第69話 到着、ロストアンゼルス

 少々不安になる音を響かせながら……俺たちを乗せて走る馬車は、人間が作り上げた一つの境界を乗り越えた。

 開きっぱなしの壁門を越え、俺たちの視界にがいっぱいに広がる。


 西日に照らされたその都の美しさはと言えば……思わず、ここが無統治王国であることを忘れさせるほどのものだった。


 当たり前かもしれないが、大通りはちっとも荒れてない。きっとエイリアにおける≪ヴァリアー≫と並ぶかそれ以上の、また別な治安維持組織が何かしら存在するんだろうな。

 首都というだけあって、さすがに人が多い。正門から繋がるフレア・ストリートを見ただけで、この街を包む活気に圧倒される。


 例え誰に命じられずとも……結局人間たちは、自らが生き残りやすくなるルールを作り出し、それを守り合うことで“まともな人間”であることをお互いに確認し合っている。

 体の弱いものがそれを理由に淘汰されることを恐れ、優しさという言葉を作り出し、強者からの庇護を求める。

 強者はそれをもって自らが強者だという証とし、優越感を得ているのだろう。


 ……なんて、斜に構えたものの見方をしちまう俺の心すら、洗われるようだ。


 そんな人間達が集まるこのロストアンゼルスを治める(治めるというより、玉座に座ってるだけか?)王がいるのが、この大通りを延々と直進した先にある宮殿らしい。十五キロくらい離れているせいで、ここからじゃ全く見えないが。


 以前に絵で見たそれを、頭の中に思い描いてみる。王冠を頂いたような形状の屋根をした建物がど真ん中に鎮座し、それを囲うように尖ったやぐらのようなもの軒を連ねていて……それらはどれも下の方で繋がっている。まるで巨人が出入りすることでも考慮したかのようなバカでかい造りは、王の権威を示すためのものなんだろう。


 それを警備してる王の兵士達って、自分が護ってる存在の中身というか、実態をどれだけ知っているんだろうな。これは勝手な想像だけど、下々の兵士は王の顔すら知らないんじゃないか?


 プレシデンスドールパレスという正式名称を持つという、王の宮殿。あの中に、無統治王国アラロマフ・ドールが誇る“引き籠もり王ウィズドローアル・ロード”、ドールがいる……らしい。情報はそれだけ。それがどれだけ歪な状態かって、そんなのはここに住んでる奴らが一番よくわかってるんだろうけど。


 いつからか、皆マヒしていくんだろうな。考えることをやめてしまうというか。

 ともすれば、俺もその雰囲気に飲まれそうになる。


「やっぱ、無統治王国っておかしいよな?」


 馬車の中に、誰へ向けたワケでも無い問いを発してみる。勿論……いきなりそれだけ呟いたって、他の人たちには俺がさっきまで何をどう考えていて、どういう結論でこの質問に至ったのか、分かるはずもないワケで。


「このきれいな街並みを見て、いま言うのがそれなんですか?」


 リバイアの呆れ声。

 ほーら、やっぱ俺が異端ってことになるんだ。


「ふぅむ。じゃあもう一度見て、ゆっくり考えてみよう」


 ……確かに、この街の美しさの前では、そんなこと考えるだけ無駄なのかなァ……。


 街全体が、白を基調としている。似たような建物ばかりと言ってしまえばそれまでかもしれないが……少なくともエイリアのような雑多さというか、有り合わせの原料で造られた建造物が一つも見当たらないので、ごちゃごちゃした印象を抱かないんだ。


 あと、ちゃんと建物の向きが揃ってるのも大きいな。エイリアはマジで無法建築だから。


 一方この街では型にはめられたような四角い建物が並んでいるんだが、それぞれの二階部分から曲線を描いた通路が宙に伸びていて、それが他の建物まで繋がっているんだ。要するに、空に橋が架かっている。架かりまくってら。


 どれも似たような建物ってことは、特別なことなんてない、普通の民家ってことだよな? それ同士が通路で繋がっているってのは、どういうことなんだ。自分の家の前を沢山の人が歩くって、怖くね? いやそうでもない?


