にはまだ早いくらいの夜。そのくらいになると、シャベルを持って庭に出て、ざくざくって穴を掘るようになった。
その時点だと、誰も気にしなかった。だって自分ちの庭掘ってるわけだからね。家庭菜園でも始めるのかしら、それともコンポスターでも置くのかしら──その程度ことしか思いつかないし。性根の悪いやつなら死体でも埋めるんだろうかぐらいのことは考えたかもしれないけど、それだってわざわざ口に出すもんでもない。人んちの庭なら騒ぎになるけど、自分のところの敷地だったら何しようが地主の勝手だ。文句のつけようがない。
三日ぐらい経って、高校生の次男が手伝うようになった。ジャージで、文句も言わずにただただ地面を掘ってたって。まあ、分かるじゃん。男手が要るんだなみたいな。家族だもん、言われたら手伝うぐらいするだろうよ。
半月経つ頃には、長男も庭を掘ってた。
うん。言いたいこた分かるよ。無理じゃねってのは、まあね。普通にやったら無理だよ。
一戸建てったって、そんなに広い庭じゃない。裏庭まで掘るったってたかが知れてる。延々と穴を掘れる道理がない、その通りだ。穴の深さだってたかが知れてる。すぐに掘る場所なんかなくなる。
じゃあどうしていつまでも穴を掘り続けるような芸当ができたかったら、掘った穴を埋めてたらしいんだよ。
夜になったら庭に出て、穴を掘って、埋める。そんで次の夜にまた埋めたところを掘って、埋めて、また掘って──そういうことをね、ずっと繰り返してたってことだった。
そうやって家族三人、狭い庭でざくざく穴掘ってたってわけさ。
長男はさ、スーツで庭で穴掘ってたって話だったな。会社帰りにそのままってことなんだろうけど……偏見だけどさ、まともな人ってスーツで土いじんないじゃん。だからまあ、切羽詰まってたっていうか、ヤバくなってたんだろうなってのが周囲の見解だった。長男っていうか、家族全員。
おっかないことにさ、近所の人が聞いたらしいんだよね。何でそんなことしてるんですか、みたいなのを。夜に聞くと怖いから、早朝のゴミ捨てのときにね。ゴミ当番の人が、長男が出勤がてらゴミ袋持ってきたときに聞いたんだって。
長男、怒りもせずに答えてくれた。
『庭に埋めた母さんを掘り出さないと俺たちは幸せになれない』『掘って出てこなかったとしても、ハズレの穴をなかったことにしてからまた掘ればチャンスがある』『家族が諦めたら本当にどうしようもなくなってしまう』──およそまとめて、そういう理屈みたいなもんが返ってきた。
分かんないだろ。俺も分かんない。聞いた人も分かんなかっただろうなって思う。
強いて文句をつけるならさ、そもそも母は埋まってないはずじゃん。だってその家の母親は、生きて穴掘ってたわけだから。掘ったって出てくるわけは普通ないわけだよ。絶対立たないフラグを立てようとしてるようなもんだろ。世界か自分がバグらないと通らない理屈だよ。
そんでその一家がどうなったかったら、消えちゃったんだと。
何にも分からない。ある朝玄関のドアが開けっぱなしになってて、でも三和土に長男のらしい革靴から次男のスニーカーに母親のハイヒールなんかも全部揃ってて、でも誰もいなくなってた。
庭にシャベルが三本、少しだけ深い穴の中にまとめて刺してあった。だから、何だか嫌になってみんな話をするのを止めた。そのうち親族だか遠縁だかの人が来て、家の中の物は整理されてシャベルも回収されて、空っぽの家と穴ぼこだらけの庭が残った。
で、そういう家に行ったんだよね、三崎先輩が。
三崎先輩って誰だって、バイト先の先輩。俺コンビニでバイトしてるじゃん、そこの先輩。俺の三つだか四つぐらい上で、よく分かんない海外のSF? とかタイトルも作者名も聞いたことないような本ばっかり読んでて、吸ってる煙草が週ごとに変わってる。何かね、ずっと同じの吸ってると飽きるんだって。コンビニで買うときに、気分で番号変えてるって言ってた。
趣味以外はって、俺も知らない。大学は出てるっぽいけどね、他は全然。あとなんか簿記の資格も持ってるし、チェーンソーの講習も受けたことあるみたいなこと言ってたし、運転免許もあるし……あ、写真あるけど見る? 見た目が地味なんだか派手なんだか分かんないけど、普通にいい人だよ。話面白いしね、ちょいちょい一緒に映画観に行ったりとか飯食いに行ったりしてる。
