懐かしい景色と試験の話

 その日は、朝から色々と考えることが多かった。

 俺の夢に関してのやり取りはリリスが保険としてプロテクトを掛けてくれたおかげか、仮に必要がないのかも分からないが奇跡の力でペナルティーが発生することは無かった


『大丈夫そうですね……っ!』


 耳元で囁いたリリスは嬉しそうだったが、あくまで夢の中で再会した時のやり取りは封印し、彼女は俺をトワ君と呼ぶのと同時に、俺は彼女のことをリリスさんと呼んでいる。

 とはいえリリスからのスキンシップは変わらないし、向けられる言葉も俺とかつての俺のどちらかに向けたモノとも捉えられるし、そもそもリリスが今の俺とのやり取りを楽しんでいる節もあるので……その点に関しては若干困りつつも、ある意味で助かっている。


「……ここは変わらないな」


 さて、そんな朝を過ごした俺が訪れたのは王城の前だ。

 厳重な警備が敷かれている門だが、あくまでここは普通の通りでもあるので一般人も歩いている。


「お? どうした坊主」

「おはよう兵士さん。大きいなって思ったんだ」

「あぁおはよう。そうだなぁ……ここはカイシン様たちのおわす場所だからな。かといって昔と変わったことはないが、世界を救った英雄の居城でもあるしこれくらい立派なのは当然だろう」

「凄いですね!」

「だろう!」


 中々ノリの良い兵士さんだ。

 見た目からベテランの雰囲気を漂わせる兵士さんだけど、どこか見覚えがある気がする……もしかしたら昔に、当時の俺が見たことがある人なのかもしれない。


「坊主は一人か?」

「はい……その、気分転換というか……散歩ですかね」

「ほう?」


 実は母さんがついてこようとしたけれど、ちょっと一人で居たかった。

 それを伝えたら母さんは見るからに落ち込んだものの、何かあったらすぐに呼べと言って家で待ってくれている。


「家の人を心配させないようにするんだぞ?」

「はい。ありがとう兵士さん」

「おう」


 兵士さんは警備に戻り、俺は改めて城を見上げた。


「……………」


 懐かしさを感じる城をこうしてまた近くで見ることが出来るとはな。

 当時の王様と王妃様はまだ亡くなっているわけではなく、隠居して余生を過ごしているみたいだが……そちらとは流石に会うことはないか。


『ねえトワ』

『うん?』

『魔王を倒したら色々と調べさせてよ。アンタの奇跡の力は研究する対象としてはこれ以上ないもの』


 そんなセレンとのやり取りここであったなと苦笑し、俺は歩き出した。

 セレンのことはリリスに任せる他ないが、彼女は今……どこで一体何をしているんだろう。


(魔法の深淵……か)


 深淵と聞くと碌な想像が出来ない。

 確かにセレンの見た目は金髪爆乳美人ハイエルフだが、性格は極めて冷血な部分があり魔法狂い……言ってしまえば、見た目と能力は完璧すぎるが性格に難がありすぎるどころではない。

 そんなセレンだからこそ、変に暴走していないと良いんだが……しかもそうなっている原因の一つに俺があるとするなら、やはり早く見つけてどうにかしたいところではある。


「……?」


 その時、城のバルコニーに二人の影が見えた。


「あ……」


 それは間違いなくカイシンとリリーナだった。

 俺と違ってしっかりと歳を取った二人は、仲睦まじい様子で城下を眺めながら会話をしている。

 その仲睦まじい様子に気付いたのは俺だけでなく、兵士さんたちや他の通行人も同様だった。


「あ、カイシン様とリリーナ様だ!」

「お二人とも、いつ見ても仲睦まじいようで嬉しいわ」

「ああいう風になりたいよなぁ」

「誰とよ」

「そりゃお前……お前とだよ」


 はっ!? ラブコメの香り!?

 なんて反応するのはさておき、最後にもう一度二人の姿を目に焼き付けた後、母さんの待つ家へと帰るのだった。


「ただいま」

「おかえり」


 帰ってきた俺に、母さんは冷えた飲み物を出してくれた。


「ありがとう」

「あぁ……っとなんだそれは?」

「これ?」


 母さんが気付き、俺はそれを差し出した。

 実はこうして家に帰ってくる前に、花屋で一輪の花を俺は買った――この花はクーリアと言って、母さんの瞳のように赤い花だ。


「その……これで日頃のお礼って言ったら足りないけど、母さんにこうしてプレゼントしたかったんだ」

「トワ……トワぁ!」


 プレゼントしたいと、そう言った瞬間に母さんが涙を流した。

 俺の事になると母さんはすぐに涙脆くなってしまうが、こうなってしまうとしばらくは母さんは泣き止まない気がする。

 ちなみにクーリアの花言葉は、永遠や約束という意味があるようだ。


「いかんな……私はトワからこういうことをされると嬉しくて涙が止まらなくなる」

「オーバーじゃない?」

「オーバーなものか! 永い時を生きてきて、ようやく得た幸せという名のトワとの日々! 言ってしまえば、退屈に生きるだけだった味気ない女を変えたんだぞ!? それならこうもなる!」


 そうして母さんはグッと俺を抱き寄せた。

 そして――。


「トワ、色々と悩みがあるのかもしれないが……お前がここだと思った時に話してくれれば良い」

「母さん……」

「ふふっ、私はお前の母親だぞ? 母親は常に息子の様子を察し、常に一挙手一投足を観察し、お母さん大好き離れたくないと思わせるのが仕事みたいなものだからな――だからお前はお前のままで良い」


 前半の言葉はともかく、後半の言葉はありがたかった。

 俺は多くの繋がりに恵まれている……だからこそ、たとえ奇跡の力が起こした制約があろうとも、セレンの問題が残っていようとも、必ずどうにかなるという確信があった。

 だからこそ、俺も頑張らないといけない。


(たとえ……かつて世話になって助けてくれた、奇跡の力と完全に決別したとしても)


 思えば、奇跡の力って確かに凄かったけど……やっぱり奇跡って人の身には過ぎた力にも思える……否、きっとそうなんだろう。

 だが、そんな力に感謝しているのも確かだ……それは間違いない。

 だからもしも決別するような時があったとしても、感謝の一言は言いたいものだ。もちろん、やりすぎたことのお小言もついでに。


「おっと、言い忘れていた」

「どうしたの?」

「改めてトワは学院に通いたいと言っただろう?」

「え? うん……」

「相変わらず寂しい所だが……既にリリスには話を通し、トワの編入試験について話は付けておいた」

「……え!?」


 ちょっと、流石にいきなりすぎじゃない!?

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