01-19話 お頭、職場訪問
■王太子視点
信秀が六歳になる。王家や高位貴族家では子供に側近をつけ、一緒に学習したり武術の鍛錬を行うのが慣例だ。
しかし信秀と絵莉佳は左近達と一緒に武術や勉強を早めに始めたため、子供とは思えないほどの実力がついた。
それに転生者の血筋が濃いためか、情緒面も大人に近く、左近以外の同世代は子供に見えてしょうがないようだし、一緒に学習や鍛錬をしようとしても差がありすぎて相手にならない。
「さて、どうしたもんかな」
私は静香に相談する。
「側近がいなくても問題ありませんよ。二人とも稽古事も勉強も出来すぎるくらい出来るようになったし、素直で優しい子に育っていますよ。
それも千代や左近達のせいです」
「そうだな、千代と左近達のおかげで数人分の側近や先生よりも効果的なのは確かだな。まあ問題らしい問題と言えば絵莉佳が剣術を習い始めてからお転婆になったくらいだな」
「だいたい親が選んだ子供を側近につけると、主人に取り入るため、なんでもやってしまうし、おだてるので偉いと勘違いする子が多いでしょ。
そのため選民思想に取りつかれ、鼻もちならない貴族になったりするので問題が多いと思います」
「側近の親も子供がずっと側近のままだと勘違いする奴もいるからな。だが今のままだと下位貴族の嶋家を贔屓にしているといわれるし、千代と弁慶が子供を使って王太子家に取り入っているという奴らもいるのだ」
「馬鹿らしいですよ、嶋家は王家に忠誠を誓っているけど政治にはかかわらない家系だし、千代も王家に取り次いで欲しいという話はすべて断っているそうです。
それに今から信秀達と一緒に学習する子供も可哀想ですよ。学習が進みすぎているので付いてこられないでしょう」
確かに家庭教師からは、信秀はあと半年ぐらい勉強すれば王都学院を卒業できる学力が身につくし、左近はいまでも卒業できると聞いている。
「ならば考えを変えてみるか、一緒に学ぶのではなく信秀が子供達に教えるというのはどうだ」
「つまり、左近がやっていた事を信秀がやるわけですね。それはよさそうですね」
「問題は誰に教えるかだな」
「そうですね。まずは練習しましょうか、私にあてがあります」
◇
俺は教会に来ていた。静香様と千代母さんから教会が平民に教えている学校で、先生をやるようにとの命が下ったのだ。
ただ先生役は信秀様で絵莉佳様と俺に妹達は補助にまわるようにとの事だ。
教える子供達は王都の商人や職人などの子供で年齢も五歳から十歳までとバラバラだ。
将来の国王陛下や王女殿下が平民相手の教師になるなど考えられないが、静香様が慈善活動という口実で押し切ったようだ。しかし教える子供達は貴族の子供が先生だと知って訝しげだ。
信秀様が最初に挨拶をし皆に文字を知っているかと聞くと、全員知らないという、まずひらがなを教える事になり、説明し見本の文字を石板に写させる。
しかし、女の子は比較的真面目だが、男は文句をいう奴もいる。
「かあちゃんと左近の兄貴が来いっていうからきてるけど、近所の人達なんか読み書きできん人ばっかりだ。こんな事やらんくても生きていけるぞ」
そんな事をいう悪ガキは俺に負けて子分になった奴の一人だ。頭ではなく体で行動するので、親と相談してこの教室に放り込んだのだ。
そんな悪ガキにも信秀様が我慢強く文字を覚えているが、上品な言葉で説明しても通じないためハッキリいうようになった。
「おまえは、買い物しても計算ができないから、釣銭をごまかされてもわからないだろ。
さらに、じゃがいも十個買ってこいといわれても数が数えられなかったら相手は十個の金をもらっても八個しか渡さないかもしれないぞ。
それに約束するにしても口約束ではなく、文字にした約束の方が正しいのを知ってるか!
