母が知る時

「母さん……いきなりすぎるだろ」


 俺の真実のこととか、母さんのこととか、リリスやセレンのことを考えていたら突然の編入試験についての話をされた。

 以前の俺は普通に入学を果たしたが、編入試験は入学試験よりも少々難しいというか、確か特殊だった気がする。


「それでもレベルは15だし、試験自体は余裕か……?」


 レベルの高さは単純な指標となり、身体能力や魔法の強さに繋がる。

 色々と調べたけど今年の入学制でもっともレベルが高いのはアーサーとカトレアであり、あの二人は俺と同じ15レベルで入学したらしい。


「流石カイシンとリリーナの子供って感じだな」


 勇者と王女の血は期待を裏切らないということだ。


「……ふぅ」


 息を整え、改めて魔力を練り上げていく。

 魔力の奔流が手の平に集まり、本来では可視化出来ない魔力の渦が色を持って見えるようになる……この体は本当に才能に溢れていて、こんなことも出来るようになった。


「アイスレイン! ……なんてな」


 氷の中級魔法を発動させようとしたが、流石に家の近くで使うなんてことはしない。

 そもそも魔法に関して教わるのは魔法学院に入ってからだ。

 もちろんそうでない人も居るし、親が魔法を使えたりするのであれば先んじて習う人も居る……でも、特に貴族でもない俺の場合はもしもこの時点で中級魔法を使おうものなら大騒ぎになる。


「昔に少しやっちまったしなぁ……」


 火の初級魔法であるファイアはどれくらいの威力か、それを好奇心に任せて空に放ったら……思いの外威力が大きかったことがある。

 確かにそれはファイアではあったが、自身のレベルが高ければ出力も上がる……正直なことを言えば、前の俺に比べて才能に溢れている体だから調子に乗っていたんだ。


「母さんは笑ってたけど……」


 基本的に、母さんは俺がやることに文句は言わないし怒りもしない。

 それはそれでどうなのかとは思うけど……とにかく、力を持つべき者はしっかりと周りのことを考えなくてはならないと、改めて俺はそう感じたのだ。


「……強くなりたいな」


 せっかくだから強くなりたい。

 この体に宿る才能をどこまでも発揮出来るように、しっかりと沢山の教えをこの身に宿し、俺は強くなる――母さんたちを守れるような強い人間に、俺はなりたい。


「トワ」

「母さん?」


 さっきまで趣味の編み物をしていたはずの母さんが現れた。

 魔法の練習で集中し、汗を掻いた俺の額をタオルで拭きながら口を開いた。


「良い集中力をしていたな? 最初から最後までみていたわけではないが素晴らしかった」

「ほんと?」

「あぁ。私は魔法学院について詳しいわけではないし、リリスも流石に守秘義務を守るとのことで教えてはくれないが、どんな試験があったとしてもトワなら大丈夫だ」

「……うん。母さんにそこまで言われたら安心かな」


 母さんの言葉には、本当にいつも助けられている。

 心から安心するのもそうだし、母さんに何かを言われる度にそれはまるで言霊のように俺を包み込んでくれる。


「……………」

「トワ?」


 ついつい、こういう時は子供の自分が出てきてしまう。

 全身汗を掻いているというのに、申し訳なさを抱きながら母さんへと抱き着いた。


「……大好きだ、母さん」


 好きって言葉は、基本的に恥ずかしくなるのは当然だ。

 でも家族に対してはそんな気持ちは……まあ少しはあるけれど、それでも前の俺は家族に好きだと伝えたことはないし、その前の俺も家族仲は良好だったが伝えたことはあまりなかった。


「母さん?」


 母さんの反応がなかったので、不安になって見上げた。

 ボーッとするように目を見開いている母さんだったが、すぐに頬を染めてギュッと抱きしめる。


「あぁ……私も好きだよ、トワ」

「……うん」

「もう七歳だもんな……大きくなったなぁ本当に」

「まあね」

「そろそろか……そろそろ良いよなって思うんだが」

「母さん?」


 ブツブツと何かを言い始めた母さんは、何かを振り払うように頭を振ってこう言った。


「いや、何でもないよ。しかし……学院に入るために三歳分を誤魔化すんだろう? 私は……我慢出来るのか?」


 う~ん……ちょっと母さんがおかしいです。

 それからしばらく様子のおかしかったが母さんだが、元に戻るのもすぐだった。

 最近は色々とあったが、それに並行して俺が学院に編入することも決まったので、既にリリスが段取りを組んでしまったらしいので全てが急速に動いている。


「なあトワ、今から一緒にお風呂に行こうか」

「いきなりすぎない?」

「汗を流してやる……ふふっ♪」

「……………」


 母さんと風呂に入ったが、特に何もなかったことだけ報告しておく。

 それから母さんとのんびりとした時間を過ごし、夕方になってリリスが家にやって来た。

 今日も彼女はここに泊まる予定なのと、いよいよ夢境にリリスが母さんを招いて話をするとのことだ。


『何か異変があればすぐに止めますが、大丈夫な気がしています。私の直感ではありますが、おそらくフィアさんも私と同じでしょうし』


 何が同じなのかは教えてくれなかったが、リリスが考えなしにこう言うとも思えないので、俺にはただ何事もなく無事に事が済むのを祈るしかないのが歯がゆい所だ。

 そうしてついに、夜になった。

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