第5話 魔王シオン②


「……私、三人を連れてこいとしか聞いてないんだけど。あんた、子供たちに今度はなにをお願いする気? ……人の倍を生きるとは言っても混血エルフの見た目と年齢の差が出始めるのは成人後だ。この子たちは本当にまだ十年しか生きていないガキだぞ。勇者にけしかけるための手駒として使うなら、まだ早過ぎる」


「そこまでの無謀なことはさせないよ。それに、今呼び出したからと言ってすぐに行動させるとも限らないだろう? だから……この子たちにも今後の方針を教えないとね、と思って」


「そんなの、魔法で情報だけ脳に叩き込めば、」


「私の口から言うべきことだ。命が懸かっている戦いだぞ?」


 勇者と魔王。

 その戦いには、魔人は必ず巻き込まれる運命だ。


 手紙や魔法で遠くから伝えるべきことではない。直接、目を見て伝える。

 これが、魔王シオンの誠意だった。


「そう。なら、私からのお小言はこれくらいにしてやる」


 エーデルが下がり、ふたりの少年の背を軽く叩いた。


「ほら、お前たちへの重大な任務だってさ」



 ――魔王が言うには、勇者に正面から挑むのは愚策である……とのことだ。


 勇者単体の強さも脅威だが、勇者の数が揃ってしまえば、純粋なエルフ種ならともかく魔人では太刀打ちできない相手となる。

 勇者のように肉体強化や幸運の付与などの恩恵を受けていない魔人は、言ってしまえば民間人とそう変わらないのだ。


 エルフ種特有の(現代の魔法書を作ったとされる)『固有魔法』こそ持っているが、自力で発動できなければ宝の持ち腐れだ。


 魔法陣の不足を魔力で足して完成させる魔法の使い方は変わらない。圧倒的な強者を倒すためには時間をかけて作戦を練り、いくつもの仕掛けを使った策が必要になる。


 今後、勇者と主に対立するのはまだ小さな三人の子供だ。

 関わらないことが無理な話なら――きちんと一から十まで対策を教えておかなければならない。無抵抗でも貪り食われるだけである。


「ジュニア」

「……なんすか」


「君が、勇者を暗殺するんだ」


『――――っ』


 マィルメイルとシャゴッドは、言葉が出なかった。

 前々からジュニアだけが特別扱いされていた。それが……『勇者の暗殺』という大役を任されるほど信頼されていたなんて……。


 ふたりはその大役を奪おうとする動きを見せなかった。特別扱いを羨ましく思うと同時に、失敗ができない役目である。失敗すれば死に繋がる危険な役だ。


「……なんでオレが……? 固有魔法が透明化だからっすか?」


「そういうわけではない。透明化の魔法は魔法書に載っているのだから誰でも使えるだろう? 魔法書は多くの魔法をみなで共有して使うためのものだ――マィルメイルでもシャゴッドでも使えるのだから、君でなくともいいという話になってくる。だが……私はね、君でなければできないと思っているんだ」


「だから、それはどうして――」



「(君の固有魔法は透明化ではないからだ)」



 はっとして、ジュニアが真横を見るが、そこには誰もいない。

 まるで耳元で囁かれたような声に戸惑う――。


 マィルメイルとシャゴッドが不安そうに見つめる中、ジュニアは魔王が口ではなく直接、頭に語りかけてきたのだと悟った……できないとは言わせない。


 すぐに戸惑いを消したジュニアが真っ直ぐ魔王を見る。


「(なぜ私が知っているのか、と思うかもしれないが……私は魔王であると同時に君の父親だ。知らないわけがないだろう?)」


「…………」


「(君が隠したわけではないことは分かっている……これは私の罪なのだ。君はまだなにも知らずに、勇者を暗殺するという大役に就いてほしい……。重要な役であり危険もあるが、十年もすれば君は充分に戦えるようになる。少なくとも勇者の隙をついてひとつの命を奪うことくらいできるようになるはずだ)」


「……それでも、っすよ。やっぱり、なんでオレが……」


「君が適任だ。他の誰にもできない、君だからこそ、この役目を任せたんだ。――ジュニア、任せてもいいかい?」


 その言い方はずるい。

 そう言われてしまえば断ることはできなかった。


 ――断りたく、なかった。

 魔王に……いや父親に期待され、認められて、褒められたい欲求が子供にはあるのだから。

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