第2話 まちあわせ②


 魔王シオン。

 長命であり、千年前から生きている純粋なエルフ種だ。


 そんな彼のことをよく知り、さらには彼のことを魔王様とは呼ばず『名前』で呼んでいるのは――彼女と魔王が深い関係性であることを証明している。


 妻ではなかった。友達という関係性でもない。


 彼女は「旧知の仲だ」と言うだろうが、そこまで浅い関係でもないだろう。



 エルフ種は長命ではあるが千年以上――でなくとも、百年以上も生きていれば容姿はゆっくりとだが老いていくものだ。

 が、彼女の場合は十五歳ほどの容姿で止まっていた……止まってしまったのだった。


 成長の仕方は人それぞれとは言うが、ここまで幼い見た目で止まってしまうのは個人差というよりは魔法の気がしてくる。


 ……本人も「そっちの方がよっぽど良かったな」と常々言っていた。


 十歳の子供からすれば見た目だけを見てもちょっとお姉さんだ。

 近づいた彼女に、赤髪の少年が警戒した顔と声で、口火を切った。


「だれっすか」


「聞いていないのか? 待ち合わせをしてただろ……だからお前たちはここにいるはずだ……違うのか?」


「……じゃあ、待ち合わせの相手……っすか?」


「ああ。エーデルだ。エーデル姉さんとでも呼んでくれ。シオンはそう呼んでる」


 あの魔王さまが姉さんと呼んでいる……? と少年少女は戸惑いつつも、

『こんにちわ、エーデルねーさん』


「ん。躾けはできているようで安心した――遊んでないで移動するぞ、ついてこい。この私が案内してやる」


 ベンチに収まる三人が顔を合わせ、


「どこに」


「答えがないと動けないか? いいからついてこい。それとも首根っこを掴んで運ばないといけないか?」


 エーデルが人差し指を子供たちに向けた。

 小さなものだが、宙に一瞬だけ魔法陣が映った。

 その後、三人がぐっと引っ張られたように地面を引きずられる。三人がエーデルの足下へ。


「今……」

「魔法、を――」


「魔法陣を作ったの!?」


「お前らみたいな『半分しか血がないエルフ』とは違ってできるんだよ――0から1を作る。だからこそ千年前からエルフ種は食物連鎖の頂点だったわけだ」


 自慢げに澄んだ青髪を揺らしたエーデルだったが、周囲に視線を回して注目され始めていることに気づく。早々にこの場から立ち去ることにした。


「自分で起き上がってついてこい。私が手取り足取り教えると思うなよ?」


 大人に混ざれば小柄以上に子供に見えるエルフ種のエーデル。

 目を離した隙に見失ってしまいそうになり、三人が慌てて彼女の背中を追いかけた。



「えぇっ!? エーデルお姉ちゃんって、『蛇の国』にいったの!?」


「ああ、一週間前くらいかな……思ったよりも人が多かったし、人種も様々……多少はエルフとの混血もいるんじゃないか? でもやっぱり普通の奴ばっかりだったな……。でもな、普通なのに正直、一番怖い国だと思ったよ――」


 歴史の浅い国だ。それ以前に歴史なんてないようなものだった……。

 つまり見様見真似で他国の要素を抜き出し、継ぎはぎしたような国なのだが……だからこそ誰も混ぜなかったことで起こる変化を見ることができたのだ。


 新しい歴史が、蛇の国を大国にまで成長させたのだろう。


 長い歴史の中でトップを走り続けていた竜の国を脅かす未来を目指す国。虎の国は古いことが持ち味であるため、蛇の国の脅威をあまり敵視している様子はないが……その余裕も今だけの話かもしれない。


「聞けマィルメイル……なんと蛇の国には電気があったんだ!」

「でんき?」


「詳しくは知らん。けど……簡単に言うと誰でも使える魔法みたいなもんだな。魔法は魔力を流さないといけないし、使用者の体調にも左右される。魔法の核である魔法陣も近い内にどんどん消えていくとも言われているしな……。世界から魔法陣による魔法が消えた場合、これまでの便利な生活は送れない。けど、電気があれば同じように生活をすることができるんだよ。しかも電気は戦争の武器にもなる。魔法がなくなった世界でトップを獲るためには電気が必要不可欠――そんな世界になるんだとしたらさ……蛇の国は電気を独占することであの竜の国だって落とすことができるんだ……」


