第11話 修理してあげるよ

 動かなくなった人形を修理する、と言い出したのだ。


 ユンゲの言葉に、泣きべそだったビーネも、ぱああっと陽が差すように笑顔になる。


「ほんとっ、ほんとにほんとなの、キレーなおにいちゃん! アハトとまた、はなせるようにしてくれるの!?」


「もっちろんだとも」


 どんと胸を叩き、自信たっぷりに請け合うユンゲ。

 ……だったのだが。


「ちょっ、ちょっと待ってよ」


 フロイラインは慌ててビーネからユンゲを引き離した。

 そして血相を変えて怒る。


「ユンゲ、あんたまさかまたネジをあげようなんて……!」

「あったり前だろ。他に方法なんて知らんっ」

「なーにが、あったり前よっ」


 フロイラインはユンゲの肩をつかみガクガク揺さぶる。


「あんたねえ、それ以上ポンコツになったらどうするの。本当の本当に廃棄処分になっちゃうかもよ」


「それがどーしたっ」


 ふんっと腕を振り払い、ユンゲは笑い飛ばす。


「今さら何が怖いってんだ。どうせぼくはもう壊れてるんだ。こうなったらとことん落ちるとこまで落ちてやろうじゃないか。それで人助けできるってんならおまけがくらあ」


「ユンゲぇ」


 あんた、やけを起こしてんのね。

 フロイラインはひたいに手をやる。


 ユンゲとフロイライン。

 二人の部品が少しずつ欠けている理由。

 それは善意と強奪によるものだった。


 長い長い旅の間にはいろいろあるもので。


 ある時は、今回のように自ら分け与え、またある時は、しつこく頼まれて仕方なく、またまたある時は、研究対象になり分解されかけて失った。


 二人の高性能な部品は、他では手に入らない、見たことのない部品がたくさん使われていて、人形にとっては万能薬、とても小さなネジ一本でも抜群の効果を発揮した。


 だから、ちっとも動かなくなった骨とう品レベルのブリキ人形だとしても、ちょちょっと部品を分けてあげれば、あっという間に回復するはずだ。


「でもユンゲの部品はダメ。それ以上あげて、ますます手に負えなくなったらどうするの。わたし、そんなの絶対いや」


 今までは特に問題はなかった。


 少しフロイラインが忘れっぽくなったり、ユンゲが心配性で口うるさくなる程度。でもいよいよ限界、というか、なくした部品の組み合わせが最悪だったのだろう。ユンゲは酷い故障を起こしている。


「どうしてもっていうなら、わたしの部品をあげるわ」


 フロイラインは、これ以上ポンコツになったユンゲの面倒はみたくないと、自分の頭を外そうとした。ネジをあげたら、あのブリキ人形はすぐ動くだろう、と思って。


「やめろっ」


 ユンゲが怒鳴る。


 あまりに大きな声だったから、フロイラインはびっくりして息が止まるかと思ったし、耳をそばだてて二人の話を聞いていたビーネは、心臓がギュッとなって腰を抜かしてしまった。


「キレーなおにいちゃん、コワイ!」


 うるっと目に涙が溜まる。


 まずいっと焦ったユンゲ。でも感情の波が激しいため、「うるさいっ、泣くな!」とまた怒鳴ってしまった。


「う、ううっ」

「ほーらほらほら、泣かないで、ブーちゃん」

「ビーネ」

「そう、ビーネ」


 フロイラインは忘れっぽい自分に舌を出して噛むと、改めて言い直した。


「ビーネちゃん、泣く必要はないわ。わたしがあなたの友だちを修理してあげるからね」


 そうして再び自分の頭に手をやった時だ。


「やめろって言ってるだろ、このバカ女!!」


 ユンゲは声を張るとフロイラインを突き飛ばした。尻もちをつくフロイライン。ビーネは、とんでもないことが起こった、と目を真ん丸にしてブリキ人形の後ろに急いで隠れる。


「アハト、たすけて。こわいおにいちゃんが、あばれてるっっ」


 ユンゲも、「やってしまった」と思った。すぐ思った。瞬時にヤッベって。

 でも声も体も衝動的に動いて止められないのだ。


「ご、ごめんよ、フロイライン。でも、でもさ」


 尻もちをついたまま唖然と自分を見上げるフロイラインに、ユンゲは手を差し伸べる。


「あのね、人間の前でいきなり頭を外したらダメだよ。ビーネちゃんが驚くだろ」

「あー、そうね」


 フロイラインは自分でもびっくりするほど冷静にそう返していた。衝撃を受けすぎると冷めた声が出るらしい。


 ユンゲは言い訳がましく、「急に頭を外そうとするから。よくないよ、ほんと」とボソボソ繰り返している。


 以前、フロイラインが頭を景気よく外したのを見て、腰を抜かした人間がいた。そのことを思い出したフロイライン。確かに軽率だった。和やかに会話していたのに、一転、あの人間の恐怖した表情をきたら。ひどく後悔したものである。


