母親として

 リリスが生み出す夢境は、正に特別な空間と言っても良いだろう。

 確かに全てを遮断するというのは難しいかもしれないが、少なくともリリスには二つの要素が備わっている。

 まず一つがサキュバスの中でも特に抜きんでた実力であること、そしてブライトオブエンゲージが発動していることだ。


「ここは……」

「ようこそいらっしゃいました――この夢境の世界へ」


 リリスが作り出した夢境にて、二人が邂逅した。

 眠ってすぐにこの場へやってきたことに関しては、特にアストレフィアは驚いた様子を見せず、こういうのがあるのかと感心している様子だ。


「流石はサキュバスだな。夢の世界に私を連れ込むとは」

「ふふっ、夜を支配する種族ですもの。ですがそれはヴァンパイアであるフィアさんも同じでしょう?」

「最近の私は常に生活習慣をトワと合わせているからな。多少の夜更かしをしただけで寝不足になってしまう」

「……分かってはいましたけど規則正しいですね」

「それはお前も同じだろう? 人間と合わせるということはそういうことになるのだから」


 アストレフィア(以降フィア)の言葉にリリスは頷いた。

 フィアとリリスの間にある空気は和やかなものだったが、リリスはすぐに本題に入る。


「フィアさん、こうしてあなたを呼んだのは他でもありません」

「だろうな。意味もなくこんなことをするとは思えないし……まさかお前が女である私を犯そうとするレズとも思えんしな」

「そ、そんなの当然です! 女性に無理やり迫られてそういうことになりかけたことはあれど、ちゃんと断りましたし!?」

「そこまで聞いてないぞ私は」


 まるでリリスの感情に忙しなく反応するように、夢境に流れる綺麗な水が波打つ。


「……コホン、では気を取り直して――フィアさん」

「あぁ」

「正直、どこまでやれるか分からないですし……どこまであなたに伝えられるか分かりません」

「それで?」

「もしも私がダメだと判断した場合、あなたは何も分からないままにこの邂逅を終えることになります。ですがそれは――」

「構わん」

「……え?」


 リリスの言いたいこと、それはトワに関することだ。

 もしもトワに課せられた制約に引っ掛かる場合のことをリリスは言っているのだが、当然のようにそれをフィアに軽く話せるものじゃない。

 この夢境に引き込んだ時点である程度はやれると思っているが、保険を掛けておくに越したことはないのだから


「トワがお前を信じている時点で、私がお前を疑う余地はない。お前は学園のこともそうだが、これからのトワを支えてくれるのだろう? それが分かっている以上は、たとえ何かしらの不明な部分があれどそういうものかと受け流すだけだ」

「それは……」

「あの魔王を倒した一人でもあるお前が難しい顔をしているんだ。それ相応の何かがあると考えるのが普通ではないか? だから安心しろ」


 フィアの言葉にリリスは、クスッと微笑んだ。


「流石ですね……まあでも、おそらく大丈夫かと思います。何故ならあなたもブライトオブエンゲージが発動しているみたいですし」

「やはり分かるのか……それはお前も発動しているからか?」

「はい」


 互いに発動していれば、互いに気付けるのもまた必然だ。

 そうしてフィアはリリスにブライトオブエンゲージによってこの空間が強固であることと、更には同じ相手を愛するからこそだとも。


「待て……同じ相手を愛するとはどういうこと――」


 キピーンと、フィアの中に電流が走った。

 その瞬間にリリスが言いたいことや、伝えようとしたことを瞬時に理解したフィアは、まさかと言った具合に目を大きく見開いた。


「大丈夫そう……ですね」


 ホッと息を吐いたりりすが続けた言葉に、フィアは更に驚いた。


「トワ君はトワさんなのですよ。かつて私と共に魔王討伐に赴いた英雄の一人であり、奇跡のトワと呼ばれた彼の生まれ変わりです」

「……………」

「……ふむ、やはり大丈夫そうで安心しました」


 勝手に納得するなとフィアは言いたかったが、同時に今までのトワとの生活を思い出していく……そんな風に思い返していくほどに、リリスの言葉がたとえすぐに信じられなかったとしても、段々と受け入れていく自分自身にも僅かに驚いたのだ。


