自転車の後ろに勝手に乗るのだぁれ?

真田 了

自転車の後ろに勝手に乗るのだぁれ?

その幹線道路は少々起伏が多いが、この場所からは下り坂に入り、下り切った後は平らな直線道路がしばらく続く。

しかも今の時間帯は自動車の数が少ないので、自転車でスピードを出すには格好の滑走路だ。


俺は愛用のロードレーサーに乗って発進した。

下り坂でもペダルを漕いで加速する。身を切る風が心地いい。


自動車が通る幹線道路だけあって、信号もしばらく青信号が続く。

しかし平地に入って少し行った先は別の幹線道路と交差している。そこへ進む信号はさすがに赤信号に変わってしまった。

その手前の十字路の信号は黄信号に変わった。今スピードを落とせばその信号で止まれるかもしれないが、逆に加速すれば通り抜けられるだろう。

俺はペダルを漕いで加速した。そして目論見通り、赤信号に変わった直後に交差点を通過する。横の信号が青信号に変わるまでは数秒の間があるので、じゅうぶん通り過ぎることが出来た。


俺は幹線道路同士の交差点の手前にある停止線では止まらず、横断歩道を渡る邪魔な歩行者共の間を縫って横断歩道の向こう側まで出て、車道の左側に自転車を停めた。

「ふう、上手くいったぜ」

一気に坂を下ってなかなか順調にここまで来ることが出来て、俺は満足した。


・・・


そのとき、俺の自転車の後ろが、ずしりと重くなったような感じがした。


「な、なんだ!?」

俺はあせって後ろを振り向いた。

誰かが俺の自転車の後部に座っていた。――するどい目つきの見知らぬ少年。

俺とそいつの目が合った。


なんだこいつは?!

これが彼女であれば、自転車の後部座席に乗せたら嬉しいだろうが、見知らぬ奴じゃ気持ち悪いだけだ!


「てめえ、何してんだよ!」

俺はそいつに怒鳴った。


「オレは座っているだけだ」

そいつは無表情で静かに答えた。


「そこは座る場所じゃねえ!」

「大丈夫、座れる」

文句を言ったが、しかしそいつは表情を変えずに返答した。

ロードレーサーの後部には他人が座れるような座席は無いが、確かに止まっている今なら座ること自体は出来るが…。


「そうじゃねえ!俺のロードレーサーに勝手に座るなって言ってるんだよ!」

「なぜ?自転車に座ってはいけないという法律は無い」

「なっ…!?」

俺は絶句した。勝手に他人の自転車の後部に座っていいはずが無いと思うが、しかしこの場合はどんな法律に引っかかるんだ…?俺には思い付かなかった。


「うるせえ、いいからどけよ!ぶん殴るぞ?!」

「ほう、脅迫か」

「脅迫してるのはてめえだろうが!?」

「オレはただ座っているだけで、何も要求などしていない」


「このやろう!」

俺は手を振り上げた。

「オレは何もしていないから、殴ったら暴行罪だな」

そいつは淡々と声を続ける。

「なんだと?!てめえが悪いんだろうが!」

「オレはただ座っているだけだ」


くそっ、なんだこいつは!

だが確かに、先に殴った方が、裁判になったときに不利に扱われそうな気もする…。


どうすりゃいいんだ…。

俺は助けを求めて周囲を見回したが、歩行者も停まっている自動車の運転手も、俺の方を見向きもしない。

くそっ、冷たい奴らだぜ!


俺は根負けした。

「なぁ、頼むから降りてくれよ」

「なぜ?オレは誰にも迷惑をかけていない」

「俺の迷惑になってるだろうが!」

「他人に迷惑をかけちゃいけないのか?」

「当たり前だろうが!」


そのとき、俺の進行方向の信号が青に変わった。

「ほら、信号が青になったぞ。進めよ」

「お前が乗ってると動けないんだよ!」

「そんなことは無い。進もうと思えば進めるはずだ」

「いいから降りろよ!」


俺はそいつを押したが、びくともしない。

なんなんだ、こいつは…?!


くそっ!

こうなったら、こいつを乗せたまま発進するか…?しかしロードレーサーはそういう風には出来ていない…。

俺ははったりをかけることにした。


「お前が動かないなら、このまま行くぞ。振り落とされても文句を言うなよ!?」

「大丈夫だ、振り落とされたりしない」

「それだと二人乗りになっちまうだろ?!二人乗りは法律違反なんだよ!」

俺は反射的にそう叫んだ。

そしてその途端、無表情だったそいつの顔が大きくゆがんだ。


「お前はさっき赤信号を無視をしたよな?二人乗りは駄目で信号無視はいいと言うのか?信号無視の方が重罪だろう?」

「…そ、それは…」


・・・


ブッブー!!ブブー!!

俺が動かないもんだから、後ろに並んでいる自動車が抗議のクラクションを鳴らし始めた。


その音を聞いて、そいつが俺に話しかけてくる。

「ほら、お前が動かないから、自動車の迷惑になってるぞ。他人に迷惑をかけちゃいけないんだろう?」


「…くそっ、てめえ、いいかげんにしろよ!?」

俺はついにキレた。

手をむちゃくちゃに振り回してそいつを殴った。殴った。殴り続ける。


しかしそいつは微動だにせず、表情も変わらない。

「なんなだよ、てめえは…!!」

「最初から言っているだろう?…ただ座っているだけだよ」


俺は半狂乱になって泣きながらそいつを殴り続けた。

「頼むよ、どっか行ってくれよぉ…!!」


だがそいつは表情すら変えることなく、いつまでも俺の目の前に居続けた…。


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