 でも、だからって姉を突き飛ばす? 明日は妹になるけど、ともかく、突き飛ばす?


 沸々と怒りが湧いてきたフロイラインだが、そもそもの原因はユンゲの部品が欠けているせいだ。だからこそ、これ以上横暴になっては困ると自分が部品をあげようとしたわけで。


 ひとまず冷静になって、この事態をどう切り抜けようか相談を、と思い、ゆっくり腰をあげ、スカートの砂を落としたところで、彼女は気づいた。


 怯えてブリキ人形の後ろにいるビーネに、ユンゲが気味悪いほどの猫なで声で話しかけている。


「大丈夫、ぼくが直してあげるから。ちょっと君の相棒の状態を見せてくれないかな」


「やめてっ。あのキレーなおねえさんみたいに、あたしのこともぶつのね」

「ぶってないよ、突き飛ばしたんだ」

「あっちいって」

「さあさあ、お嬢ちゃん。人形を修理するからどいてね」


 ユンゲはビーネがキンキン声で「やめて!」と止めるのもかまわず、ブリキ人形の人間でいうところの心臓当たりにある扉をパカリと開けた。


「うーん、こっちよりそっちか」


 ムフムフとやり、今度は背中を見ようとする。


「やめてってば!」

「さあさあ、どいたどいた」


 ユンゲはブリキ人形にしがみつくビーネを強引に引きはがす。すると反動でビーネは地面に横倒しに転がってしまった。ぼさっと見ていたフロイラインは、その光景に、はっとして駆け寄る。


「ユンゲ! 人間に乱暴を働くなんてどうかしてるっ」

「ちょっと押しただけだろ。それより」


 ブリキ人形の背中を見ていたユンゲが、にこりと親指を立てて見せる。


「故障の原因がわかった。すぐ直るぞ」


 ブリキ人形の背中部分はほとんど扉になっていて、ネジやらコードやらが複雑に絡み合っているのが、フロイラインの位置からでもはっきり見えた。中に手を入れ、ガチャガチャやるユンゲ。そして、「あとはこいつを」とズリズリコードを引き出して、別のコードに結び付ける。


「見ちゃダメ」


 フロイラインはビーネの目をふさぐ。ビーネはブルブル震えていた。


「あのおにいちゃん、アハトをいじめてる」

「ガチャガチャやってるけどいじめてるわけじゃないわ。修理してるのよ」


 でも小さな子が見るには少々刺激が強いだろう。フロイラインはビーネの目をふさいだまま、ブリキ人形の剥きだしコードやネジが見えない場所まで移動する。


「さーて。あとは」


 ユンゲはシャツの下に手を入れた。フロイラインが鋭く叫ぶ。


「だから、あんたの部品を使ったらダメだって」

「うるっせーなっ!!」


 ユンゲの怒鳴り声を聞いて、ビーネが「あのおにいちゃん、こんどはなにするの」と怯える。気になって仕方ないらしく、「だめよ」と言うフロイラインの目隠しの手を力いっぱい払いのけた。そして。


「ヒッ!!」


 びっくりして喉で声が絡まる。ユンゲがシャツをめくりあげ、腹部の扉を開けていたのだ。


「あ、あの、お、おにいちゃん。おなかにネジがあるよっ!」

「うん、まあね」


 フロイラインは手首をビーネの耳に近づけ当てる。こうすると、人間の脈打つどくどくする音の代わりに、ジーと機械音がするからだ。目の前で頭を持ち上げると腰を抜かす人間も、この方法ならわりとすんなり受け入れる。


「!」


 ビーネは目も口もぱっくり開けてフロイラインを見上げた。


「おねえちゃんも、にんぎょうなんだ!」


 フロイラインは優しく笑む。


「そうよ。わたしたち、旅する双子人形なの」

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