改心を誓う悪党と善良な僧侶

ギルマン

改心を誓う悪党と善良な僧侶

「た、助けてくれ! 命だけは! この通りだ、俺が悪かった! だから、命だけは助けてくれ」

 1人の悪党が、床に這いつくばって必死に命乞いをしていた。

 

 だが、その命乞いが受け入れられるとは到底思えない。

 悪党の前で剣を構えているのは皮鎧に身を包んだまだ若い女戦士だったが、彼女はそもそも、この悪党を討ち取る為にアジトに踏み込んで来た冒険者だったのだから。


 しかも、女戦士がアジトに踏み込んだ時、この悪党は攫ってきた少女を散々に甚振っている最中だった。弁解の余地がない悪事の現場を押さえられていたのだ。

 更に言えば、この悪党は少女を浚う時にその父親を惨殺している。

 慈悲をかける余地など何もない。


 悪党は踏み込んできた戦士が、女ながら自分よりも遥かに強いことを瞬時に悟り、抵抗を諦めて直ぐに命乞いを始めた。

 だが、厚顔無恥なこの悪党も、流石に今の状況で己の悪行を誤魔化すことは出来なかった。

 だから悪党は、己の悪行を認め、悔い改めるという論法で命乞いをしていた。


「これからは心を入れ替えて、二度と悪事は働かねぇ。人の迷惑にならないように、いや、人の役に立つように生きる。本当だ。誓ってそうする。だから、助けてくれ」


 しかし、女戦士の答えはにべもないものだった。

「ふざけるな。そんな言葉が信じられるか。

 貴様は生死を問わずに賞金がかけられたお尋ね者。官憲に引き渡したところで確実に死刑になる。手間をかけても面倒なだけだからこの場で殺す。

 貴様も一端の悪党なら、無様を晒さずに潔く死ね」

 そう告げて、手にした愛用の名剣を振りかざした。


 悪党は必死に叫ぶ。

「助けて! 本当に、本当に心を入れ替える! だから、だから」


 女戦士は、最早悪党の言葉に耳を貸すつもりはなかった。

 軽蔑しきった目で悪党を見ると、剣を持つ手に力を籠める。

 しかし、その背後から制止する声がかけられた。


「お待ちください」

 女戦士は油断なく悪党に注意を向けたまま、僅かに後ろを見た。

 そこに居たのは一人の若い僧侶の男だ。この悪党を共に討つために女戦士に同行していた者だった。


 年の頃は20歳代前半だろう。淡い金髪の巻き毛に紅玉のような赤い瞳。肌は病的なまでに青白い。その容貌はたいそう美しかった。女装をすればそのまま絶世の美女が出来上がってしまうほどだ。

 神官服を着て、首には地母神ファフィスの聖印を下げている。

 一見優雅にすら見える姿だったが、右手に持った武骨な星球付き戦棍モーニングスターが、彼もまた戦いを覚悟してこの場に赴いている事を証明していた。


「何のつもりだ」

 女戦士が問いかける。


 僧侶は答えた。

「いかなる悪人といえども、心から悔い改めたならば救済の道は開かれるべきです」

「こいつを助けるとでもいうつもりか」

 女戦士はやや声を荒げた。


「無条件で助けるつもりはありません。ですが、改心の可能性を無下に否定すべきでもありません」

 そう言うと、僧侶は前へ進む。


「ちッ」

 女戦士は大きな舌打ちをしながら身を退く。

(またか! いい加減にしてくれ!)

 女戦士は心中でそんな悪態をついていた。


 女戦士に代わって僧侶が悪党の前に立つ。そして声をかけた。

「あなたの、改心するという言葉。私はそれを信じたいと思います。ですが、神ならぬ我が身にはあなたの言葉の真偽を知ることは出来ない。

 あなたは、行動によってその覚悟を示し、自身の言葉が真実のものだと、私に証明して見せることが出来ますか」

「もちろんだ! どうすればいい、何でもする。どうすれば信じてくれる」


 悪党はそう言いながら心の中では舌を出していた。

(甘ちゃんの坊さんがいてくれて助かったぜ。こいつなら言いくるめられそうだ)

 と、そう思ったのである。


 僧侶は相好を崩し、にこやかな笑みを浮かべた。

 悪党すら、その美しさに一瞬息を呑んだ。

 僧侶は言葉を続ける。

「素晴らしいお覚悟です。それでは……」


 そう言いながら僧侶は腰に履いていた予備の武器である短剣を引き抜くと、その柄を悪党の方に向ける。

「この剣で、ご自身の両足を切り落としてください」

 そして、そう言った。


「は?」

 悪党は一瞬意味が分からず間の抜けた声を上げて僧侶を見た。

 僧侶は変わらずに満面の笑みを浮かべている。


「な、何を言って……」

 困惑する悪党に向かって僧侶が告げる。

「あなたのような稀代の悪党の改心を証明するのです。そのくらいの覚悟を見せるのは当然でしょう?

