最終話 エメラルドのネックレス

「うーん、まだ足りないか」


 熟考したユンゲが、再びシャツをまくり上げ、腹部の扉を開けようとすると、やや離れた位置から修理を見守っていたフロイラインが口を挟んでくる。


「ダメだって。それ以上、あんたの部品を使うなんて反対。どうしても足りないのなら、わたしの」


 と言ったところで、


「うるっせえな、黙ってろ!!」


 ユンゲは火山が噴火する勢いで怒鳴り返してくる。そして自分の腹からネジを抜き取ると、ブリキ人形の開いた背の中へ乱暴にねじ込む。


「アハトをこわさないで!」

 ビーネが悲鳴に近い声で訴えるが、

「壊してねぇだろっ。さっきから邪魔ばかりしやがって。女どもは、すっこんでろ!!」


 歯をむき出して怒る。威嚇のつもりか、ユンゲは地面を蹴って砂ぼこりを立てた。


 フロイラインとビーネは、目をぱちくりさせて視線を交わす。どちらも声には出さなかったが、口の動きだけで「まああああ!」とさせて共感し合う。


「おねえちゃん、あんなオトコとは、わかれたほうがいいと、あたし、おもう」

「あーまあ、そうなんだけど」


 双子人形は常に一緒にいると決めている。でもあのまま乱暴さが増していくユンゲなら、フロイラインもルールを変える時が来たのかもしれない。


 それからしばらくユンゲは、ガチャガチャ修理を続けた。


 その間、何度もフロイラインが「あんたの部品ばかり使っちゃ」と忠告したが、「黙れっ、殴るぞ」と脅して耳を貸さないし、ビーネが「アハトをこわさないで」と心配しても、「壊してねーだろ、くそちびがっ」と指を立て罵る。


 そんなこんなで、荒ぶるユンゲの恐ろしさにも慣れてきたビーネは、今はむくれて下唇を突き出した顔をして、道端に腰を下ろしていた。隣にはフロイラインがいて労わるよう、彼女の小さな背中をさすっている。


「じかん、かかってるね」

「あのブリキ人形、意外と複雑な構造みたいね」

「アハト」

「そうそう、アハトさん。また一緒に遊べるといいね?」


 こく、とうなずくビーネ。抱えた膝に顎を乗せ、軽く鼻をすする。


「ぜったいまたあそぶの。アハトはこわれたりしないもん」

「大丈夫。ユンゲが修理するからね」


 たとえ自分がポンコツになっても、の言葉は飲み込んだフロイライン。心中穏やかではないが、人間、しかも幼女の前だ。不安は見せないよう、ぐっと腹に力を入れて状況を見守る。


 そうして、ついにその時がきた。


「よっしゃ、コレでどうだっ!」


 ブリキ人形の背中の扉を力強く閉めるユンゲ。

 ぱっ、とビーネが立ち上がる。


「アハト、なおったの!?」


 ジジ、ジジジ。


 機械音だ。最初はとぎれとぎれに頼りなく。それから、ギギギと軋む音。


「や、やった、アハト、アハトがいきかえった!」


 ブリキ人形の目のランプに黄色い明かりがともる。人形は立ち上がろうとし、ガクっとなったが、「アハト、アハト」とビーネが駆け寄ると、今度はしっかりと立ち上がった。そして手を広げる。その中にビーネが飛びこんだ。


「うわーーーん、よかった、よかったよぅ」

「ビーネ、ビーネ。泣いてハだめ、泣かナいノ、よーちヨチ」


 アハトの表情はブリキだけあって変化はないが、その点滅する目や、ビーネに話しかける口ぶり、頭を撫でる仕草に、子守り人形らしい愛情がたっぷり詰まっていた。


 フロイラインは汗を拭っているユンゲに近づくと、ポンと肩を叩く。


「良いことしたわね、ユンゲ」

「まあね。人形は人間を喜ばしてなんぼだ」


 それから照れたように鼻をこする。


「でもぼく、ますます横暴になるかもよ。部品を三つも使ったからね」

「あらら。でもまあなんとかなるでしょ」


 ユンゲとフロイラインは笑顔を交わし、それから視線を抱き合う幼い人間と機械人形に向ける。前途多難だ。ユンゲは暴言を吐き続けるだろう。でもとても清々しい気持ちだった。


 そして二人は、ビーネとアハトに別れを告げ、新たな旅に出る……前に。


「わあ、素敵。最高の眺めじゃない」

「気にイッテ、もらエーて。ヨカッタですー」


 チッカチカと目を点灯して喜びを表すアハト。腕には疲れて眠ってしまったビーネを大事そうに抱えている。


 街と湖を一望できるローズ城の展望台。


 バラが街中に咲いている光景は、巨大な花壇を見下ろしているようだ。その向こうには広大な湖。しかも時刻は夕暮れ時。眩しい光を吸収して染まる空と、輝く地平線は美しくつながっていく。


