01-18話 平八郎・弁慶:カチコミを……

 王太子様の直々の尋問で衛兵が監察室に逮捕された後、俺は釈放されて病院に入院した。

 そこに慌ただしく千代母さんに眞莉と妹達がやってきたが、俺の顔を見て固まってしまう。


 「左近?左近なの!なんて事なの、こんな顔になってしまって」


 そういうと、妹達と一緒に泣き出してしまった。


 「あの男、左近様のキレイな顔をこのようにして、ただではすまさん」


 眞莉は俺を見ると、怒りが先にきたようだ。


 「母上、自分の顔はよく見えませんが。打撲なので治るはずです」 

 

 「本当なの、王太子様から酷い顔になっていると聞いたけど、息子だとわからなんて」


 「お爺様と父上はどうしたのですか」


 「それが、今の左近を見ればだだじゃすまなくなるから、面会は待てと王太子様に命じられたの。

 二人が本気で怒ったら、爵位を返上して衛兵に討ち入るって心配してるわ」


 「はあ~そうですよね。母上は取りなしをお願いします。それにしても王太子様と内務大臣が直々にでてくると思いませんでした」


 「それがね、王宮で当直だった弁慶様に相談していたら王太子様が将棋を指しにきたのよ。でも私の様子を見てただ事ではないと察してくれたので事情を話したの。

 そしてすぐに内務大臣を呼び出して監察室が対処するように指示したうえ、急いであの衛兵の聞き込みをしたら酷い評判ばかりで、このままでは左近が強制的に自白させられる。そうなると面倒になるっていうので、早急に動くことになったの」


 「でも、王太子殿下と内務大臣が朝から直接出張る必要はないと思うのですが」


 「それが左近の事が陛下のお耳に入ったのよ。そして「臣下の子とはいえ、余が可愛がっている左近に濡れ衣を着せるとは許さん」とすごく怒ったらしいの。

 そして王太子様と内務大臣は衛兵の支所に直接出向き、左近を嵌めた衛兵を捕らえろと王命が下ったのよ」

 

 「私のために、陛下のお手を煩わせてしまうとは畏れ多いです」


 「あの衛兵は王太子様と内務大臣を見て仰天したらしいわ。自分が何に手をだしたのかわかったみたいね」


 「それでどうなったのです」


 「王太子様に厳しく糾弾されたあげく、左近を暴行したのがわかり、言い逃れできなくなったのは知っているわよね。

 あの後、逮捕され監察室で厳しい取り調べを受けているわ。でも、しぶといので塩が入っていない食事になったそうよ。

 知らなかったけど、塩抜きの食事って気力や体力がなくなるそうね。

 普通だったらそんな事はやめて欲しいけど、あの男に限ってはどんどんやってほしいわ」


 塩抜きがこの世でもあるとは思わなかった。反抗的な者も塩抜きの食事を与えると大人しくなるので、俺も取り調べで使った事がある。


 「それで隊長もあの男を容認していたので厳しい尋問をうけているし、他にも怪しい人がいるので、支所にいた衛兵は全員、聴取と取り調べをするんですって」


 「衛兵の規律回復が急務ですね」


 「ええ、新聞が今回の事を大きく取り上げていて、子供を捕らえて気絶するまで暴行した事や、私に理不尽な要求したことも報道されたので、衛兵に対して批判一色よ。


 でも王太子様が直々に乗り込んで悪徳衛兵を捕えた事は称賛されているし、衛兵を改革して欲しいという期待がたかまっているわ。

 それにあの男が捕まったと聞いて、泣き寝入りしていた人も訴え出ているし、ほかでも衛兵が横暴な事をしていたらしいわ。


 でも真面目な衛兵もいるのに、一人でも悪党がいると同じように見られるから大変よね。

 ともかく、陛下と王太子様がこれを機に衛兵組織を立て直せと命じたので、内務大臣は対応に追われて大変なようね」


 その後、俺の顔がそこそこ見られるようになってから、平八郎お爺さんと弁慶父さんがやってきた。

 事情は聴いていたようだが、俺の様子を見て怒りで顔が赤くなっている。


 このまま衛兵にカチコミをかけられても困るので、王家の様子を聞くと、陛下が「此度の事は厳しく吟味し、今後このような事が起きないようにせよ」と厳しい指示をだしたそうだ。


 また近衛騎士団と王都騎士団では、団長と隊長の家族が衛兵に濡れ衣をきせたうえ、金だけでなく千代母さんの体まで要求したことや、六歳の俺を気絶するまで暴行を加えたと事を団員達が知ったため、衛兵との仲が悪くなり、近衛と王都騎士団の上層部は部下を押さえるのに苦労したそうだ。


