第9話 おやすみなさい

 翌朝、港街の人のおすすめの宿で目を覚ます。

 マリスはお酒をちょろっと飲んだらすぐに酔ったらしく、まだすぅすぅと眠っていた。


 魔王の子供として生まれたマリスは、すぐに教育係の魔族に預けられ、人間を殺すために鍛えられたという。

 それからは拠点を任せられた。


 まだまだ聞きたいことは山ほどあるけれど、これから知っていけばいい。


 ぽんぽんと起こすと、人畜無害そうに目を開けた。


「行くよマリス。――船だ!」

「ふぁっ……ふね……船! やったー、楽しみだー!」


 ふふふ、まるで子供だな。

 ん、そういえば……。


「でも、王都までどうやってきたの? 陸路だと大変じゃない?」

「パタパタ飛んできましたよ。頑張ればそこそこな速度が出るんです」

「へえ、そうなんだ?」


 いつも歩行速度くらいだったのだけれど、走るみたいなことかな。


「見せましょうか?」


 そういうと、マリスは端の窓から、ドアを見つめた。

 そして次の瞬間、私の目でも追い切れないほどの速度で動いた。


「……え?」

「と、こんな感じです!」


 自慢じゃないが、私の目は特別だ。

 魔力が漲っているおかげで、ドラゴンの炎ですら視認できる。

 

 なのにマリスの動きは、ほとんど見えなかった。


「どうしました? エリン」


 ……魔族の子供、おそるべし。


   ◇


「ひゃあ、凄い凄い。大きいですねえ。船って、このくらいの大きさが普通なんですか?」

「いや、これはかなり大きいほうだね。それに、最新鋭みたいだし」


 ガレイ船というものらしく、人を介さない魔法の帆で動くものらしい。

 動力源は風とのことだが、従来の倍以下ほどの乗り手で出航できるとか(さっき船の人に教えてもらった)


 この時期の旅人は随分と少ないらしく、私とマリスのほかに、数十人しかいなかった。


 ぽっぽーと汽笛のようなものが響いて、すぐに動き出す。

 鉄道ではないのに、なぜ音が鳴るのかは知らない。


 甲板で風を当たっていると、すぐに思い出がフラッシュバックした。


 そして、私は思い出す。


「凄いですねえエリン! ねえ、あの雲、僕に似てません?」

「……うん」

「ほら、あの雲とか! エリン? え、エリン!?」


 私は、船が苦手だったのだ。

 そういえば忘れていた。いや、いつも船に乗る前に睡眠魔法で眠っていたのだ。


 けれども今回は私が予約の手配や手続きをしなければならなかったので、忙しくて忘れてしまっていた。


「え、エリンお水を持ってきました!」

「あ、ご、ごめんありがとう……」


 その場で項垂れていると、マリスが凄まじい速度で水を持ってきてくれた。

 海水ではなく、ちゃんとお水だ。


「美味しい……」


 明日には到着する。睡眠魔法を付与すると当分は起きない。

 とはいえ、今は一人だ。マリスにはまだわからないことが多いだろうし、正直、今朝の速度を見て私は怖くなった。

 

 いくら優しいとはいえ魔族だ。

 もかしたら、という疑念がある。


「無理しないで眠ってください。着いたら起こすので」

「……ごめんね」


 聞こえない程度でささやきながら起きていると、遠くから悲鳴が上がった。


 マリスが遠目で確認し「魔物だ」と声を上げた。


 よろよろと立ち上がると、マリスが「無理しないで」と言ってくれた。


 視界の先、デカいタコの魔物が道をふさいでいた。

 やはり魔物の行動がおかしくなっている。あいつは夜に現れるはずだ。


 そしてメスだった。これはどうでもいいけれど……。


「た、たすけてくれえええええ」

「冒険者は!?」

「今日は人がいねえぞ! だ、誰か!」


 手練れは私以外にいない。杖を構えるも、視界がふらつく。


 しかし、マリスが今まで聞いたことのないほど静かで落ち着いた声を出した。


「ねえエリン、僕はね」

「……ん?」

「観察していて、人間っておもしろいなってわかったんだ。笑って、泣いて、怒ったりして。全部、魔族にはないものだ」

「……今その話をするのは――」

「でね、僕は人間が、いや、エリンが辛そうな姿を見て思ったよ。ああ、守ってあげたいなって――」


 そう言い残した瞬間、魔力の波動がはじけたとんだ。

 高速移動のときだけに現れるエフェクト、次の瞬間、タコの魔物が悲鳴をあげて、そして破裂した。


「な、なにがおきた!?」

「お、おい、浮かんでるぞ!」


 タコは空に上昇し、そして、進行方向とは反対側に投げ捨てられた。


 それをしたのは、マリスだ。


 ははっ、速いだけじゃなくて、力もあるんだ。


 そのままふよふよ戻ってくると、何でもないような顔で「だから、安心してね」と言った。

 私は静かに座り込んだあと、マリスに顔を向けた。


「ありがとう。ごめんね。着いたら、起こして・・・・もらっていいかな」

「もちろんだよ!」


 自身に睡眠魔法を付与し、最後に見た子は、マリスのもふもふの羽根だった。


 

「エリン、ついたよ。着いたよー」

「……ん」


 次に目を覚ますと、荷物が搬入されているのか、人で慌ただしかった。

 どうやら本当に着いたらしい。


 私は、マリアの頭に手を置いて、撫でる。


「ありがとう、マリス」

「どういたしまして?」


 私は魔族は嫌いだ。魔王のことも。


 でも、マリスのことは信じようと思う。

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七番目の勇者、二度目の旅はくだらない魔導書を集めながら、相棒のもふもふ魔族と好き勝手に生きようと思います 菊池 快晴@書籍化進行中 @Sanadakaisei

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