幕間 さんにんのまじん
第1話 まちあわせ①
かつて、世界の三大国家と言えば竜の国、虎の国、そして魔王領だった。
だが、魔王が一人目の勇者によって手傷を負わされてからは、魔王領はもぬけの殻になっている。
手傷を負った魔王が二万人の勇者を警戒し、姿を隠したのだ。
勇者に怯えている情けない魔王という見方もあるが、脅威を認め、手を打たない方が王としては問題だ。
傷を治療すれば二万だろうと勇者に対抗することが可能だと見ている。
であれば、傷を治すことに専念した方がいい。
――ただ、魔王も思っていなかっただろう……、勇者に負わされた傷がまさか二十年近く経ってもまったく癒えていないとは――――。
「『近代国家・蛇の国が台頭!! ――いずれ三大国家に加わることになるだろう』……だって。あれ!? 魔王領が三大国家じゃなくなってるんだけど!?」
緑髪の少女がベンチに座るふたりの少年の間に割って入ってきた。
「後ろから覗くだけだぞ」と許可を出した少年ふたりの肩に体重を乗せ、前のめりになって……。案の定、バランスを崩した少女が、広げていた新聞紙に頭から突っ込んでいった。
彼女の回転に巻き込まれてびりびりに破れた新聞紙が宙を舞う……まだ読んでいないところもあったのに、と少年たちがうんざりと顔をしかめていた。
顔から地面に落ちた少女が鼻を打つ。彼女は鼻頭を押さえて涙目だ。
「……おぃ、マイルメイル……ッ」
「わざとじゃないからね!?」
「わざとかどうかはどうでもいい」
赤髪の少年が呆れて言った。
隣に座っているもうひとりの少年――金色の前髪で目元を隠したキノコ頭が、「ほらみたことか」と肩をすくめていた。
「だから言ったじゃんか。マィルメイルが関わったらろくな目に遭わないよって」
「……それを避けるために隠れて読んでたはずだけどな……」
「隠れようが関係ないんだよ。マィルメイルは見つけ出して茶々を入れてめちゃくちゃにしていく嵐みたいな奴なんだから。いちいち苛立っていたらきりがないよ。なにもないところで転んでえぐいバタフライエフェクトが起きて、遠くの建物がひとつ倒壊する子だし……。新聞紙が破けたくらいで済んだのは奇跡だよ」
「……そう考えたらな」
「ちょっとっ、人を大災害みたいに言わないでくれるかな!?」
『大災害みたいなもんだろ(ーが)』
少年ふたりの気持ちと声がぴったりと揃った。
三人は魔王と人間の子であり、混血エルフ種の少年少女だ。
帽子を深く被っているので分かりづらいが、耳は長く、容姿はかつてのエルフ種を彷彿とさせるくらいに整っている。
メイクで人間種に寄せなければ自然と注目を集めてしまう三人だった。
混血エルフ種自体はそう希少な存在でもないが、人間種と比べて数が少ないのは事実だ。
そして魔王の血を継いでいるとなればもっと希少と言える。
耳が長いのが魔王の子である証拠と言えるだろう……、純粋なエルフ種の血が濃いからこそ、人間種ではなくエルフ種の方に寄っていった見た目なのだ。
緑髪のマィルメイル、赤髪のジュニア、金髪のシャゴッド――――
彼らは魔王の子としては珍しく、同世代の子供たちだ。
腹違いのきょうだい――異母きょうだい。
複雑な家庭環境かと思えば、魔王に複数の妻がいるのは普通のことだ。
もっと言えば、長命である魔王の妻は三人どころではない。
生きた年数を考えれば数百人規模でいてもおかしくはなかった。
子供の数はもっと多いはずだ……。
妻にしなくとも、一夜を共にし、ただ遊ぶだけだった相手も含めればもう把握ができない数になる。
その中で。
魔王がみずから口を出し、たったひとりにだけ『自身の子』であることを強調させる名を付けた。それが赤髪の『ジュニア』だ。
マィルメイルやシャゴッドとは明らかに違う、特別扱いだった。それは彼自身を見て判断したのか、それともジュニアの母親を最も愛しているからなのか…………。
魔王にしか、その真意は分からない。
過程はどうあれジュニアが特別扱いを受けているのは事実であり、彼の母親も似たようなものだった――――であれば、よそから不満が出るのも当然の結果だ。
特別扱いであるがゆえに孤立してしまっている。
が、シャゴッドはともかく、マィルメイルは気にした様子もなくジュニアと接している…………彼女が後先考えず感情に素直だからこそ続いている関係性と言えるだろう。
これがふたりとも嫉妬していたら……幼馴染という輪は形を保っていられなかった。
一切の嫉妬をしないマィルメイル……(嫉妬を知らない可能性もある)比べてしまえばシャゴッドの器が小さく見えるが、こっちが普通と思えば、嫉妬しているにしては優しい方だとも言えた。嫉妬の方向が想定とは違う方向にいっているのだが……。
シャゴッドは、ただのマザコンである。
実母ではなく異母の、だが。
どうやらシャゴッドは、ジュニアの母に懐いているらしい。
「ふたりとも、わたしに当たりが強い気がする……わたしのこと嫌いなの!?」
『なんとも思ってないけど』
「せめて好きか嫌いか言ってよぉ!! ――あ、ちが……やっぱり今のなしっ! 絶対にふたりとも嫌いって言うし! そんなの堪えられないからね!? ……好きって言って……? ねえ言って!!」
めんどくさい。
嫌な顔をしたふたりの少年がマィルメイルから視線を逸らす。逸らした方へ、ひょいっ、と顔を出すマィルメイルは、途中から本来の目的を忘れて楽しそうにはしゃいでいた。
十年の付き合いである幼馴染三人は決して複雑な関係にはならない。紅一点がこれなのだから。……十歳ならまだまだ恋愛には疎いものの、そうでなくとも三人は幼馴染のままだろう――きっと、二十年、五十年が経とうとも。
その間にひとつのわだかまりくらいは雪解けしていてほしいが……。
その時、広場のベンチにいた三人の前に近づいてくる人影があった。
改造された修道服と、頭以上に膨らんだ帽子が特徴的な女……の、子……? 見た目は、だ。
しかし彼女から感じられる言葉にしづらい雰囲気は、母親よりも上だ。倍以上に感じる。
魔王よりも……? あの魔王よりも人生の歴で言えば長いのではないか? そう思うほどの達観と余裕、堂々とした姿勢と挑む気にすらならない年長感があった。
彼女は三人の子供を見て、口を分かりやすく「への字」にして、さらに歪ませた。
「……おい、なんだよ。ガキがいるってことは、お前らがじゃあ、シオンの――?」
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