第70話 助けられたのは

 宿の外へ出てみると、空はもう真っ暗だった。月明りも、雲がかかっているせいで頼りない。けれど、そこは文明の利器。街灯様様だぜ。


 いや、俺はそんなん無くても割と平気だけどな。


 宿の、というか、この街の建物の壁はみんなそうなのか。とにかく、遮音性しゃおんせいの高さを感じる。こうして一歩外に出てみれば往来を歩く人々は沢山いて、街中まちじゅうの喧騒が一気に耳に入ってくる。


 ここに住んでる連中は、どうやってその建物を自分のものとしたのだろう。やっぱ、親から声と受け継いでいくものなのか。そうなると、よそ者がこの街に永住しようとするのは難しいのか?


 とにかく、道行く人たちには確固たる目的があるみたいだ。誰もが迷わず、目的地へと歩いていく。いや、そりゃまれにふらついてるのもいるし、走ってるのもいるけど。


 酔っぱらっている様子のおっさんは、帰宅途中だろうか。襲われそうだなー、大丈夫かオイ。見てるこっちが心配になってくる。


 軽装鎧を着た若い男たちが、駆け足で通り過ぎていく。この街の治安維持組織か、それとも何かのギルドに所属している兵士達だろうか。さすがに、どこの組織もボランティアじゃやっていけねェよな。


 見目麗しく飾り立てた女たちが、群れを成して歩いている。あれも一種の自衛手段か? 目立つってことが、さ。その女たちの中に、猫のような耳を生やしている人物が紛れているのを見つけて、少し安心する。この街でも、魔人であることはさほど問題ではないらしいな。勿論、数は少ないんだろうけど。


「目的地は決まってるのか? ……なワケねェか」


 後ろを見れば、カーリーが靴のつま先を地面にとんとんしてるところだった。


「うん……帽子屋さんと、アクセとかも見たいなとは思ってたけど」


「お、いいねそれ」


「……? レンドウも興味あるんだ」


「いや、お前がアクセサリのことを略して言ったからさ。なんか急にイマドキの子っぽさが出たなと」


「それ……褒めてる?」


「褒めてる褒めてる」


「じゃあ、嬉しい……」


 じゃあってなんだ。懐から地図を取り出して、広げる。今さっき片づけたばかりなんだけどな、これ。


 じゃじゃ~ん、ダクトマップ~~~~!


「これはその名のとおり、本代もとしろダクトが得意げに描いたこの街の地図だ。随分簡略化されているが、わざわざ金を出して購入するより、この街に詳しい人に描いてもらった方がいいに決まってるぜ」


「誰に説明してるの?」


「まあ、要するにカーリーはツッコんでくれるからボケ甲斐があるってことだ」


 えっと、今いるのが北側の大通り、フレア・ストリートで……。


「西側のアクア・ストリートに行ってみるか。まずは真っすぐ、あの宮殿まで歩こう」


「ちょっと……」


 せっかくだし、景色を楽しみながら行けばいいんじゃないか。


「あの……レンドウ」


 そう思って、綺麗なロケーションでも探しながら歩き始めたのだが、何故だろう、カーリーが全く着いて来てる気がしない。


 半目になって後ろの彼女を見つめる。


「何してんだ? ……って」


「いや、呼んでたケド……ずっと」


 視線を斜め下に下げて、俺の足元でも注視してんのか。カーリーの手が、俺へと差し出されていた。と言っても、先に多少なりとも歩き出してしまっていたので、いかんせん距離があった。


 すたすたと歩み寄って、上体を屈める。その伸ばされた腕を多方向から眺めまわしながら、「この手はどーゆー意味ィ?」と尋ねてやる。


 ――俺イジワルだな。 


「その、私、こういう人が沢山いるところ、初めてだから……その」


 いじめるのも大概にしとくか。というか、もう顔を真っ赤にして、真下といってもいいほど顔を傾けてしまったカーリー(元)姉さんを見ていると、妙な気持ちになってくるから、やめとこ。なにこれ。嗜虐心しぎゃくしんをそそられるってこういうこと? ほんと、アンダーリバーのお姉さんやってた頃の覇気はどこに消えたし。


「お前、……なんか段々と幼児化してないか?」堪え切れず畳みかけてしまったような気がしないでもないが、とにかくその手を握って、引っ張ってやる。


「う、うぅ……」


 最初は暗殺者みたいだと思って目力コンテストに出演させたりしていたってのに……形無しだな。


 ちなみに目力コンテストとは、俺の脳内で時折開催される、目つきが鋭い奴らのデスマッチのことだ。はは。


 ……俺のせいでこうなったんだと思えば、責任を感じないこともない。この女の望みは出来るだけ叶えてやりたいところではある。


「んじゃ、今度こそ行くか」


「……ん」


 彼女が頷くのを待って、俺は、俺たちは夜の街に踏み出した。



 * * *



 道行く人や建物、夜空等を見物しながら、俺たちはアクア・ストリートまでやってきた。


 特に派手に飾り立ててあるわけでもない、質素な造りの雑貨屋に入ると、店主が「いらっしゃい、好きに見てってよ」と話しかけてきた。「ウス」と返して、お言葉に甘えて好きに見させてもらうことにした。