「つか、まさか一つ一つの建物が、一人だけのための家とか言わねェよな……」


 俺たちを乗せた馬車は道の真ん中、いや、向かいから別の馬車が来る可能性もあるから、微妙に左寄りを走っている。その更に外周には人間が歩くための道が別に用意されている。両者を区別するは、段差。馬車の通行路に比べて少し高くなっているから、安心して歩けるってことか。


 窓から身を乗り出して、食い入るように首都を眺めていると、


「どれも集合住宅のはずだよ。空中を道が走っているように見えるのは……」

「この街の特徴だな。このまま街を突っ切れば海が見える訳だが。その海に伝わる災厄を避けるために造られた、れっきとした公道なんだぜ。誰でも歩いていいんだ」


 レイスが俺の疑問に答える。が、途中から人差し指を腕ごとぐるんぐるん回しながら、ダクトが得意げにかっさらった。


「三百年前、海竜かいりゅうレメテシアとその配下どもがこの辺りに出没するようになってな。それを討伐するために当時の王……いや王になる前か。“人間の英雄”と名高いゴットフリートが初代≪四騎士≫たちを従え、ある砦を建設し始める訳だが……」

「あーはいはい、もういいっすわ」


 その話、今日中には終わらないタイプのやつだろ。それに、大体解ったわ。その砦とやらがこの街の前身なんだってんだろ。


「いや、待ってくれ、大事なとこだけでも!」

「えー……」


 ダクトは妙に食い下がってくる。語りたがりかよ。この街が大好きなのか……それか、自分の祖先の話だから語りたくて仕方ない……とか?


「あの空中通路のことだよ。まぁ簡潔に言やぁ、今でももし街ん中まで洪水が襲ってきたとしても、皆が二階以上でも充分生活できるから安心~、みたいな設計思想な訳だ」


 ふーん……いや、ちょっとまてよ?

 その口ぶりだと。


「なんだよ。結局、その海竜ってのは討伐されきってねェのかよ」

「種族ごと根絶やしにした訳じゃねぇからなぁ。その戦いの時は、ゴットフリートが海竜どもの群れを半壊させて、頭目も瀕死にまで追い込んで追っ払えたって話だが……どうなんだろうな。当時の海竜が今も生きてるかは置いとくとして、少なくともその子孫が現れる可能性を考慮してるからこそ、今でも対策してる訳だしな」

「うーん、どっちかと言うと僕は街よりも、海上で船が襲われないかの方が心配な気がするけど」


 レイスの心配はもっともだろう。


「んな心配すんな、今使われてる航路は超安全だよ。まぁ、揺れはするが」


 おいダクト、それはフラグってもんなんじゃないのか。


 にしても、頭目か。案外社会性のある生き物なんだな、海竜っつゥのは?


 それにしても、当時の王様か。いちいち名前を憶えてやれる気はしないが、いくつか琴線に触れる部分がないでもない。≪四騎士≫とかいうワード、嫌いじゃないぜ。


 だが、俺が気にするべきは……覚えるべきは、もっと先。……つまり今。現代社会のことなんだよな。


 一日に記憶できる量には限りがあるわけだし。歴史のお勉強より、今はこの街の空気に直に触れていたいぜ。いつになったら降りていいんだ?


 と、丁度その時。御者席の男が「ヘッ。着きましたぜ」と言った。成人を迎えているのかどうかといった男。髭がほったらかしになっているせいで、実年齢より老けて見えているかもしれない。


 言葉通りに、馬車は道に寄せられて止まる。がくん、と俺たちは上体を揺らす。なんでダクトは揺れないんだ? これ、身構えていれば耐えられるもんなのか。次があれば、俺もやってみよう。


「降りてみよっか」


 そう言って、レイスが扉を開けて、外の様子を観察している。


 俺も飛び出したいのは山々なんだけど、事前にレイスに注意されてるからな。


 ――ヴァリアーとロストアンゼルスを、同じだと思わないように。


 勿論、これから俺たちは魔王城のあるシャパソ島を目指すわけだし、もっともっと自分たちの常識が当てはまらない場所へ向かっている訳だ。初っ端の、まだアラロマフ・ドール領内でしかないこんなところで、トラブルに巻き込めれてちゃたまらねェ。そういうことだ。 