読み書きできない奴には適当な事をいってごまかしながら、文字にした約束にはとんでもない条件が書かれていて財産を巻き上げられる事もあるのだ。
子供の頃はそんな事はわからないが、大人になってから気がついても勉強する時間はとれないぞ。
お前の母上が勉強しろといっているのはそれがわかっているからだ。ここで読み書きを覚えないと一生バカなままだがそれでいいのか」
そういうと不満そうではあるが石板に文字を練習するようになった。信秀様は「千代のように褒めて才能を伸ばしたいが簡単ではないな」とだいぶ疲れた様子だ。
そんな信秀様を助けるため「真面目に取り組んでひらがなを覚えた者には、俺が名前の判子を作ってやる」と見本の判子を見せると、皆やる気をみせるようになった。
また勉強ばかりだと飽きるので一緒にお菓子を作ったり、俺達の演奏を聴かせるようになると子供達も懐いてくれるようになった。
しかし悪ガキは「勉強は貴族様にかなわないが喧嘩だったら左近兄貴の次に俺の方が強い」と強がっている。
ここは実力を示したいが、平民は剣術などやっていないので眞莉が教えてくれた格闘体術で信秀様や妹達が立合い、たっぷり可愛がってやると「貴族様は女も強いのか」とがっくりし、その後は信秀兄貴だとか絵莉佳姐御といい素直にいう事を聞くようになった。
そんな俺たちを静香様や千代母さんが時々様子を見にくるが、子供達とうまくやっているのを見て安心したようだ。
◇
信秀様と絵莉佳様は生まれも育ちも王宮で、気軽に街中を歩くこともできない。なので、教会で皆と話をするだけでも楽しいし、庶民の事ももっと知りたいようだ。
それを千代母さんに伝えると、静香様と相談し子供達の親が働いている職場を訪問することになった。
最初は俺と一緒に悪徳衛兵に捕らえられたガキ大将の家で、鍛冶屋兼工房だ。王宮で保護されていた時に見た親方の仕事を改めて見たいと、信秀様がいうので見学先に決まったのだ。
工房は騒音がでるし火を使うため王都の外れにあるが、思ったよりも大きな店で鍛冶屋で刃物を作るだけでなく工房でいろんな物をつくっている。
親方は訪問した皆に挨拶すると店のなかを案内してくれるが、炉で金属を熱したあと鍛造するので火花が飛んだり、金属の焼ける匂いもしている。そんな雰囲気なので女の子は恐る恐る見学しているが、男の子は興味津々という子が多く質問もしてくる。
一通り説明が終わると職人に手伝ってもらいながら男の子はナイフ、女の子は蝋燭立ての仕上げで汚れを落とす仕事を手伝う事になった。
慣れない作業なので皆は苦戦していたが、多少歪ながら出来上がった物をお土産として持ち帰る事ができ、信秀様や絵莉佳様も皆と一緒に喜んでいる。
俺は親方に漫画に出ていたピーラーができないのかと質問すると、それはなにかと聞かれる。
そこで、石板に蝋石で絵を描いて、この部分で皮を剥いてこの突起で芋の芽をえぐると説明する。
すると興味を引いたようで、親方がその場で試作品を作って見せ、ニンジンの皮を剥いてみるとこれは使えるという事になった。
皆は目の前であっという間に試作品を作る親方を尊敬の眼差しでみているが、信秀様からも「お前は何でも知っているな」と呆れたようにいわれてしまった。
その後ピーラーの試作品を改良して売り出すと、包丁よりも早くて安全だし子供でも皮むきができると好評で、大売れしたと親方から感謝された。
すると評判を聞いた他の親も家に来て欲しいとお願いされ、食堂を訪問することになったのだが、静香様や千代母さんも一緒に行くことになった。
相手は王太子妃がやってきたので仰天していたが、新しいメニューを考えたり土産に持って行ったピーラーで、皮むきなどの下ごしらえや皿洗いを体験した。