 魔法に頼り切り、旧体制のまま変わらない竜の国。


 勝てる相手と自負し、変化を拒み続けていれば竜の国はいずれ壊滅する。


 王が変わらなければ、勢力図は簡単に塗り替わってしまうだろう。


「……え? 魔法、なくなるの?」


「そりゃ道具に転写された魔法陣はずっとあるわけじゃないからな。使い続けていればいずれ消える。魔法陣がなくなれば、純粋なエルフ種でなければ魔法陣をもう一度道具に『転写』することはできないんだから――なくなったらそれまでだろ?」


「いや、アンタがもういっかい転写すればいいんじゃないのか?」


「なんで私がそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ。……あとジュニア、年上には敬語だぞ。シオンに特別扱いされたからって、『仮面を付ける』必要はないはずだ」


 赤髪の少年の肩がびくっとして跳ねていた。

 まるで痛いところを突かれた、と言ったような反応だ。


「……なんのことを、」


「自信を持てってことであって、多方面に強気でいればいいって話じゃない。そのやり方は半分正解で半分間違いだ……人を選ばないとお前が痛い目見るぞ?」


「…………」


「ねえ、エーデルねえ


 ジュニアを庇った……わけではなさそうだ。

 気になった顔をした金髪のシャゴッドがあらためてエーデルに訊ねる。


「やっぱり、エーデル姉が魔法陣の転写をするのは難しいの?」


「数が多いからな……ひとりじゃ無理だ。純粋なエルフ種が数人……十数人いても難しいだろ。今の生活は過去の地道な積み重ねで実現できたものだ――減った数を補うのだって簡単じゃない。手間『だけ』がかかるのが幸いだがな……。転写自体はそう難しいことじゃない。特別な技術もいらないものだ。……だけど言っておくが、私だって疲れるからな?」


 経年劣化していない魔法陣(が転写された道具)は高値で取引されている。

 そしてエーデルのような純粋なエルフ種の生き残りは数少なく貴重であり、彼女は中でもさらに少ない、世界を放浪している野良エルフだ。


 他に確認されているエルフ種は国に保護されていたり、安全地帯で贅沢を満喫していたり――逆に性格の問題で勇者に使われているエルフ種もいる。


 彼女たち長命のエルフ種が絶滅してしまえば、本当に魔法が使えなくなってしまうだろう。

 魔法とは、魔法陣がなければ使うことができない。知識だけがあっても意味がないのだ。


 だから魔王を討ち取ってしまうことは世界にとって最大の損失にもなり得るのだが、分かっていても魔王だけは討ち取るべきだ、という各国の方針であった。


 魔法よりも自由を取る。魔王がいなくなれば世界の利権を奪い合う戦争が始まるだろう……目に見えている遠くない未来だ。

 分かっていても止まらないところまで、人間種は既にきてしまっている。


 そんな時代に台頭してきた蛇の国は、魔法を失った後の世界でかなり優位に立てるシステムを国内で作り上げている……。

 エーデルでなくとも、蛇の国の存在は脅威と感じるだろう。


「まあ、旅をしながら気が向いた時に転写してるけどな。ただ、億が必要な中でひとつやふたつを地道に追加してるだけじゃ意味がないかもしれないが」


 それでも……しないよりはマシだろう。


「……なんで、エルフ種だけが魔法を自力で発動できるんだろ……」


 ぼそっと……シャゴッドの疑問。

 食物連鎖の頂点に長いこと立ち続けていた要因だ。

 魔法がなければ、エルフ種は人間種とそう変わらない。


「さあ? 贔屓した結果、やり過ぎた神の失敗なんじゃないか?」


 ――無敵の種族。

 だけど、それでもエルフ種のひとり勝ちにはならなかった。


 魔王がそうしたように、強い種族は内側から喰い合う運命なのだから。



 エルフ種の数を減らすことができたのは、同じくエルフ種だけだったのだ――――

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