第3話 裏・魔王の城
「ここって……」
エーデルを先頭に、四人が向かった先は竜の国の王城だった。
鉄の甲冑で身を包んだ騎士に守られた城門の目の前。門番に顔を見せて通れるほど信頼関係を築いたわけではない。
エーデルも、ジュニアたちも、竜の国に在籍しているわけではなく、他国の人間だ。最初から警戒されているよそ者だ。門番の目を欺き、入れるわけがなかった。
監視の目は一か所だけではない。
こうしている今も遠くから四人のことを見ている騎士がいるはずだ。
「魔法陣を転写して残しておくわけにもいかないんだ……理由は分かるだろ?」
間違って騎士が触れれば『秘密の入口』がばれてしまう。そのため、『目的地』に入るためにはエーデル(もしくは別の純粋なエルフ種)が必要なのだ。
毎回、エーデルが同行しなければいけないのは面倒だが。
「姉さん、もしかして……」
「なるほど。確かにここは捜索されづらいところだね」
「??」
マィルメイルだけ首を傾げていたが、ジュニアとシャゴッドは分かったようだ。
監視の目がある中で鍵を開けることに一抹の不安があったが、魔法で事実を捻じ曲げてしまえばいい。
答えに決して届かない手がかりをあえて残すことで、見てしまった者は視野が狭くなり、得た『紛いものの手がかり』を徹底して掘っていくことになる。
その先にはなにもない、と気づく頃には既に何重もの罠が張られた後なので、事実に近づかれることはない。
本当に隠したいものは完全に隠すのではなくある程度はボロを出しておきながら、その先にはなにもない嘘の隙を見せておくのがいい。
そうやって相手を躍らせておけば、まったく手がかりがないという『手がかり』を掴まれることもない。
……紙一重ではあるが、怪しく見せた方が、見えた以上には怪しく見られないものだ。探す側としては盲点となりやすいこの場所に、あの人がいる――。
「お前たちは、シオンに会うのは何回目だ? 数えるくらいしか会ってないんだろ?」
「まあ……だって魔王さまだし」
「オレは何度も呼び出されたことがあるけど」
「わたしは魔王さまのお世話役をしていた時期があったから――たくさん会ってるよ!」
ジュニア、マィルメイルは魔王と何度も顔を合わせているらしいが……シャゴッドは違うようだ。この場合、ふたりが特別なだけでシャゴッドが普通なのだ。
魔王も、全員の子供に平等に愛を与えられるわけではない。それはシャゴッド自身が一番分かっていることだろう。
「ふうん。お前たちはシオンのお気に入りか。それもそうか……贔屓されてなきゃ同じ建物で一緒に生活しようとはならないからな――」
「でも魔王さま、わたしたちとはあまり遊んでくれなくて……」
「シオンが、遊ぶ? …………うわ、想像できないな」
治療に専念している魔王が子供たちに割ける時間は限られている。平等でなくとも多くの子供たちに時間を割きたいと思えば、ひとりあたりの時間は当然のこと短くなる。
中にはまったく会えていない子供もいるだろう……。
そんな状況で、魔王はよく時間を割いている方だ。
数年前までは魔王の隠れ家で多くの魔人たちが一緒に暮らしていたが、勇者による捜索に引っ掛かりそうになったことで潜伏先を変えることにしたのだ。
結果、新しい潜伏先は竜の国の王城――――その裏側である。
正面から先、壁の向こう側ではなく影の中にあるもうひとつの世界。
魔法によって生み出された、元の世界に似たような『異世界』こそが魔王の居場所だ。
影の世界には魔王しかいなかった。
他の魔人や妻たちは各地に拠点を移して暮らしている。これは魔王の指示だった。
『外の世界をその目で見てきなさい』
と、魔王が言ったのだ。
自分の目で見てこいと言い、追い出し、気が向いたら呼び出す――相手が魔王でなければ文句のひとつも言いたいが、魔王なら仕方ない。
魔王であり、たったひとりの父親である。
「じゃあ鍵を開けるが……準備はいいか?」
エーデルが最終確認を取った。
手土産とか……、と子供らしくないことを言い出すシャゴッドだったが、「そんなもんいるか」とエーデルが一蹴する。
「シオンが貰って喜ぶはずないだろ。いいんだよそういうのは」
「じゃあ、準備って言われてもなにもない……」
「お前たちはシオンの子だろ。相手が魔王だってことは忘れろ。あれでも一応は『お父さん』なんだからな。甘えればいいんだよ。――あいつもそれを望んでる。だからちゃんと甘えてやれ。甘える準備はいいか?」
三人が顔を合わせ、うんっ、と同時に頷いた。
エーデルの魔法によって異世界への鍵が開いた。
先行する彼女の後を、子供たちがついていく。
――景色は夜。見えていた門を見張る門番もいない。人の気配はまったくなかった。
広い王城の中に感じるのは、重たく巨大な、人とは思えない気配がひとつ。
敵だと思えばゾッとするが、味方であるならこんなにも頼りになる存在は他にいないだろう……――そう、魔王が、すぐ傍にいる。
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