だったら来るんじゃなかった

浅賀ソルト

だったら来るんじゃなかった

 高校時代の友達グループとひさしぶりにみんなで会った。

 会場は正式名称は忘れたけどみんなで“ベベ”とか“ベベの店”と呼んでいるパスタ屋だった。ここのパスタはなんでもうまい。ピッツァもうまい。そしてそんなに高くない。高校生にとってはうってつけの店で、私もみんなとよくそこでご飯を食べていた。

 店には常に女子高生がいて大声で話しているので社会人になると入りにくい。もっと高い店でよかったんだけど、たまには久し振りにベベに集合しようという話になり8人の席を予約した。ベベに予約するのも初めてだった。放課後や週末にふらっと入るのがいつもだった。予約できることも知らなかった。8人というのは奥にある唯一の大きいテーブルで、ベベのVIPルームでもあり、予約できる最大人数だった。

 最初から沢田智さわだともが同窓会に参加すると聞いていた。智は芸能人になり、『さわだとも』という名前でファッション誌のモデルをやりつつテレビのバラエティにも出演する有名人になっていた。ともをベベの店に連れてっていいのか?という心配もあった。間違いなく店内の他の客から騒がれるし、それは店にも迷惑だった。一方で、かつてのクラスメートとして芸能人と一緒に思い出の店でわいわいやって、店内の女子高生から、「ねえ、あれ、さわだともじゃない?」とひそひそされたい願望がなかったといえば嘘になる。そういうのも込みで面白いと思った。当人の智もその空気を面白がっていたと思う。

 会は楽しかった。VIPルームは目立たない位置にあるので他の客からじろじろ見られることもなかった。だから女子高生の頃と同じノリで大声でおしゃべりした。いまは何してるとか、あの頃はさーといった話を3時間くらいしていた。

 沢田智は黒の肩紐ワンピースにピンクのチュールトップスを重ねていた。黒のワンピースと重なって、嫌味にならないかわいいシルエットになっていた。雑誌で見た写真そのままのきれいな顔だった。

 彼女がやってきたときはみんなで「よっ。芸能人!」などと声をかけた。それも最初だけで、話しているうちに相手が“さわだとも”であることなど意識しなくなった。あの頃のうちら、変わらぬ我ら、いつまでも一緒、という、言葉にはしない恥ずかしい空気がちゃんとそこに存在していた。というか、そういう空気は口にすると白けてしまう。何も言わなくてもみんな仲良しなのは間違いがなかった。わざわざ言う必要はなかった。みんなでおしゃべりをした。

 芸能人オーラなんて話もよく聞くけど、私は、テレビでも見ている智を隣に見ても芸能人とは思わなかった。美人だとは思う。普通の人とそれほど違いがあるとは思わない。それは結局、付き合いが長いと顔をまじまじと見ることはなくなって、その人の性格で付き合うことになるからだと思う。智は性格もよく、冗談も面白く、頭の回転も早く、本当に友達として最高の人間だった。顔がどうとか意識しなくなっていた。たまにはこうやって会おうよと約束した。

 その日の出来事のいいところだけ書くとそういう同窓会だった。

 悪いところもあった。芸能人いじりがしつこいところもあった。こういうときに悪ノリの激しい紗希さきという子がいて、紗希の智いじりは微妙だった。いじられた智が一瞬だけ顔をくもらせ、それからスルーしたり突っ込みしたり笑いに変えたりした。芸能人の悪口を言わせようとするのはいただけない。ゆうちゃみはどうなの?とか聞いたところで言えるはずがない。誰と誰がつきあってるとか、仲が悪いとか、スタッフに嫌われている芸能人とか、そういう話を智に振っては、「うーん」とか「言えるはずないでしょ」とか「私が一番嫌われてる」とか、そんなリアクションを返されていた。それで済むならまだよくて、3回に1回は「そんな風に誤魔化さないで、実際はどうなの?」と詰めるのである。さすがに空気が悪くなった。