そして試作した料理を賄いとして食べたが、自分で料理などしたことがない信秀様や子供達には好評だ。
そして、千代母さんと静香様は前からやってみたかったと、客の注文を聞いたり食事を運ぶ給仕の仕事をしている。
客は気軽に入っていた店なのに、美貌と気品に溢れた静香様や千代母さんが給仕をするので驚いている。それに俺や信秀様達に子供も給仕をすると、可愛い子供が給仕をしていると評判になったようだ。
そんな事もあったが勉強を続けていると、子供達も
これから漢字や九九を教えて掛け算や割り算を教えようと信秀様と予定を考えていると、王宮で貴族子弟に教育を行うのでそちらで先生をやるようにとの命が下った。
教会の教育はシスターが引き継いでくれるが、仲良くなった子供達から「行かないで~」といわれ、絵莉佳様や妹達は半泣きになってしまった。
■王太子視点
信秀は子供相手にかなり苦労したようだ
「平民の子供はあんなに手がかかるのでしょうか」と疲れた様子だ。
「お前は左近達を見ているから貴族はレベルが高いと思っているかもしれんが、あれは例外中の例外で貴族の子でも同じように手がかかるぞ」
「はあ~貴族も平民も親って大変なんですね」と大人じみた事をいっている。
しかし、左近達の助けもあり子供達と信頼関係ができたようで、親の商売する現場に行って野菜の皮むきなども体験し、なかなか楽しそうだ。
しかし、平民はあくまで練習なので貴族相手にどんな教育をするのか静香に聞いてみる。
「貴族子弟にどんな教育するつもりだ」
「上位貴族は家庭教師もいるので、男爵より下で王都在住か近郊の家を対象にしたらと思っています」
「そうだな、貴族でも裕福ではないところも多いし、大人になると下の階級と接する事も少なくなるからな。ところでどんな事を教えるんだ」
「基本は教会で教えていた内容と同じですが、武術や音楽それに社交マナーも加えたいですね」
「それは良いが信秀はまだ六歳だぞ、お前も子供は伸び伸びと育てたいといっていたぞ」
「ええ、ですからこれからは大人にも手伝ってもらい信秀の負担を減らします。そして空いた時間は上位貴族との交流にあてたいと思います」
「そうだな。下位貴族ばかり目にかけているといわれそうだからな」
「左近達は上位貴族の集まりにだすと、色々といわれそうなので教育に専念してもらいます」
「嶋家は昔から政治や派閥には関わらない家だから問題ないと思うが、千代には話を通しておいてくれ。
それと左近達に払っている手当も増額してくれ、王家が子供を搾取しているという奴らがでてくる」
「そうですね。人の口に戸を立てることができませんものね」
◇
王宮では色々あったようようだが、教える相手は下位貴族の子弟になり信秀様より年下の子を対象に教育を始めることになった。
信秀様が先生なので失礼が無いようにと親もいっているようだが、六歳児にはよくわからないようで、平民の子供と同じで文句をいう奴もいる。
しかし信秀様も平民を相手にして忍耐力が鍛えられているので粘り強く取り組んでいる。
意外なのは、武術の稽古に参加する女の子が多いことだ。貴族でも長女よりも下だと貴族家に嫁入りするのも難しいので上位貴族家の侍女になったり、騎士団や眞莉のように貴族家令嬢の護衛になり身をたてる事が多いのだ。
まあ男よりも女の方が現実的なのだが、この歳で自覚しているとは思わなかったが、本当のところは絵莉佳様や妹達が可愛いのに稽古では強いので憧れたようだ。まあ、動機としてはどうかと思うが気にしない事にする。
火付盗賊改のお頭、異世界に転生す。旗本だったから令和の知識はないし智異徒も須気留も使えない。俺ってもう詰んでる! @sankichi_akita
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