 そんな話だけでなくユキを陛下や王妃様それに王太子家が気に入り、ユキと同じ犬種を飼うことになったそうで、元気になったら俺に調教を頼みたいそうだ。


 ガキ大将の家族もやってきて、兄貴に迷惑かけてすまないとガキ大将が泣いて詫びてきた。

 俺は、今回の事は千代母さんに狙いをつけた衛兵がやった事で、お前達も被害者だ。巻き込んですまないと俺が詫びる。


 なんでもガキ大将一家は、衛兵にお礼参りされるかもしれないので、関係者の取り調べが終わるまで王宮から出られないそうだ。

 やる事がないので、ガキ大将は信秀様と一緒に剣術の稽古をし、妹と母親は千代母さんの手伝いをし、お稽古事の準備などをやっているそうだ。

 また王太子様と内務大臣が、衛兵が迷惑をかけてすまないと詫びてきたのでさらに驚いたそうだ。


 ちなみにガキ大将の父親で工房の親方は、手持ち無沙汰なので王宮内で壊れた物やガタの来た物の修理をしているそうだ。

 なんでも器用に直すので評判もよく、時には信秀様も一緒に作業をした事もあったそうだ。


 そしてヤクザの若頭も見舞いにやってきた。俺を嵌めた衛兵はヤクザ者にも評判が悪く、いつか捕まると思っていたそうだが、今回の事で街の人やヤクザ者までスッとしたと教えてくれる。

 

 「新聞に衛兵の悪事が随分詳しくでていたが、あれってお前達が情報を流したんじゃないのか」


 「おや、若様は相変わらず子供らしくありませんな」


 「あれで助かったらしいが、なんで助けてくれたんだ」


 「あいつは俺達からも金をむしる悪党中の悪党なんでさ。そんな奴に左近の若様が捕まったと聞いて驚いたんですぜ。

 それで探りをいれると金と嶋家の奥方様を好き勝手にするため、ありもしない事をでっちあげているし、若様と俺が話していてた事も逮捕の一因だとわかったんでさ。

 親分にそれを知らせると、俺達を利用して堅気に迷惑かけるなんてじゃ置かないって怒ったのなんのって」


 「それで、新聞に詳しい情報を流したのか」


 「まあ、衛兵相手に段平だんびらを振り回すわけにもいかねえから、あんな手をつかったけど、思ったよりも大きな記事になったんですわ」


 「おかげで、あの悪党を追い詰める事ができたし、捕えることもできたそうだ」


 「そりゃよかった。ともかく俺達と付き合っていたから若様には迷惑をかけちまって済まねえと思っているよ」


 そんな詫びをいれてきたので、おかげで悪徳衛兵の退治ができたので気にするなといっておいた。


 その後、悪党衛兵は余罪が山ほどでてきた。監察室の取り調べにはしぶとく白を切っていたようだが、塩抜きのためか耐え切れず、すべてを自白したようだ。

 配下として動いていた連中も、厳しい取り調べをうけ、こちらも余罪がぞろぞろ出てきた。

 結果として俺を嵌めた元衛兵は、余りにも悪質で衛兵全体への信頼を損なわせたという事で懲役三十年となり、一緒に悪時を働いていた配下の連中と一緒に鉱山に送られた。元衛兵だから鉱山では他の囚人に可愛がられるだろうとの事だ。


 悪事を見て見ぬふりをしていた連中は免職や降格に左遷だそうだ。

 また衛兵改革として監察室に衛兵の不正を告白できることが周知され、幹部衛兵が地元と癒着しないよう、数年ごとに担当地域や部署が変わることになったし、その他の衛兵も定期的に部署や担当地域が変わることになった。

 慣例的に許されていた。地元との進物のやり取りや接待の茶菓も禁止され、一部の衛兵は窮屈になったといっているらしい。


 俺は病院を退院すると、松葉杖をつきながら王宮に行き、国王陛下と王太子家に御礼をいうと無事でよかったと笑顔でいわれる。

 俺は臣下の子供のために王太子殿下や内務大臣を動かした王家へ、今まで以上に尊敬の念を抱くようになった。


 そして内務大臣から衛兵でユキのような犬を使いたいので協力を要請される。俺のために骨折りをしてくれた内務大臣の要請は断れないので承諾する。


 すると手回しよく担当を紹介されるが女性なので驚いた。なんでも衛兵改革の一環として女性も採用できるようになったそうだ。

 この女性は王都騎士団の元騎士で結婚して家庭に入っていたが、子供も大きくなり手がかからなくなったそうだ。

 そして、千代母さんと俺や妹達がユキと一緒に歩いているのを見かけたことがあり、自分でも飼いたいと思っていたところに、募集があったのですぐに応募したそうだ。

 それを聞いて、酷い事ばかりの事件だったが、少しは良い事もあったかなと思う事ができた。


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