 他の友達が「ちょっと、やめなよ」と注意しても、「えー、いいでしょ? みんなも聞きたいでしょ」とやめようとしなかった。

 紗希に言わせると、私たちは、友達なのに遠慮して本音を隠しているよそよそしい人間ということだった。ほんとうはみんなこういう話を聞きたいに決まっている。それなのに世間体を気にして建前ばかりの嘘くさい社交辞令人間になってしまった。私は違う。もっと本音で話そう。言いたいことを言えない関係なんて大嫌い。

 そもそもなんでみんな集まったの? 智からこういう話を聞きたいから集まったんじゃないの?

「お前と一緒にするな。そんなのはお前だけだ」

 言えたらむしろよかったのかもしれない。ただ、それ以上、みんなも空気を悪くしたくはなかった。だから私も含めて誰も何も言わなかった。智も友達だったが紗希も友達だった。紗希だってみんなの本音を聞きたいといってもこんな本音は聞きたくないだろう。お前はもううちらの集まりに来るな。

 誰も何も言わないのでそこには白けた空気が流れた。こういうときに明るい空気にすることができるのが智だったのだけど、話の中心が智になってしまったら本人ではフォローできなかった。そういえば昨日のネットでさーと切り出せない。このピッツァ相変わらずおいしいねと言うこともできない。あはははとちょっと困ったような笑顔でやりすごしていた。誰かの助けを待っていた。

 あゆみが口を開いた。あゆみは髪を染めて大きい三日月のピアスをしたネイリストだった。仕事中はもっと派手なメイクをしているのだけど今は簡単に目のまわりだけ描いている。「そういえばネット見ると智の悪口をたまに見るねー。智の何を知ってるんだって腹が立つよ」

「あー、ああいう有名税って嫌になるね。たまに職場の人が悪口言ったりするじゃん?」と百香ゆか。彼女は教員になったはずだけど私服は白のシアートップスにデニムを履いていて、固い職業に見えなかった。「思わず否定しちゃって気まずくなっちゃった」

「ありがとう。でも一緒に悪口言っててもいいよ」智はそう言う。「気にしないから」

「そんなことはできない」百香は笑顔で怒った。「そんな裏切り者にはならないよ」

 そこでみんなが笑った。

 それからまた話は逸れて、気まずい空気が薄くなった。また何か紗希が言い出して空気が悪くならないかと警戒したところで幹事のあゆみが会計を切り出した。最高のタイミングだった。

「お会計お願いします」

「いくら?」「いくら?」

 全員が自分のバッグから財布やスマホを出した。

 私は言った。「え? 今回は智が会計を出してくれるんじゃないの?」

 幹事のあゆみの動きが止まる。「いやいや、何言ってるの?」

「だって智って芸能人なんでしょ? 月収が100万とか200万とか……」

 あゆみを見ると私の顔をじっと見ていた。本当に何を言ってるのという顔をしている。怒りも呆れもない、無表情だ。

 私は慌てて紗希の方を見た。紗希は私と同じ考えだったのだと分かった。会計の流れではあるが私と同じだった。そのくらいは当たり前だという顔をしている。小さくうなずいた。隣に、『あなたもそのつもりで来たんでしょ?』という顔を向けている。

 8人の顔を順番に見ていく。おごりだと思っていたのは私と紗希だけだったと分かった。

 智を見た。

 彼女は私を真っ直ぐに見て、「おごらないよ」と言った。

「え、けど、私たち友達じゃん」

 あゆみが言う。「友達だから、なに?」

 私は自分の口の中が急に干上がっていくのを感じた。うまく言葉が出てこない。「だって……だって、普通の収入じゃ毎月の生活も厳しいでしょ。みんなだって」

「“ベベの店”の支払いに苦労するほどじゃないよ」

「けど交通費だってかかるでしょ。もう近所には住んでないんだよ。なんでこのくらいの支払いもしないの? 智」私はそれからきつめに言った。「ケチ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だったら来るんじゃなかった 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