 レイスが、いや、皆が俺に気を使ってくれているのは、痛いほど分かってるつもりだ。だから俺も、それに応えたいと思う。相応の振る舞いをしなければ、と。


 彼が頷くのを確認して、俺も馬車から降りた。


 途端、石造りの床がカツンと音を立てた。硬質だな。


「ここが、今日一泊する宿なんだね」


「かなりいいとこだぜ」


 レイスとダクトの会話を聴きながら、その宿を見上げる。


 言ってしまえば、パッと見は他の建物と違いがない。皆この街の統一感を大切にしているのか、この宿屋も例外なく白い。閉められた窓には水色のカーテンが掛かっている。例によって2階部分、いや、3階かな? 隣の建物から橋が架かっていて、また隣の建物へと道が伸びていく。上の階から、代金を払わない侵入者とか来そうだなって思っちゃうのは俺だけ? まぁ、それくらい、何かしらの対策は講じてるよな。


 屋根の上に見える、高く屹立するそれは、煙突のようだ。オレンジ色の……そう、あれはレンガ造りというらしい。それのお陰で、一度覚えてしまえば他の建物と見間違うことは無さそうだ。


 ――さて、一体どんなもてなしがあるのか、楽しみだぜ。



 * * *



 そうだよね、もてなしと言えば飯だよね……。


 正直、人間の飯の良し悪しが解らないというか、どれもあまり美味いと思ってやれない自分が不甲斐ないというか、そういうのがある訳だけど。


 レイスと一緒に宿の主人に金を払い終わった後、今日の仕事は終わりとばかりに食堂のテーブルにどっかと座ったアルフレート。いや、まだ仕事中かな。難しい顔をして、アドラスより託された書類に目を通している。


 そこに、魔王との対談でこちらがどういうスタンスでいくべきか、等が書いてあるのか。気になる。どう話が転んだとしても、向こうさんに何のお咎めもなしって訳にはいかないんだろうけど。


 でも、いろんな意味で、あんまり吹っ掛けるのも危険だよな? 魔王サマが穏健派だっつっても、こっちはたった20人ばかりで相手の懐に飛び込んでいく訳だろ。


 下手すると、帰り道の退屈なんて心配する必要が無くなっちまうよな。


 そんな未来、嫌すぎる。


 午後7時を回ったところだが、食堂にはちらほらと他の客が見えるくらいで、閑散としていた。宿の主人が言うには、結構贅沢に使っても大丈夫とのこと。それでアルフレートは隅っこの小さいテーブルを選んだのか。


 人ともっと関わらないと駄目だぜ? と、アルフレートに背中を合わせるように俺は大きな円卓の椅子を引く。後ろから「当てつけか……?」という視線を感じるが、無視、無視。


 俺に合わせて隣にレイス、リバイアと座ると、他の面々も三々五々、集まってきた。


「肉料理10人分」「野菜鍋お願いします」


 俺は頓着しないから注文内容は知らんけど、各々で料理を宿の従業員に頼み始めてるっぽい。大皿系が多いのかな。まぁ人数的にそうなるよな。


 色合いだけで判断するなら……小奇麗な料理が到着して、皆がそれを小皿に盛り終わる頃。


「んじゃ、かんぱーい!」


 貫太がそう、唐突にコップを持ち上げて言った。「乾杯」「かんぱーい!」「乾杯!」


 ノリのいい奴らがそれに続いて、どうやら夕食会は始まったらしい。カツンとかキン、とかガラスのあたる音が響いた。退屈だ。



 * * *



 ……ん~~っ。少し眠いな。両手を組んで伸びをする。


 もう少し夜も深まれば、眠気も覚めてくると思うんだけど。


 俺は特に何かを口に入れる気分じゃなかったから、水の入ったコップだけ確保して、何とはなしに周囲を見渡す。


 ま、誰かと話すでも時間は潰せるし。こういうところで、自分の選択次第で人生って変わるんだろうな……と、ふと思った。ただぼーっと過ごすのか、誰かと親睦を深めるのか。別に、絶対に誰かと関わるのがいいことだとは言わんけどさ。


「レイスさん、これ凄くおいしいですよ!」


「そうだね」


 貫太かんたまもる真衣まい。レイス、リバイアと俺の右隣に座る彼らのさらに隣に、ポピュラーお子様三人衆。


「あっちの客が飲んでる黒い液体、なんだ? マジ黒いんだけど!」


「……知ってるけど、教えたら貫太、注文しそうだからやめとく」


「大人の飲み物だよね……ふわぁぁ……」


「……確か、眠れなくなるみたいな話しも聞くから、守にはうってつけかもね……」


 今回の魔王城遠征を、遠足か何かだと勘違いしているらしい。一応、命掛かってくるかもしんねーんだよな……?