 他の観光客の姿はない。フロイラインたちが独占している。もちろんローズ城にもバラが積もるように咲いている。かぐわしい香りと絶景を思う存分楽しめた。


「なかなかだね、悪くない」

「素直に素晴らしい光景だ、っていいなさいよ、ユンゲ」

「でも展望台まで登るのが大変すぎる。だから誰もいないんだよ。名所にするなら、ゴンドラでも取り付けるんだね」


 切り株に腰かけ、不満たらたらのユンゲを、フロイラインは顔をくちゃっとさせて見やる。


「ごめんなさい。あの子、ちょっと部品が足りなくて性悪になってるの」

「イイんです。ワタシをナオしてくれた恩人デスもの。アリガトでした」


 この気の良いブリキ人形は、二人がローズ城の展望台に行くところだったと知るや、「ゴあんナーいシマス。コチラ、近道デス」と道案内をかって出てくれた。その道中、ビーネも頑張って自分の足で付いて来ていたのだが、やっぱり疲れてしまったのだろう、眠くなりアハトに抱っこしてもらうことに。


 その時見た、ビーネの表情ときたら。安心しきったスヤスヤ顔に、三体の人形は顔を見合わせ、じんわりとした喜びで胸を灯した。


「ユンゲさんニ、イイモノあります」


 景色を眺めていた二人に、アハトが言う。ビーネを優しく下ろして横たわらせると、アハトはブリキバケツのような頭をパカリと開封した。


「このナカにワターシの大切なモノ、ありマス。ビーネの描いてクレた絵もありマス。ビーネのママがチビちゃんの時ニくれた美シな貝ガラもね。そんで、こんなモノもありますのデス」


 頭から取り出したのは、大粒のエメラルドがついたネックレスだ。緑色に輝く大粒の宝石に、フロイラインとユンゲは同時に「うわー、すごい!」と息を飲む。


「このエメラルド、本物だよ、フロイライン。ねえ、こんなに高価な物をぼくらにあげちゃっていいの?」

「いいのよ、アハトさん、お礼なんて。これってビーネちゃんちの家宝なんじゃない?」


 興奮と懸念が交錯する二人に、アハトは首をぶんぶん振る。


「これはワターシが昔々仕えてイタ、魔女サマから頂戴したものデス。不思議なチカラ、アル。でもワターシには効果ナイナイ。デモ、アナタならチガウかも」


 アハトはユンゲの首にネックレスをかける。するとユンゲの頬がほんのり色づき、目が吊り上がり気味になっていた不機嫌な表情が、憑き物がとれたように柔和になる。


「わあ、なんか、あったかいや」

「本当?」


 ネックレスのエメラルドに触るフロイライン。


「あ、本当ね。わたしは頭がすっきりした気がする」


「効果あったデスね。差し上げマス。修理ありガとう。まだまだビーネのお世話できる。ワターシにとって最高のコト。こんな嬉しいことナイ」


 目を点滅させたアハトは、ビーネが横たわる場所に戻り、優しく抱き上げる。


「二人とも、ビーネの家に、いらっシャイ。今晩ハ泊めてもらうと良いデス」

「だけど」

「そうしましょうよ」


 迷うユンゲを、フロイラインが小突いて誘う。


「今から街中の宿まで戻るわけ? それよりビーネちゃんの家にご厄介になりましょうよ」

「……宿泊料がいくらしたと思って」

「良いじゃない、エメラルドをもらっといてケチくさいこと言わないでよ」


 というわけで、ビーネの家に向かうことになった二人なのだが、小さな子が壊れたブリキ人形を追って家出している状況なのを失念していた。


「ビーネ、ビーネちゃああんっっ」


 実は居住地周辺をひっくり返す勢いで、ビーネお嬢様の大捜索が始まっており、大変な騒ぎになっていたのだが——それよりも。


「スマラクト?」


 ネックレスにある大粒のエメラルドの裏に、文字を見つけたユンゲ。そこに彫ってある文言を読み上げると、アハトが言ったのだ、「緑の魔女サマのお名前デスよ」と。


「えっ、あなたが仕えていたのって緑の魔女なの?」

「ソウデス、フロイラインさん。生命の魔女、スマラクト魔女サマが、ワターシの昔のご主人さまなのデス」


 ユンゲとフロイラインは言葉を失い、見つめ合う。


 二人とも緑の魔女の名前なんて知らなかったから、このブリキ人形の言うことが真実かどうか、まったく判断できない。でも、でも!


「初めて見つけた手がかりかもよ、ユンゲ」

「ぼくら、ついに緑の魔女を知る人に会ったんだね、フロイライン」

「人っていうか人形だけど」

「でも魔女に仕えていた人形だ!」


 伝説、噂、物語。

 実在するかどうかも怪しい緑の魔女。


「イマス、イマス。立派な魔女サマです。ワターシ、良くしてモラいマシタ」


 目を交互に点滅させて懐かしがるブリキ人形に、ユンゲとフロイラインは飛びつくようにせがんだ。


「その話、詳しく聞かせて!」




(おしまい)

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双子人形は魔女を探して旅をする 竹神チエ @chokorabonbon

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