「それで……トワは昔から物分かりが良いというか、幼い子供にあるまじき落ち着きと理解の速さだったのか」

「そういうことになりますね」

「……ははっ、そうか」


 フィアは口元に手を当て、あることを想像して笑った。

 そのあることというのはまだ幼いトワのこと……それこそ赤ん坊の頃から意識があったのだとすれば、それは大層恥ずかしい気持ちにさせただろうなと面白かった。


「トワには悪いことをしたな。普通に私はあの子に風呂で裸を見せまくったりしたからなぁ」

「……フィアさん自身が恥ずかしいとは思わないんですね?」

「何故だ?」


 リリスの言葉に、フィアは素直に首を傾げた。


「トワがどんな存在であろうと、あの子を見つけて引き取った時点で私は母親として振舞ったつもりだ。母親として過ごしてきた日々を、あの子を息子として接してきた日々は何も恥じることはない……少なくとも、私はあの子にどんな行動であれ恥ずかしいと思うようなことはしていない」

「……なるほど、やはりフィアさんは凄い方です」


 フィアは、どこまでもトワの母であることを誇りに思っている。

 全てを理解した今であってもそれは変わらないし、そもそもフィアはトワのことを心から愛している……その時点で、恥ずかしいからと遠慮することがフィアにはそもそもない。


「まあ仮にトワがそうでなかったとしても、いずれ大きくなったあの子のお嫁さんにはしてもらうつもりだったがな」

「そ、そうなんですね……っ!」

「当たり前だろう。ブライトオブエンゲージが発動した時点で、私にはもうあの子しか愛せない。それにトワが凄く優しくて、大きな心を持っていることは分かっていたからなぁ……いずれは泣き落としをしてでも婚姻は結ぶつもりだった――それくらいの覚悟というか、勢いがあった方が良いに決まっている」


 結局のところ、こうしてトワのことを聞いてもフィアの心は一切変わらなかった。

 むしろトワが生まれ変わりであることを最初から知っていたら、遠慮することなく大人としてのやり取りが出来たのにと、少しばかり残念に思ったのも確かである。


「だが、この話を通して色々と理解したぞ。お前がこうしてわざわざ夢境に私を招き、トワのことを話した……あの子の性格を考えると、こういうことは間違いなく私に話そうとするはずだ。しかしそれが出来ない理由があると考えたがどうだ?」

「その通りです。悔しいですが、あなたはトワさんのことに関して本当に理解が早いですね」

「母親だぞ?」

「……ふふっ――ではお話しますね。トワさんに課せられた制約を」


 そうして、フィアはトワの全てをリリスから聞いた。

 何に気を付けなければいけないのか、そして何が起こる可能性があるのか、更にその変化も注意深く観察しなければならないか、その全てをフィアは頭に叩き込んだ。

 全てはトワのために……そして何より、己が消えてしまうことでトワが悲しまないように。


「本当に簡単に受け入れましたね?」

「難しく考える必要は無いだろう? だが敢えて言うならば……」

「言うならば?」

「起こった奇跡とやらを全て否定するつもりはないが、随分と考えなしの幼稚な奴とは思ったな」

「ハッキリ言いますね……」


 どこまでも我を貫くフィアに、リリスは苦笑しながらも満足していた。

 だがフィアのようにカイシンやリリーナに伝えることは出来るかどうかに関しては、正直難しいと直感で分かってしまったのが悲しかった。

 そして何より、行方さえ分かっていれば伝えられるセレンがどこに居るのか分からないのも、リリスの表情に陰を落とすのだった。





「しかし冷静に考えると、体が幼いだけで大人な行為をしても全く問題はないのか」

「っ!!」

「リリス、歳を取らせる薬の出番だぞ」

「っ!!!!」

「……なんてな、そこはちゃんと待つのも良い女の条件か」

「……………」

「分かるやすく気を落とすなよ」

「……サキュバスですもん。好きな人が相手なら、たとえおっきしなくても色々したいです……」

「……やっぱりお前は危ない奴だと考え直して良いか?」

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仲間を守って死んだら二十年後の同じ世界に生まれ変わった件……でも俺、転生二回目なんだけど? みょん @tsukasa1992

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