 ダクト、平等院びょうどういん、それに大生おおぶ。今はもう違うとしても、俺の中で“4番隊”と言えばこいつらだ。ロスに来てから水を得た魚のようになったダクトが、二人の質問に答える形で街を紹介している。そういや、メンバー中何人がこの街初めてなんだろ。


 アシュリー。魔人嫌いで有名(俺の中でだ)な15番隊のこいつは、元々魔物対策班じゃなかったってんだから驚きだ。恵まれた体格を何に使っていたかといえば、何と魔物研究班所属だったそうだ。つまり、ティスの部下。そのティスはといえば、今もアシュリーの隣で「――要するに、オブジェクトを固定化できない。目視することで対象を指定するために必要なのは――」何やら理解できない言葉をべらべらとまくし立てている。それに対してただの相槌か、「ああ。……ふむ」などと言っているアシュリーを見ると、なるほど、意外と似合ってなくもないな、と思った。ふむなるほどって言ってれば頭いい奴に見えるとか俺って単純ダナー。


 まあ、「人選はいいのか悪いのかってとこだな……」言いながら後ろをチラリ。アルはそれには気付かなかったらしい。


「それって、予めマーキングしとけば万事オッケーなんじゃないの」フォークを果物に突き刺しながら、物怖じすることなくティスの会話に割り入っていく長い金髪の男。「目からビームって訳じゃないけどさあ」アザゼル・インザースと言ったか。どっかで見たことあるような気がするんだよな。でも、どうやらヴァリアーの人間ではないらしい。


 三台の馬車それぞれ御者を担当しているジャック三兄弟は、やはり固まって食事をとっていた。三つ子故の信頼感というか、何というか。逆に会話いらないみたいな? 何も喋らなくてもお互いの考えてること解っちゃう的な? とても静かだ。


 アルコールをぐびぐびと摂取しているのは医療班のアストリド。全身灰色のこいつは普段からヤバい奴なのに、こいつが酩酊した状態で誰か怪我したらヤバそう。処置を受けたいとは思えないな……。同僚の女、赤毛のベニーも若干その飲みっぷりには引いているようだ。長い前髪のせいで、ともすれば感情が感じられないなんて風にも見えるけど。なんとなく雰囲気で。引いているというよりは、驚いてるっつった方がいいか。


「ここ、いい?」


 俺の左の席を示して、カーリーが言ったのか。「ああ」とすぐさま頷いて、少し椅子ごと右にずれてやる。どうせ、吸血鬼の隣なんて誰も座りたがらねえからいつまでも残ってるって。許可なんていちいち取んなくていいよ。


 すると、椅子を引く音が予想以上に多く響いた気がした。興味を惹かれて首を回せば、アルフレートの座っていた小さなテーブルに、4人も新たな顔が増えていた。アルも顔を上げた。


「来たか」


「うん、来たよ。相変わらずつまらなそうだねぇ」


 ランス。ふわふわしたオーラを振りまくその中性的な人物を一目見て抱く感想は、レイスに似てるな、だった。いや、初めて見る訳じゃないし、見間違うほどでもないんだけど、雰囲気が、ね。


 黄緑色の髪を頭の上でくるりと巻いている。風呂上りなのか。さっさと入ってきたのか。早くね。まあ、どうせ皆ただ料理が来るのを待ってるだけの時間があった訳だし、先に入れる人から風呂入っとくってのは、合理的かもな。つか、その髪型は女子にしか許されないだろ。てことは女か。いや、普通に女だよな。レイスが異常なだけだ……。


 ……ああ、そうだ。ヴァリアーで好き勝手水を使えない鬱憤うっぷんを、こういう時に晴らすべきかもな? 宿代の中に風呂の代金も含まれてる訳だし、入らない手は無いよな。


 他に席に着いた3人、風呂上りフェリス……は直視するとまた自分がおかしくなりそうで嫌だったので、ツインテイル。名は体を表さない。風呂上がりの彼女の髪は縛られていなかった。しいて言えば、狐耳だけはいつも通りぴょこんとしている。薄着から覗く白い肌が眩しい少女だ。それに、ジェノ。お前は一人寂しくパッとシャワー浴びてきましたってかんじか。まあ男同士の裸の付き合い! ってキャラでは絶対にないよな。


