第24話 赤い魔人
――カジノの屋上では、赤髪の青年が耳にはめた転写魔法陣付きの動物の骨で遠方の仲間と連絡を取っていた。
「シャゴッドのこと、任せていいか?」
『ええもちろん。被害者を引き取る船に匿って、国まで連れて帰ればいいんだよね?』
「ああ。……悪いが、今回の暗殺は失敗だ。まだガキとは言えやっぱり勇者だな……シャゴッドが作った環境を利用しても暗殺できるチャンスは一度もなかった。……手負いにさせても仕留め切れる映像が見えてこなかったんだ……。だったら、こっちも尻尾を出さない方がいいだろ。別の機会にまた仕掛ければいい――」
『それ、いつになるのかなー?』
「できれば早めに仕留めておきたいが……。アイツは遅くなればなるほど厄介な相手になりそうだしな。……それに、面倒な憧れも抱かれてるし……」
『じゃあ標的を絞って集中的に狙ってみれば? わたしたち三人で罠を張れば、たったひとりの勇者くらい暗殺できると思うけどー』
簡単に言ってくれるものだ。お膳立てをする側は充分だと思っても、いざ実際に暗殺の行動を起こす側からすれば、寸前で勇者にこの刃が届かないことを悟ることもある。
暗殺者が相手を殺し切れなかった場合、良いことなどひとつもない。
不安が残るなら手を出さずにこの場を離脱した方が、後のことを考えれば最良の選択だ。
今回も、勇者を討つのではなく撤退と仲間の救出をメインに動いていた。
カジノは潰され、囲んでいたバニーガールたちも奪われてしまったが、勇者に討たれるよりはマシだ。……勇者本人に疑われていなければいいが……。という不安は杞憂だろう。
疑うことを知らないように、彼女は彼に懐いているのだから。
勇者からの敵意はないが、同時に視線が常に向けられる、という意味でもある。
監視ではなく羨望だが、見られていれば動きにくい……羨望も監視も同じことだった。
「……次の計画は追々、擦り合わせだ。オレもそっちに戻――」
足音を感じて魔法を切る。
赤髪の青年が振り向くタイミングと同時、勇者チカチルが屋上に着地した。
「あ。いた、勇者さま」
「……どうかしたか?」
「またわたしを置いてどこかに消えちゃうんじゃないかと思って……だから今度は逃がさないように、しっかりと捕まえにきたの」
「…………」
憧れの勇者さま。その正体が『魔人』であることに気づいて追いかけてきた……わけではないらしい。さすがにゾッとしたものの、赤髪の勇者さま――もとい魔人が苦笑する。
「オレはオマエのモノじゃないんだがな……」
「そうだけど……勇者さまと一緒にいたくて勇者になったようなものだもん。……一緒にいたらダメですか?」
「ダメとは言わねえ。だが、一緒に行動するとも言わねえよ。オレはオレで動く。ついてくるなら勝手にしろ」
「はいっ! じゃあ――――」
チカチルが跳んで、魔人の腕にしがみついた。
彼女の強い力で引っ張られ、距離を取ることもできなかった。
「お、おい……!?」
「用事があるの? ないなら虎の国まで帰りましょーよっ……ちょうどこれから船がくるそうなので!!」
島から出るには船を利用するしかない。密航する手間がなければ彼女の提案に乗っておいた方がいいか……と彼が判断した。
樹海から転写魔法陣を探して海を渡る手段を構築するのも一苦労だろう……省ける手間は省きたいところだ。
「分かった、ついていくから腕を離せ」
「やです!」
「なんでだよ……」
屋上から降りたふたりを待っていたのは、元バニーガールのウィニードールだった。
彼女は腕を組んでいるふたりを見て……彼女の鋭い目つきが青年に突き刺さる。
男嫌いと言うよりは、「チカちゃんのなんなの?」とでも言いたげな刺々しい態度だ。
視線で意図が分かったので青年は肩をすくめた。
文句はコイツに言ってくれ、と顎で示し、後のことはウィニードールに任せることにした。
ウィニードールがチカチルを説得していたが、チカチルは首を左右に振ってわがままを言う子供のように青年の腕から離れてくれなかった。
……諦めたウィニードールがチカチルと手を繋ぐ。三人が一列になって並ぶ。
……どういう状況だ?
「おい。なんで横一列に、」
「いいでしょ別に」
「なんでキレてんだよ……」
好意が一方通行になっていることは魔人でも想像がついた。
……面倒な勇者パーティに組み込まれてしまったもんだ……と溜息を吐いた赤髪の青年。
国まで戻ってはい解散となればいいが……。だが勇者チカチルの場合、戻っても解放してくれないかもしれない。きっとしてくれないだろう。
魔人としての尻尾を一切出していないにもかかわらず、暗殺者としては実は最大のピンチなのではないか……?
仲間を助ける暇があるなら逃げるべきだったが、もう後の祭りだ。
必然的に、彼の次の標的はチカチル固定となる。
――彼女を始末しなければ、魔人としての彼の人生は、前へ進めない。
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