第6話 魔王シオン③


「……分かったよ」


 すると、マィルメイルが魔王の膝から下りて、ジュニアの腕にしがみついた。


「なら魔王さま! わたしたちはジュニアの手助けします! なにをすればいいですか!?」

「たち、って…………僕も入ってるんだよな? ……いいけどさ」



「もちろん、やってもらうことはあるよ。勇者を誘き出すための餌を撒く必要があるんだ。他の魔人がそれぞれ動き出しているが――――

 ようは勇者が食いつきそうなトラブルを演出してほしい。あまり大きく動き過ぎると国が出てきてしまうからやり過ぎは注意だけどね……。理想は、水面下で被害者が声を上げられずにがまんし続けている商売がいいだろう。ヒントとなりそうなのは…………蛇の国かな?」


 各国の要素を寄せ集めた国にいけば、他国を回る必要もなく情報を得ることができる。

 正解ではなくヒントを得るだけなら、本場を見る必要はないのだ。


「だけどすぐに行動することはないよ。子供にできることはたかが知れているから、今はゆっくりと世界を見て周り、先人の魔人たちに教わってみなさい。

 世界を知ることが、今の君たちができることだ。力を付けて勇者をひとりずつ、確実に討つことが我々が勝利するために必要なことだよ」


 魔人たちが、世界各地で社会に溶け込みながら違和感を残し、水面下で悲鳴を上げる被害者を生産し続ける。


 少し調べれば見えてくる違和感の正体……。事件性に誘き寄せられた勇者の隙を突き、ジュニアが暗殺する……というのが、魔王が描いたシナリオのようだ。


 ジュニアでなくともできそうな役にも思える。

 が、この方法を思いついたのは最近なのかもしれない。


 現状、勇者と対立している各地の魔人たちは、正面から勇者に挑んで殺されている。

 ……失敗から学んだ新たな策が、次世代の三人に与えられたのだ。


 最も危険な役ではあるが、基本『姿を隠す』役目であるため、継続的な危険性は最も少ないとも言える。危険な勇者の懐へ入る役ではあるが、それ以外は安全とも言えるわけで――。


 魔王のお気に入りであるジュニアが殺されにくい場所に置かれたという動機も、まったくないわけでもないだろう。



「――ジュニア、君はきっと大丈夫だ」


「…………やっぱり、魔王サマの信頼は重いっすよ……」


「君は自分のことを『分かって』いるからね。だから任せたんだ……。言うまでもないことかもしれないが、それでも伝えておくよ――――深入りはしないでいい」


 それは、マィルメイル、シャゴッドにはできないことだった。

 感情優先で、踏み越えるべきではない一線を踏み越えてしまう。


 ……その点で言えば、ジュニアは分かって『出ない』ことを選択できる。

 ……それは彼の欠点とも言える部分ではあるが、命を考えれば利点だ。

 決めきれない部分は命を守ることに繋がるのだから――――


「さて、私からの用件は以上だが……君たちから言うことはあるかな? 遊んであげたいが、私もこう見えて傷は深いからね……立って歩くことはできないが……」


 三人が顔を合わせた。

 後ろで腕を組んで見守っていたエーデルを見て、再び魔王を見る。


 首を傾げた魔王は、続いた三人の言葉おねがいに、ふ、と笑みがこぼれた。


『いっしょに、ごはんが食べたいです』


 それは昔、一度だけだったけど体験した家族団らん。

 今は母がおらず、異母きょうだいしかいないけれど……父を含めた家族団らんはもしかしたらもう機会がないかもしれない…………だから。


 エーデルも一緒に、と三人が手招いた。


 三人の――最初で最後のわがままだった。



『おとうさん――おねがいします』


「…………ああ、分かった。みんなでご飯を食べよう。せっかくだ、大昔の面白い話でもしてあげよう。どうかな、エーデル姉さん」


「あ? ……なにを話すつもりか知らないが……シオンの小さい頃の話でよければいくらでもあるからな……話してやろうか?」


「その時からエーデル姉さんは見た目が変わらないお姉さんだったからねえ……。もしかしたら今を生きる『最古のエルフ種』かもしれないよね――」


「最古は言い過ぎだろ。…………あれ? でも、私が一番古いか……?」



『(…………じゃあこの人、めちゃくちゃババアじゃん)』


「おいオスガキ共、しっかりと聞こえてるぞ。今更エルフをババアと言うんじゃない。言われ慣れてるとしてもかちんとはくるんだよ」


「エーデルお姉ちゃん、綺麗で可愛いババアだね!」


「無邪気な顔で言うな! 一番かちんときたぞ……!?」



 未来を託した三人の子供たちと最古のエルフがじゃれ合っている姿を見て、魔王が微笑んでいる。彼がわざわざ危険を冒してまでエルフ種に謀反を起こしたのは、『こういう光景』を見るためだったと言っても過言ではなかった。


 あの日見た、もうひとつの未来よりは絶対にマシだ――――



 勇者という存在てんてきを生んでしまい、世界も以前とは様変わりしてしまったけれど……それでもエルフ種が天に立つ、あの退屈な日々だけはなんとかしなければいけなかった。

 死んだ目をして人生を全うする我が子を見るのだけは――避けたかったのだ。


 たとえ種を存続の危機に晒してでも。


 その選択に、後悔はなかった。


 あとは――――魔王が求める理想のために、勇者を討つだけだ。



「(私のこの命が尽きる前に)」



 魔王の命を削る勇者の傷は、今もまだ彼を苦しめ続けている。

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勇者20000/揺れるしっぽのブレイバー 渡貫とゐち @josho

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