第4話 魔王シオン①
「あっ、魔王さまーっ!」
魔王がいる部屋まではエーデルが案内した。
城にひとりきりなのでメイドもおらず広い敷地を持て余しているようだ。
怪我の治療という名目なので場所にこわだりはなかったのだろう。勇者にばれにくいのであればどこでもよかった――休めるのであればそれだけでいい、と言わんばかりに、内装をいじったりはしていない。
案内した部屋の奥。
玉座に座る銀の髪を持つ男が、抱き着いてきたマィルメイルを優しく受け止めた。
「相変わらず、元気だね、マィルメイル――――」
肩で揃えられた髪と引きつけられる金色の瞳。こうして見比べてみれば、やはりジュニアと魔王は特に似ている。髪型を揃えただけではここまで似ることはないだろう。
魔王がジュニアを贔屓するのも納得だった。
シャゴッドでは、きっと代わりにはならないのだ。
「それに、エーデル姉さん、ジュニア……シャゴッド……――よくきたね」
「――――っ」
シャゴッドが動揺を見せた。この場に呼ばれたのだから当然なのだが、自分の存在が魔王に認知されている以上に、名前まで覚えられていたことにいたく感動したのだ。
母親が問題児なので、魔王の中では『いないもの』としているのではないか? と思っていたから……。ちゃんと、ジュニアとマィルメイルと肩を並べられていた――。嬉しそうに表情を緩ませたシャゴッドが震える声で、
「おひさしぶり、です……魔王さま」
「ああ。風邪、引いてないかな、シャゴッド」
「は、はいっ」
「そうか。……君の母親は、ちょっとね……。いや、もちろん愛しているが。他と程度の差はあれ、愛していないと言うつもりはないね。差をつけてしまったこと、それがよくなかったのだとは私も分かっているさ」
魔王が目を伏せた。自分のミスをきちんと後悔できるのは、下の者からすればきちんと血が通った人なのだと信じられる要素となる。
シャゴッドの母親は、魔王にとっての一番ではないことに腹を立てていた。
しかし不満を言うわけにはいかないからと、ストレスをよそにぶつけた。
その逃げ道が酒で、酔って気が大きくなった母親が、シャゴッドに強く当たったのだ。
シャゴッドから見える歪みが家庭環境にあることは間違いない。
「いや……まあべつに……僕は、これでも幸せなので……」
「頼れる大人を見つけられたみたいだね」
まるで見てきたように。――実際、見ているのだろう。
城にいながら魔法で多くの妻と子供たちを見ている。監視と言えば聞こえが悪いが、治療に専念することで家族の近くにいられないから、せめて見ることくらいは――。という、ただそれだけの動機だ。
ただ、妻と子供が危険な目に遭っていても助けることはできない。
この場から手を出してしまえば姿を隠している意味がないからだ。
シャゴッドと母親の問題に口に出さなかった理由には納得できるが……それでも感情的に不満が残るのは仕方ないことだろう。
「魔王サマ、この城に全員を呼び戻すんすか?」
「そのつもりはないよ。あまり出入りをされても勇者にばれやすくなるだけだからね……私の傷が癒えるまでは、すまないが別行動となる」
心の距離が近いジュニアが、ずけずけと気になったことを聞いた。
「……ひとりで、城に閉じこもって……傷が治るんすか?」
「分からない。だが、技術ではどうにもならない傷だ。時間をかけて自然回復に努めるしかないな……。予想はついているだろうが、魔法でも癒えない傷だからね。さすが勇者なだけある――彼にとっては自分の命と引き換えに一撃を与えたようなものだ。これくらいの手傷を負わせなければ割りに合わないのだろう」
過去の問題は未来の技術であっさりと解決してしまうものだが、魔王の傷は例外のようだ。
自然回復を待つと魔王は言ったが、時間をかけることで根深く傷が進行してしまうかもしれない。時間を重ねれば重ねるほど傷が悪化する可能性も……。
だが、それが分かったところで既に膨大な時間が流れてしまっている。
今更、魔法で治療をしたところで傷は治らないのだ。
魔王の潜在的な自然回復力に縋るしかない。
「……母さん、が、さ。魔王サマに会いたがってるんだ……顔だけでも――」
「すまないジュニア。私はここを離れることができないし、彼女も大病を患ったままだろう? ……治療に専念した方がいい。無理に運んで悪化はさせられない」
それでは、もう時間がないジュニアの母は、このまま愛した人に会えないまま、この世を去ることになってしまう。
魔王シオンにとっては数多い妻の中のひとりかもしれないが、母からすれば魔王はたったひとりの、
「分かっている」
「…………」
「ジュニア。もう少しだけ、待ってくれ」
魔王から感じたその覚悟と言葉で、ジュニアは身を引いた。
「じゃあっ、わたしのお母さんにも会ってくださいっ!」
「後々だね。だけど、君のお母さんは私には会いたがらないだろう……。どころか君を私とくっつけようとしているくらいだ。あれも、私には理解できない人だよ。もちろん、愛しているが」
「ふん、『愛してる』の安売りだな、シオン」
「かもしれないね。でも、エーデル姉さんには言わないことだよ」
「そりゃそうだろ、気持ち悪ぃ」
マィルメイルを膝の上へ乗せた魔王。ここまで素直に甘えられるのは彼女だからだろう。
それとも、女子は甘え上手なのか? 男子ふたりにはできないことだった。
細身の魔王の胸板を背もたれにして、体重を全て預けるマィルメイルがゆったりとくつろいでいる。魔王が良しとするなら問題はないが、相変わらずの度胸だ。
「あのな、シオン……あんまり私を便利に使うなよ。派手に世界を渡りたくないんだっつの」
「そうなの? 各地で自由に遊んで、大きな騒ぎを度々起こしているみたいだけど……」
「結果的にそうなっただけで最初から羽目を外したわけじゃない――本当だぞ!?」
野良エルフのエーデルは、魔王への手がかりと新たな魔法陣の転写の手段として重宝されている。そのため正体がばれると勇者たちの奪い合いになるのだ。
ただ、彼女はなにもできない、巻き込まれるだけの宝箱ではないため、渦中から避難しようと抵抗するが――それが騒ぎに拍車をかけてしまっている。
では黙っていればいいのかと言えばそれも違う。
彼女の性格からすればがまんできないだろう。
食物連鎖の頂点にいた期間が最も長いエルフ種と言ってもいい……。そんな彼女が格下に弄ばれていい気分なわけがなく……。隙があれば手を出したくなるのは本能だ。
野良エルフと言えば探し出すどころか手がかりさえないのが普通なのだが、彼女の場合はどの町でも目撃情報がひとつやふたつあるくらいには情報を落とし過ぎている。
残念ながら意図的ではなく、彼女の素のドジで――だ。
「感謝してるよ、エーデル姉さん。これからはできるだけ頼らないようにするから……」
「…………たまになら、聞いてやらんこともないけどな」
ちょろい、とついつい口に出してしまいそうになった子供たち三人だったが、なぜか口から漏れる前に既にエーデルから睨まれていた。
……心の中を読まれた? のかもしれなかった。
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