 店内は縦長で、奥の方まで商品が陳列してあるようだった。左右に棚が連なっていて、ちょっと肩がぶつかって商品破損、みたいな展開が怖いな~と思った。


 俺たち以外にも客はいて、何やら密集してる部分があるなぁと思ったら、それは鏡の周りだった。やっぱ大鏡が一個あるだけで、人気スポット足り得るんだな。


 値札が付いたままの商品を試着して、自らの姿をチェックしているというわけだ。ま、値札が張り付いてるってだけでなんか美しさもへったくれも無い気もするが。あれは全てをぶち壊すよな。


 俺は特に欲しいものとか思いついてないんだけど、何かカーリーに似合いそうなものでも探してみるか。


 髪飾りとかリボンとか、そういうワンポイントものがいいよな。……いいよな、というか。


「おま、そんなデカいの買うつもりか?」


 商品棚の一番上、王の宮殿を模したオブジェをまじまじと眺めていたカーリーに話しかける。


「もし何かの間違いでそれに魅入られたとしても、買うのは帰りにしとけよ……荷物になる」


「それくらいわかって……や、買わないよ……」


「なんか思うところでもあったのか」


「これ、宮殿の中がちょっと見えるなって」


「ふーん?」


 近寄って、カーリーの隣で宮殿のオブジェをのぞき込む。確かに、内部の一部屋までだが、金色の内装が見えた。その奥には大扉があって、それが閉ざされているせいで更に奥は見えないが。いや、大方その扉は開かないだろう。焼き粘土細工だし。全部埋め立てられているはずだ。


「じゃあ、なんだって最初の一部屋は頑張ったんだろうな」


「そこまでだとしても、宮殿に入る機会があったんじゃない?これを作った人は」


「見ちまったからには、造らずにはいられなかった的な?」


「それがきっと、職人の気質というもの……」


 したり顔で推察するカーリー。そんな彼女の頭に、


「隙あり!」


 言いながら帽子を被せてやる。とんがり帽子。


「わ」


「リアクション薄っ」


 深々と被せようと思ったのだが、カーリーの長い耳を包み込んだとんがり帽子は目元まで隠すにはいたらず、彼女のジト目を俺はもろに喰らう羽目になった。


 ……ふぅ、と彼女は嘆息して、


「レンドウ、前から言おうと思ってたんだけど、私のこれのこと、レンドウが責任を感じる必要、ないよ」


「うぇ……な、なんのことだよ」


 カーリーはゆっくりと、頭に乗った帽子を取った。それを手の中でいじりながら、真っすぐに俺を見つめる。


 ――いや、解っているさ。


 ……これ、というのは間違いなく、欠損した左耳の事だろう。


 それを惜しげもなく晒して、彼女は言う。帽子はあるべき場所に戻して、耳をぴょこんと動かしてみせた。


「私、これを恥ずかしいなんて思わない。私達を守ってくれたあなたに、私が恩返ししたかっただけなんだから」


 魔王軍のカニ野郎……ジェットにあしらわれ、あわや命を奪われるところだった俺。そんな時、奴に飛びかかって俺から注意を反らしてくれた人物こそ、カーリーだった。


「……違う。俺は、そんなつもりでお前の集落を……」


 助けた訳じゃない。それを言葉にはできない。助けたい、とは思えても、助けた、なんて軽々しく口にできない。そういう想いがあるからだ。


 例え命を救われたからと言って、その礼として一生その人に仕えるとか、命懸けで戦うとか、そんな決まりはない。あっちゃいけない、とすら思う。そんなのを期待して人助けするなんて、そんなの……そもそも手下が欲しかっただけと思われても仕方がないだろ。


「俺は……お前を隷従れいぞくさせたいなんてこれっぽっちも思ってない。自分自身の生きたいようにだな……」


 考えが纏まらないまま、それでも正直な気持ちを伝えようとしていると、ふわり、と。


「私が、レンドウの為になることをしたいって思ったから、私はこの旅に同行してるんだよ」


 包まれるような声色だった。いや、実際、包まれていた。俺の左手を両手で握ったカーリーの顔を直視していられなくなって、俺は横を向くしかなかった。


「~~~~ッ」


 なんだよ。こっ恥ずかしいこと言ってくれちゃって。


 これだから女子は苦手なんだ。


 俺だけか? こういう状況を気まずいって思っちまうのは。


 なんでそんなに恥ずかしげも無く本気マジになれるんだよ。


 微妙な空気を切り裂くように、「もうすぐ店じまいだよー」


 という店主の声が響いたのは、俺にとってはラッキーだった。閉店時間早くね? と思わないでもないけど。もしかして、五月蠅い客を追い出すための方便か、とか邪推しちまうのは……俺の悪い癖だろうか。


「……とりあえず、店出っか」


 カーリーは未だに俺の手を掴んで離してくれないため仕方ない、微妙に拘束されたままの恰好で店を出ることになった。


 …………何も買えなかったんだが??


「レンドウ」


 彼女は先ほどの話に決着が着いているとは思っていないのか、俺の名前を呼んだ。


 ……何を言っていいのか分からなくて、何処へともなく歩き出した俺の手をカーリーが強く引いた。「んなっ」身体がぐらついて倒れそうになるが、それくらいは、まあ、引っ張ったものの責任として、ね? カーリーが支えてくれた。


「レンドウ、誰かこっちを見てる」


 彼女はさっきの話の続きをしようとしている。そういう思い込みがあったせいで、一瞬、何を言われたのか分からなかった。要するに「あーあー聴こえなーい!」状態だったから。


「いや、そりゃこんだけ人が沢山いるんだし、誰かしらこっち見てても不思議じゃねェだろ」


「……ほんとにそう思う?」


 言われて、改めて周囲を見渡して、気づく。


「……?」


 ――――誰も、いない。


 さっきまで、店に入る前はあれだけ沢山。


 な、なん…………どうしてだ?


 思わず振り返ると、ガシャン、と音を立てて雑貨屋のシャッターが閉まったところだった。


 おい、タイミング。


 まぁ、しいて言えばこの閉じられたシャッターの向こう側には店主がいる訳で、別にこの世界に俺とカーリーだけ取り残されたって訳ではないんだろうけど……じゃない! 問題なのは、そう、カーリーの感じてる視線だろ!


「待ってくれ、今俺も“視る”から」


 カーリーの拘束を逃れた左手を彼女に向けて「待ってくれ」のジェスチャー。すかさず目をつぶり、神経を研ぎ澄まして、見えない視線とやらを感じようとしてみる。


 ……………………本当だ。


 目を開ける。


「一人や二人じゃないな」


 声を潜めて、傍らのカーリーに確認する。もしかしてだけど、俺よりカーリーの方が野生の勘が鋭いのかもしれない。そのことを確認したかった。吸血鬼としてのプライドは、まあ今は捨て置くとして。


「うん……十人じゃきかないかも。気配を殺そうとしてるみたいだけど、多分もっといる」


 そんなにいんの……!?


 思わず目を見開いちまった。カーリーの怪訝な顔。


 やべ、俺がポンコツだということがバレる。というか完全に劣ってるじゃないですか吸血鬼ィ。お父さんお母さん、じゃない親父、お袋! どうして俺はウサギさんより危機察知能力が薄いんだよ!?


「嫌な予感がするな。いや、勿論何が起こるかなんて想像もつかないワケだが……。しいて言えば、なんか闇の組織が俺たちを始末するために、予め一般ピープルを立ち入らない様にしたみたいな雰囲気を感じる」


「もうそれが答えじゃない?」


 冷や汗を垂らしたカーリーが、感心したような顔を俺に向けた。て、照れるぜ。いや、そんな場合じゃない。


「とりあえず、宿に戻ろう。広い場所を狙って進んでいけば……いや、こういう時って狭い場所の方が追っ手を巻くのにはいいのか……?」


「狭いとすぐに囲まれちゃうと思う。大通りがいい。もしかしたら、一般人が少しでもいれば、仕掛けてこないかも」


「……そうだな、そうしよう」


 と、俺が言い終わった瞬間だった。


 一番近くにあった街灯がフッ、と消えた。音はしなかった。


 別に、砕かれた訳ではない。


 いやいや、だったら尚更、どうして消えたんだ……?


「あれ……?」


 カーリーが声を漏らした。


 ――――パッ、パッ、パッ、パッ、パッパッパッパ…………。


 その間にも、俺たちから離れていくように、それぞれの街灯が消えていくではないか。パッパパッパって消えてってるけど、これどういうことなのパパァ!! いや親父! なんか俺、さっきから何かあるたびに親に助けを求める子みたいになってるけど!


「なんだってんだよ……」


 その時、背後で、だんっ、と何かが地面に降り立つ音がした。


 分厚い雲が月明りすら覆い隠し、この俺を持ってしても視界が良好とは言えない状況に置いて。


 その存在は、酷く不気味だった。


 うずくまるような姿勢をしていたのか。どこかの屋根から飛び降りてきたのだろうそいつが、ゆっくりと顔を上げた。


 その顔は、見えない。フードと前髪に覆われて窺うことは叶わない。が、そのあと“それ”から零れた音は、俺とカーリーを恐怖させるには十分だった。


「ア゛―――――― ――ィ ―――― ――――ァ――  ――ァア」


 途切れ途切れに聴こえるような、そのひび割れた、しわがれた様な音。


 声、なのか。


 後ろで、俺の体にしがみ付いた少女が言う。


「……ゾ……………………ゾン…………ビ?」


 確かにそんな風に見えるけど、いや、冗談だろ?

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ツンデレ吸血鬼は負け続け、やがて不死の魔王へと至る。 カジー・K @kzyyy-K

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