「魔王軍も来たな」魔王軍も来たなって聞きようによっては凄い勘違いできそうなフレーズだなァ。「――大事な話がある」


 アルがそう切り出すと、そのテーブルの面々は真剣な面持ちになった。フェリスはテーブルに手を置いて、指を組んだ。ジェノは頭に被せていたタオルで素早くガシガシと水滴をふき取ると、長い髪の毛を纏めるようにそれで縛り上げた。具体的には、前髪を全部タオルに包んで、オールバックな感じになった。このデコ助野郎!


「道中、仕掛けてくるとすれば、どこからだと考える?」


「私は、アラロマフ・ドールにいる間は安全だと思います」


「うんうん」


「油断しすぎでは。少なくとも船旅の最中は警戒の必要があるかと」


「……うんうん」


 アルが言う“道中”とは、魔王城までの旅路の事だろう。俺たちは明日の朝ロスから船に乗り、隣の島を目指す。≪貿易の国アロンデイテル≫に船は着くので、そこから陸路で≪学徒の国エクリプス≫を越えて、次にようやく魔王城、つまり魔国領だ。


 フェリス達の言う“過激派”の妨害を危惧しているのだろう。魔王軍に会うまでに、魔王軍に邪魔されるのか。字面だけ見るとクソみてェだな。


 ジェノは慎重派というか、警戒しすぎなきらいがあると俺も思うが、そういう奴もいていいと思う。問題はツインテイルじゃないか。頷くマシーンみたいになってるけどさァ。


 難しい話に聞き耳を立てていても退屈なのか、カーリーが俺の左わき腹を突いてきた。あうちっ。こそばゆいからやめてくれっ。


「レンドウ、そろそろ……」


「そう、だな。買い物行くか」


「うん」


 クルリと振り向く先は、レイス。


「そーゆーわけで、金をくれ」


「……直球だね! いいけど」


 そう言って巾着袋を漁り始めるレイス。やっぱゲロ甘だ。


 ヴァリアーにいる間に支給された給料は、全て隊員証の中にデータとして記録された……デンシ通貨でしかない。


 ヴァリアー内でだけの通貨ってことだな。


 勿論、誰しもヴァリアーの外の人と交流することもある。


 そういう時はまず、自分の保有するデンシ通貨を一般通貨に交換してもらう必要がある訳だが……。ヴァリアーが誇る“金庫番”、三番隊B隊員のゼクスンは堅物だ。ヴァリアー内の一般通貨の量をいつも気にしているそいつに使用目的を伝えて、許可が下りない限りは外界での買い物もままならない。


 今回の遠征でお金の管理をしているのはレイス、アル、ランスの三人だが、ゼクスンからどれ程のお金を預かってきているのだろうか、気になるところではある。ヴァリアーからの今回の任務への期待の幅が、というかね。


 ま、やっぱり俺に一番甘そうな奴に金をせびっちゃうのは当然っしょ。アルは俺にキツい時とそうでない時の差がよくわからないし。最近は結構優しい気もするけど。ランスは人となりがまだ解らないので、わがままは言いづらいかな。


「……カーリーさんと二人で買い物、だよね」

「ああ、そうだけど」

「気を付けてね? 同じ国ではあるけど、異国だと思って行動して。あとあまり遅くならないように……明日もあるんだし!」


 言いながら、レイスはビシッと壁の時計を指さした。時刻は夜の八時を指している。


「だァーいじょぶだって。なぁ、カーリー?」


 問いかけると、カーリーはこくこくと首を縦に振った。


「信頼はしてるけど、心配は尽きないなぁ。僕は僕で真衣ちゃん達の観光を監督しなきゃいけないから……レンドウ達は何も問題起こさないでね、ほんとに……」


 切実な頼みだった。真面目にそれを受け止めたいところだったけど、俺が一番に思ったのは。


「やっぱ観光なのかよガキども……」


 なのだった。

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