顔色はね、悪い。写真映りとかじゃなくって、直に見ても血の気ってもんがない感じの悪さ。隈もえらいんだよな。寝るのが下手みたいなことを前の飲み会で聞いたから、そういうことなんじゃないの。あれだ、見た目よか健全な人。髪も黒だし。
何でそのバイトの先輩が穴屋敷に行ったんだったら、俺も知んない。
一応な、教えたのは俺だとは思うんだけどね。いつだったか、そういやうちの地元こんな話あるんですよみたいな話はしたと思う。けどけしかけた覚えはないんだよね、俺としては。だって別に先輩がそんなとこ行ったって特に何にも思わないし。何でそんなことしたんですか奇特な真似しますね、ぐらいしか言いようがない。普通の人なら行かないのが当たり前だし。
ただまあ、初めてってわけじゃないからな。前科あったんだよ、先輩。
前科ってのはあれだ、心霊スポット探訪の……くせがある? みたいにいえばいいんだろうか。
お化け屋敷探検! 土足! 仏間の遺影でフリスビー! みたいな大騒ぎはしないけど、黙って変なところ行って一服して写真撮って帰ってきてからいきなりLINEに事後報告送りつけてくる、みたいなことを月一ぐらいでしてくる。大体そういうタイミングって俺も寝てるから、朝起きた途端にいわくつきエリアの写真を見ることになる。
こないだの三月、最後の日曜だったかな。あの無闇に暑くって、クーラー入れようか服脱ごうか真剣に迷うくらいの気温だった日。
昼過ぎくらいかな、飯食ってから何となくスマホ見たら通知が五つぐらいついてて、確認したらそうだった。
最初に『穴屋敷』ってメッセが夜中の二時くらいのタイムスタンプで送られてて、次に真っ暗い家の写真が来て、何にも見えない写真が二枚貼られて、『試してくる』って一言だけでおしまい。
休みの夜中に訳分かんないことやってんな先輩、って思った。無視しても良かったんだけど、既読つけちゃったから。適当にスタンプだけ返したんだよね。いつもそうしてたから。
で、それきり送ったスタンプに既読がつかなかったんだよね。
先輩、元からメッセージも三日遅れとかで返すような人だったから、別に気にしてはなかったんだよね。けどコンビニにも顔出さなくなったから、店長が心配して俺んとこに何か心当たりとかないかってきた。メッセージの返信は雑だけど、仕事は
そんで心当たりったらじゃあ、あれかなあって。これで俺が頭おかしいと思われたら嫌だなとは思ったけど、先輩見捨てんのも気が咎めたしね。履歴見せながら話した。こういうことよくやるんですよ先輩って、説明もつけて。
で、結論から言うと、先輩はちゃんと見つかった。いたのもまあ、予想通りっていうかベタだけど、穴の家の庭先で。
何してたって、まあ、予想は着いてたと思うけど。穴掘ってたんだって。
や、今はちゃんと正気になったよ。先々週からバイトも復帰してきたし。相変わらず愛想とかはあんまないけど、やっぱり本読んでるし変な煙草吸ってる。あとは……あれだ、スタバカードもらった。何だろうね、迷惑料みたいなもんなんだろうか。返すのもあれだったから、受け取ったけど。
穴の家については、何にも聞いてない。先輩も何も言わないしね。そもそも口数少ない人だし、聞き出すのもなんか嫌だからな。
近所の人もいるのに、知らない兄ちゃんが庭先で穴掘ってるのに、先輩の身内が探しに行くまで
だから、変わったことは本当にない。あー……あれかな、先輩の写真さっき見せたけど、復帰してから耳にピアスばしばしに開いてたってくらいか。それだってイメチェンとか気分転換とかで済んじゃうだろうしさ、変化ってほどじゃないだろ。似合うし、店長も別に注意とかしてないっぽいし、じゃあいいかなって。穴開けるでこじつけようと思えばできなくもないけど、そこくっつけてもどうにもならないだろ。そもそも関係してたところで、ほら。俺に関係あるとこでもないし、口出しできるようなもんでもないし。
だから、あれだよ。
上手くやれてんじゃないかね、何かが。そうと決まったわけでは別にないし、あったとしても先輩の問題だし。下手に手出して巻き添え食うのも面白くないから、このくらいの位置で
満足した? じゃあ、話代に酒なりつまみなり一品分奢れ。どうせ割り勘だけどな、そこだけ別枠。友達ったってその辺はちゃんとしないと。
穴の家 目々 @meme2mason
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます