第38話 二人で見つける終わりの始まり
軽率な振る舞いと公爵に対する暴行、そして男爵令嬢に対する暴力、暴言は夜会に集まった貴族たちによって直ちに国王へと伝えられた。それらの全てをコルティス夫人が肯定したため、いかに一人息子に甘い父親でもアルベルト王子の王位継承権を剥奪せざるを得なくなったらしい。
王族からの追放という処置まではとられなかったが、男爵領とは王都を挟んで反対側にある山沿いの小さな領地を与えられそこの管理を任せられることになったという。
しかし実際の管理は元からそこにいる領主が行う上、領地から出ることは禁じられたということで、事実上の流罪とみることもできる。
斬られた傷口から炎症を起こし数日の間高熱を出して寝込んでいた公爵のもとに届けられた書簡は、そんな王子の処遇と、それに伴い王位継承権を持つ貴族全員の順位がひとつ繰り上がったことが書かれていた。
「王位継承順、一位かぁ……」
書簡を確認した公爵は面倒くさそうにそれをベッドに放り投げた。
「王城からの正式な書簡です。大事に取り扱ってくださいよ」
「そうはいってもほら、俺、今右腕が使えないから」
「包帯取り替えるまで待っていればいいだけでは?」
公爵の腕から包帯を解きながら、ちくりと私は指摘する。しかし当の公爵は全く悪びれる様子もない。
「急ぎの用事だったら困るだろう?」
「それはまあ、そうでしょうけれど」
「しかしよかったな、エルネスタ。王の書簡は聖女の件には言及していない。君が行った儀式については黙認、現聖女は任期延長が正式見解になったらしい」
私はほっとしながら公爵の傷口に消毒薬を振りかけた。つ、という公爵の呻く声が漏れるが、まあそこは我慢してくださいと言うしかない。
あんなに大々的に聖女が行う清めの儀式をやってしまって、最悪の場合は修道院に連れていかれて聖女試験を受けさせられるのでは、と冷や冷やしていたのだ。
あの夜、伯爵夫人と広間に戻ると貴族たちに囲まれて質問攻めにあったことを思い出す。とにかく、本で読んだ、引退した聖女に教わった、自分には聖女の証はない、無我夢中で行った、と喉がつぶれるほど大声で繰り返したのが功を奏したのか。それとも伯爵夫人が裏から手を回してくれたのかは分からない。
どちらにせよ、現状では私に聖女になれというお達しがないので知らんぷりを続ける予定だ。
私は滴る消毒液をぬぐい、包帯を巻く前に公爵の傷を確認した。炎症は治り、腫れも落ち着いたのでこのままであればすぐ治るだろう。
新しいガーゼをピンセットで適度な大きさに畳んでいると、しかしなあと公爵が呟いた。
「アルベルトがあんなに歪んでいたとはな。幼いころからなんでもできて、俺より優秀だと思っていたが」
心なしか、公爵の声は沈んでいる。
同い年の従兄弟として、乳兄弟として、本物の兄弟同然に育っている彼らがどこで違ってしまったのか。生まれの高貴さなんて私から見たらどちらも変わりがないと思えるほど高貴だけど、周囲の目とほんのちょっとした特別扱いがアルベルト王子を増長させたんだろう。
前世の私が処刑されるより五年も前だというのに、この時点でもうそこまで歪んでいるとは思わなかったけれど。
「優秀さと、性格は同じものではないでしょう。前世であれを見抜けなかった自分が、今となってはちょっと情けないですが」
「それは俺も同じだ。あまつさえ、良かれと思ってアメリアを婚約者に推してしまった。こんなことになるとは、可愛そうなことをした」
「そこは逆に良かったと思います。婚姻する前に本性が分かったのですから」
アメリアのことは確かに悲しませてしまったとは思うけれど、もしこれが婚姻後のことだったら目も当てられない。王家は基本的に離婚を認めないため、一生彼女が苦しんだかもしれないのだ。であれば今ここではっきりとあの男がクズであると分かって婚約破棄になる方がよほどマシと言えるだろう。
自慢の教え子は性格もいいし容姿も抜群で血筋も申し分ない。まだ十一歳という年齢、彼女に瑕疵がある婚約破棄ではないことからも、この先縁談に困ることなどないはずだ。
ガーゼに化膿止めの薬を塗布し、そうっと公爵の腕に乗せる。ひんやりした膏薬が乗っていたからか、公爵の体が小さく震えた。
「いつ頃からああいった傾向が生じていたのかはわかりませんが、しがらみの少ない任地で少しでも落ち着いてくださるといいですね」
「だから君は、どうしてそう人が好いんだ……」
「だって、私有財産もほとんど放棄させられ、領地の管理も別のお役人が代行するんでしょう? 王城でわがままいっぱいだった王子にはそれだけでかなり辛いことと思いますよ。ばら撒くお金がなければ、きっと流罪同様のかつての王子の言うことなんて誰も聞かないでしょうし」
ああ、と公爵は頬を掻いた。そしておもむろに頭を下げる。
「ばら撒きと言えば、前世で君に散財の罪を押し付けたのはアルベルトだったんだろうな。それを見抜けず、君を疑うだけ疑って申し訳なかった」
思いもよらないタイミングでの謝罪だった。しかし素直な言葉に公爵の誠意が感じられる。私は軽く頷いてそれを受け取った。
「どうぞお構いなく。そのおかげで今の生活があると思えば、悪くなかったのかもしれません。公爵様に噂を信じさせてその上で処分しようという作戦だったのではないかと」
「そうだな。ひょっとしたら、王が亡くなっていたというのも、アルベルトがなにかしたのかもしれないな。まだあんなにお元気な王がこれからあと五年でなくなるとは信じられない」
「でもご高齢なのは確かです。王のご体調には注意が必要ですね。あと、アルベルト様は聖女の養成にもかなり口やお金を出しているような口ぶりでした。おそらく前世でも同じようになさってたと思いますよ。修道院に美術品があったのも、好みの少女を育成するための賄賂の一つだったんでしょう」
全く腹立たしいことだ。コルティス伯爵夫人は歴代の王がそんなことに聖女を利用していないと言っていたのに、一体どうして彼はそんなふうに思ってしまったんだろう。
しかし今更私がそれを聞いても仕方ないし、聞ける立場でもない。ほとぼりが冷めた頃に公爵が聞いてくれるのを期待するか、と手に持った包帯をガーゼの上から巻きつけた。二回、三回と緩みが出ないように調整しながら巻き続ける。
この怪我の元となったナイフは、マルガリータが投げ捨てて行ったものなのだろうか。祭壇があるような部屋に刃物を置いておくわけがない。彼女が私を振り切って逃げる際に硬い音がしたけれどきっとそれだ、と私は思っていた。
なんであの夜、彼女がナイフを持っていたのか。
アルベルト王子と庭園の東屋にいた時には手に持っていたのか。
暗殺か、と思考が飛躍するけれどあの時の彼女の様子から言えばそれは違う感じがする。
王子と出会いたかった。手を出されたかった。幸せになりたかった。
そう叫んだあの子は、あの後どこに行ってしまったんだろう。なんとか力になってあげたいと思ったのに、彼女の思惑は私が考えているような支援ではないものを必要としていたようだった。
そんなことを思っていたせいか、いつのまにか包帯を巻く手が止まっていたようだ。訝しげにこちらの顔を覗き込んでくる公爵に、マルガリータは、と彼女の名前を出した。
「結局あの後、マルガリータを見たという方は居ないようでしたね。伯爵夫人の屋敷に勤める方たちも、覚えがないと」
「騒ぎに乗じて逃げたんだろう。君が聞いたという捨て台詞の件もある。気を付けておこう」
「まあ、そうですね……そうするしかないですよね……」
「何か目的があるならきっとそのうちまた姿を現すだろう。その時、しっかりと話を聞くしかないな」
それしかない、か。
なんとなくすっきりしない気持ちを抱えたまま、私は公爵の腕に包帯を巻き終えた。薄い布の端を持ち上げ、緩んだりずれたりしないように軽く結ぶ。
使ったピンセットやガーゼをケースにしまっていると、もう何度か見ているだろうに公爵が物珍しそうに眺めていた。
「なんでしょう?」
「この間、いや、斬られたときから思っていたんだが、君は医学も学んだのか?」
わずかに首を傾げる公爵は、私の手元にあるケースから消毒薬の小瓶を拾い上げた。小瓶と私の顔をかわるがわる見つめる目に、なんらかの説明を要求しているような好奇心が見え隠れしている。
「応急処置やこの程度の手当ては男爵領にいるときに覚えましたよ。医者を呼ぶのに時間がかかる田舎ですから」
「なるほど。それ以外は?」
「大学でもある程度は必要と思って履修しました。が、医学と言っても体の仕組みや内臓疾患が起こる機序、外傷の応急処置などだけですよ。薬学はちょっと単位が過剰になるので控えました。ああそういえば公爵の腕を縫って下さったお医者様は大学の先輩にあたる方で、縫合糸を研究されているんですって。縫合用の糸って、普通であればちゃんと皮膚がくっついたら切って抜いてしまわないと新しい皮膚に埋まって抜けなくなってしまうらしいんですけど、先生が研究された糸は新しい皮膚が出来てもするりと抜けてしまうような加工が出来ているらしいです。今回の公爵様の手術には従来型が使われているので近いうちに抜いてしまいましょう。それでですね、新しい皮膚は太陽の光を浴びると黒くなりやすくなってしまうのでなるべく日に当てないようにと――」
「分かった、分かったから……」
しまった。またやっちゃった。
目の前に大きな手のひらをかざされ、私は両手で口を押さえた。
興味のある分野、研究が進んでいる分野など、聞かれてもいないのに喋り倒すこの癖をなんとかしたい。
「あ、もうしわけありません」
慌てて頭を下げると、くすくすと公爵は笑いを漏らした。うるさいと叱られるかと思えば、そうではないらしい。
そういえば父も辟易しながら私の話を聞いてくれていたっけ。故郷の屋敷の書斎を思い出していると、ふわりと肩を抱かれ公爵の側へ引き寄せられた。
「全く、あんなことがあっても君は変わらないらしい」
あっという間に私の体は公爵の胸の中に収まり、目の前に黒い瞳が近づく。額にかかった髪に公爵の髪が触れた。
しかし私はこの間までの私ではない。
すっと唇の前に人差し指を差し込んでやると、指の腹に公爵の唇が押し当てられる。
あれ、という公爵の顔に今度は私が笑いを漏らした。
「もうその手には乗りませんよ」
「つれないな。助けてやった時は震えて抱き着いてきたくせに」
首をすくめた公爵は、機嫌を悪くした風もない。おどけたように片眉を釣り上げた。
そういやそうだった。それについて、私はまだ礼の一つもしていない気がする。
「それは! えっと、その節は、あの、あ、ありがとうございま」
お礼の言葉の最後は口内に留められた。
視界には閉じた公爵の目と長く黒いまつ毛が飛び込んできた。そして唇は柔らかい何かで塞がれている。
その柔らかい何かはすぐに私の唇から離れた。そして顔を離し目を開けた公爵は、悪戯っぽい笑みを浮かべて私を抱きしめた。
「待っ……! え、なに、ちょっと、今のって!」
理解が追いつかず、脳が沸騰するような錯覚に陥る。一瞬にして頬、いや顔全体に血が上った。
きっと、おそらく、いや絶対、今の私は真っ赤になっている。
思わず両手で頬を押さえて顔を伏せると、公爵の手がゆっくりと私の髪を撫でた。
「これからはできれば君のそんな顔を独り占めさせてもらいたいものだね」
耳元でそう告げられ、私の頬はますます上気する。うんともすんとも答えられないまま、私は公爵の胸の中でただただ小さくなったのだった。
【5/1 二巻発売決定。予約受付中】疎まれ聖女、やり直し人生で公爵様の妹君の家庭教師になる~貴方、私の事お嫌いでしたよね?なんで今回は溺愛してくるんですか~ あおいかずき @yukiho-u
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