新たな日々の予兆

「それにしても……本当にブライトオブエンゲージって凄いな」

「ですよね。それは私も思いますし、想いの力ってどこまでも強いものなんだと再認識します」


 相変わらず俺はリリスの作った夢境の中に居た。

 今まで会えなかった分……俺からすればほぼ一瞬だが、リリスからすれば俺が死んでから今までの時間を埋めたいと思っているようなので、言葉が一切止まらないのは仕方ない。


「トワさんに課せられた制約は確かなようですし、しばらくは慎重に動いてみましょう。カイシンさんとリリーナさんには私がまず伝えてみようと思います。それでもしも異変が現れるようであれば、一旦は私とトワさんだけの秘密になってしまいそうですが」

「……そういうことになるな。俺としては凄く嬉しいことだけど、もしも実現したら大層驚きそうだ」

「驚くどころか泣いて止まらなくなりますよ。カイシンさんもリリーナさんもトワさんを離したくないって言うんじゃないですか?」

「それは……」


 リリーナはともかく、カイシンに抱き着かれるのはちょっと……。

 考えていることが表情に出ていたのか、リリスはここ一番と言えるような大きな笑い声を上げた。


「そんなに面白いか?」

「面白いですよ。だってカイシンさんはこの世界で一番有名な方と言っても過言ではありません。そんな相手に対し、そこまで言えるのはトワさんくらいじゃないですか?」

「……ま、俺からすればカイシンは頼れるリーダーだったからな」

「最高の親友でもありますよね?」

「そうとも言う」


 そうだな……カイシンはリーダーであり、最高の親友だ。


「その……最初の印象は大分変わりましたけどね」

「それは俺も驚いてる」

「トワさんは凄いですよ。あのカイシンさんを変えたんですから」

「えっと……一旦この話は止めよう。リリスは俺の事を褒めてばかりだから恥ずかしくて仕方ない」

「だって褒める部分しかないんですもん♪」


 しかもずっと、リリスは俺を正面から抱きしめっぱなしだ。

 一切離れる素振りは見せないし、俺から離れようと少しでも体を動かしたら痛くない程度に腕の力が強まるしで……とにかく抜け出せない。


「……あ、そうだ」

「どうしたんですか?」

「もしも俺の事実を伝えられるのであれば、最初に母さんにどうにか伝えたい。今の俺にとって母さんは本当に大きな存在で、母さんが居なかったら今の俺はここに居ないから」

「なるほど……分かりました。それを聞くと私が先に知ってしまった申し訳なさもありますが」


 それは仕方ないだろうと苦笑しながらも、母さんに関し手はそう思う。

 確かに生まれ変わった俺にとってかつての繋がりはもちろん大切だけれど、こうして今の俺が存在しているのは母さんが居たからだ。

 ……ずっと愛していた子供が、実は生まれ変わりだと知った時の母さんがどんな反応をするのかは少し不安だけど、母さんにはやっぱり知ってもらいたい気持ちがある。

 そして後はもちろん――セレンだ。


「そういえばセレンはどうしてるんだ?」

「……………」


 セレンの名前を出した瞬間、リリスはその表情を曇らせた。

 俺は別に察しが良い方ではないけれど、そんな表情を見せられたら一気に不安になってしまう……ならない方がおかしい。

 こうしてリリスには会えたけど、あのある意味でマッドサイエンティストハイエルフには会ってないから……。


「まさか……」

「……いえ、想像しているようなことはありません。セレンさんは生きているはずです」

「……じゃあ何かあったのか?」


 リリスは頷き、教えてくれた。


「トワさんが亡くなってしばらくした後、セレンさんは姿を消しました。カイシンさんとリリーナさんはセレンさんがエルフの里に閉じこもっていると言っていましたけど、そうではないんです」

「……………」

「私と同じくブライトオブエンゲージが発動していたからなのか、ボーッとしていた私の耳元で彼女は言いました。トワさんを必ず生き返らせるために、魔法の深淵を手にしてみせると……彼女から連絡がないのは閉じ込もっているからではなく、もうどこにいるか分からないからです」

「……………」


 それは、俺にとって大きな衝撃を与えた事実だった。


「セレンさんに関しても情報はこれから集めていきます。ただ、私がこうして気付けたようにブライトオブエンゲージの影響にとって、再びトワさんとセレンさんの運命は繋がるはずです」

「そうか……」

「はい……ですがあの魔法馬鹿……コホン、セレンさんのことですからトワさんに課された制約を破壊する魔法を会得していてもおかしな気はしないですね」


 セレン……とにかく、彼女に関してはリリスに任せるしかない。

 今の俺にとって何も出来ないのが辛い所だし、そもそもリリスだけでなくカイシンやリリーナでさえ足取りが掴めないのなら……いずれその時が来るのを待つしかないか。


「トワさん」

「うん?」

「きっと大丈夫ですから……今は未来を信じて歩き続けましょう」

「……そうだな。その通りだ」

「はい♪ それと念には念を入れて、この夢での出来事に関してはプロテクトを掛けておきますね。このことを忘れるのではなく、この夢に繋がる記憶を外部のどんな力も介入出来ないようにするものです」


 リリスは俺の頭に手を置き、魔法を発動させた。

 どうやらこれでこの夢に関しては俺とリリスだけの記憶となり、何があっても他者に漏れることはないとのことだ。


「それでも警戒するに越したことはありませんし、慎重に慎重を重ねていきましょう」

「分かった……なあリリス」

「なんですか?」

「これで目を開けた時、お前が居なくなってるのは嫌だぞ?」

「ふふっ、大丈夫ですよ。フィアさんが先に寝たのを見てからトワさんを奪いましたので、現実のトワさんは私の胸に顔を埋めて寝ています♪」

「……………」


 そんな言葉を残し、この夢は覚めた。

 その結果、俺はリリスが言ったように彼女の胸に顔を埋めた状態で目を覚まし、母さんがリリスにキレたのは言うまでもなかった。


(……リリスの様子は何も問題はないか。リリスから色々と調べたり話をする機会を探ってくれるみたいだけど)


 どうしてリリスが知っている?

 誰も入り込めない夢境とはいえ肯定したな? ハイお終い。

 そんな後だしジャンケンみたいなことはないと思いたいが、取り敢えず今はリリスとのやり取りが出来たことを素直に喜ぼう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る