 それに、あなたは今までの悪行の罰を受ける必要もある。

 本来は死刑であることを考えれば、優しすぎる行為ですね」

 僧侶の笑顔は全く崩れていない。


「い、いや、足がなくなったら、どっちみち生きて行けねぇ…、行けない、じゃあないですか」

「大丈夫です。私が貧民院をご紹介します。

 街に入っても死刑にはならないように、官憲の方は私が責任を持って説得します。

 実際、あなたの今後の人生を知れば無理に死刑にしようとする方は誰もいないでしょう」


「何を言って……」

「貧民院では生きるギリギリですが食事は保障されます。それから、足がなくても出来る奉仕活動もあります。

 これから先あなたは、貧民院で贖罪と奉仕と清貧の生活を送るのです。命が尽きるその時まで。当然ですが。贖罪を兼ねるのですから、奉仕活動は辛いものになりますね」


(ふざけんな!)

 悪党はそう叫びそうになるのをどうにか堪えた。

 だが、とても受け入れることなど出来ない。そんな生活など生きている意味がない。死んだも同然だ。


(いや、違う。こいつは、多分俺を試しているんだ)

 悪党は僧侶の美しい笑みを見ながらそんなことを考えた。

 きっと、自分が本当に足を切ろうとすれば、それを止めて、覚悟は分かったと言って放免してくれる。そうに違いない。と、そんなことを想像したのである。


(きっと、きっとそうだ)

 悪党はその想像にかける事にした。


「わ、分りました」

 そう言って、短剣を受け取る。

 そして、震える手でその切っ先を自身の左の太ももにあてた。

(多分、一刺しくらいはする必要がある。きっと、それで許してくれる)

 そう思って、覚悟を決めて手に力を込めた。


「お待ちなさい」

 短剣が刺さる前に僧侶がそう声をかけた。


(やっぱり! 想像通り。いや、思ったよりも簡単だった)

 悪党は心中でそう喝采を上げた。

 しかし、続いて僧侶から語られたのは、悪党が想像していたのとは別の言葉だった。


「太ももで切っては出血が多くなりすぎます。それに、大腿骨は結構切りにくくて大変ですよ。切り落とす前に出血多量で死んでしまいます。

 太ももで切る必要はないのです。足首からで十分ですよ。

 念のために脛辺りをきつく縛って、予め血止めをしておいた方がいいですね」


 そう言って、懐から紐を取り出すと悪党に差し出した。

「どうぞ」


「え? いや、その……、あの、本当に?」

 困惑する悪党の様子を見て僧侶は小首を傾げた。

「どうしました?」

 そして、本当に不思議そうにそう告げた。


(こ、こいつ、本気だ。本気で、俺に俺の足を切らせるつもりだ)

 もはや、そう理解するしかなかった。

 悪党の額に脂汗が滲み、ほほを伝って流れる。


「ざけんな!!」

 悪党はそう叫ぶと、やおら立ち上がり、僧侶に背を向け逃げようとした。

 だが、次の瞬間悪党の頭部を衝撃が襲い、そして、悪党の意識は永遠に失われた。


「いけませんね。また騙されてしまいました」

 僧侶は平静な声でそう告げた。

 右手のモーニングスターには悪党の脳漿がこびり付いている。

 僧侶は、背を向けた悪党の頭部を目にもとまらぬ速さで打ち、一撃で後頭部を粉砕していた。


「はぁ~」

 僧侶の後ろで一連のやり取りを見ていた女戦士が、わざとらしいほど大きなため息を漏らした。

 そして、慣れた様子でモーニングスターの手入れを始めた僧侶に向かって告げる。


「今の一幕は、本当に必要だったのか?」

「もちろんです。心から悔い改めたならば救済の道は開かれるべきですから。まあ、今回は残念ながら、偽りでしたが。

 それでも、改心の可能性を無下に否定してはいけません。それが、善良な僧侶の行いというものです」

 僧侶はそう言って、またにこやかな笑顔を見せた。


「善良、ね。お前と付き合っていると、善良という言葉の意味がよくわからなくなるよ」

「そう言いながらお付き合いくださるあなたの事が、私は大好きですよ」

「ちッ」

 女戦士は、また一つ大きな舌打ちをした。


   ――― 完 ―――

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