2.21、ピンクサンダー

《こちら【ゲート】管理局、星間開発財団【Lex Stella】所属巡洋艦【アビダヤー】へ。諸君らの優先航行の通達は既に受けている……私事で恐縮だが、【マハト・パドマ】は我々にとっては大切な故郷なんだ。無関係の諸君らには厚かましい頼みだと承知の上で……どうか、民間人を助けてやって欲しい》


「こちら星間開発財団【Lex Stella】所属巡洋艦【アビダヤー】艦長ヘルレイン、【ゲート】管理局へ。お前さん達の心情、分かるよ。こちらも出来る限り人命救助に全力で当たるつもりさ……吉報を待っていておくれ」


《すまない……そして、ありがとう》


「感謝は終わった後にしな?それじゃァ、お言葉に甘えて【ゲート】を通らせてもらうよ……【アビダヤー】からは以上」



 通信を終え、一息吐いてからヘルレインは艦内放送に切り替え各自が作業に勤しむ中、乗員に向けて言葉を探し口を開く。



――艦載機格納庫――



「作業アームはHi-Fiレイヴァーに換装して他は外せェ!?なるべく軽くするんだッ!防衛はHi-Fiダイヴァーに任せれば良いッ!」


「戦闘は自衛以外許可されてないからねッ!?ABC兵器は全部下ろしたか絶対に確認!漏れは許さないからッ!!」



 広大な空間にズラリと並ぶ艦載機、それらの装備や機体チェックを進める整備斑の怒号が反響する中にあって、ポールと雪夏は高機動型艦載機であるHi-Fiレイヴァーに座し、機体内から各システムの確認をしていた。

 Hi-Fiレイヴァー及びHi-Fiダイヴァーは、これまでの【Lex Stella】の活動と二度の【邪神】との戦闘を基に改良が施された次世代機である。レイヴァーはより機動力と運動性能を、ダイヴァーはより火力と耐久性、航続距離の向上がなされている。



「エンジン、スラスター、リアクションホイール……よしよし、問題無さそうね」


《……ッ?ポールさん、聞こえますか?》


「あいよーマヒマ、聞こえてるぞぅ?」


《通信機能、問題無しですね。私はポールさんと雪夏ちゃん、ゼイラムさんとアカイちゃんの担当をします……》


「おや、緊張してる?そりゃそうか……」


《はぃ、正直なところ、上手く出来るか不安です……》


「俺もよ?大丈夫だ、その為のチームだから」


《……ありがとうございます。では、僭越ながらマヒマ・シャンカール、皆さんの背中をサポートします》


《ぁーあー、先輩?聞こえてますか?》


「おう雪夏、聞こえてるぞぅ」


《ブリッジでも確認、マルチリンクも問題無しですね》



 堅かった空気が丁度良い具合にほぐれた頃、艦長から総員へ訓示がスピーカーから下された。



《これより【アビダヤー】は【ゲート】を通過し、救助要請に応じて土星のコロニー【マハト・パドマ】での救命活動を行う。人命第一ッ!戦闘は極力避けるべしッ!ただしッ……アタシが一番大切なのは、アンタ達さカワイイ坊やに嬢ちゃん。いざという時は構わず武力行使し、絶対に帰っておいで……誰一人、アタシより先に死ぬ事は許さないからね。燃料や弾薬、予備部品は気にせずドンドン使いなッ!全部【マハト・パドマ】が補填してくれるからね……2時間後に状況開始だッ!腰抜け共をアタシらのやり方で黙らせてやりなッ!!》



 艦長の檄に総員がそれぞれのテンションで声や腕を上げる。ポールやマヒマ、雪夏はややテンション低めにだが「おー」と場の空気に乗る、ついでに雪夏が疑問を問い掛けた。



《そう言えば、ユキさんは艦橋にいらっしゃるんですか?》


《はい、熱放射迷彩で認識はされませんが、万が一にでも【アクト・ブランシュ】とAirさんの存在を気取られる事態は避けたいので》


《ごめんね……でも、ホントに危なくなったら増援って形で駆けつけるからッ!》


「気にしなさんなー、それより折角ブリッジに居るんだから【ゲート】通る時に外見てみ?そっからなら肉眼で見れるでしょ?」



 友人の言葉にユキは「そう言えば【剥離】【固着】と違うのかな?」と疑問に思い、周囲を見渡す。隣りにはマヒマが座っており、やや斜め背後に艦長であるヘルレインが堂々と座している。向こう正面、そして直上に溶融シリカガラスと鉛ガラスの計3枚窓があり、船外の様子が見えた。いずれも厚さ15cm程度で、隙間を含め60cmの頑強な観測用モジュールである。



「お前さんの技術レベルに比べれば石器時代みたいなモノだろうけどさ、後で感想を貰えるかい?」


「はい、了解です」



 ヘルレインにやや素っ気無く返事をするも、内心ユキは胸の高鳴りを自覚していた。それは自分の知る世界や技術とは異なるモノへの好奇心であり、一介の兵士に身を賭したものの深層には未だ“ミレニアムを起ち上げた技術士官”としてのユキが生きている証左でもあったが、彼がそれに気付く事は無かった。



「進路そのまま【ゲート】に突入します」


「よーしよし、そのまま行けぇ……ッと、どうした?忘れ物かい?」


《いや、ただ一言だけ……貴官らに幸運を……【アビダヤー】が通るぞッ!進路開けぃ!》


「そいつぁどうも。聞いての通りさ、立体舷前進準高戦速色無しッ!操舵ミスるんじゃないよックエル主任航海士!」


「い、イエスグランマッ!!立体舷前進準高戦速色無しッ!」



 ヘルレインの指示に、緊張気味で復唱し操縦桿を握る青年は慎重且つ丁寧に操作する。そのやり取りを見てふと浮かんだ疑問をユキは隣りのマヒマへ訊ねた。



「ねぇヒマ……グランマって、何?」


「グランドマザーの略で、お母さんのお母さん、つまりお祖母ちゃんの事だよ」


「じゃあ、身内?家族?てやつ?」


「うん、そうだよ。クエル主任航海士は、ヘルレイン艦長のお孫さんなんだぁ」


「ほぇ~……厳しいんだ」


「あー自分の孫だからって甘やかさないッ、て皆の前で言ったからねぇ……でも、やっぱり可愛いみたいで結構気に掛けてるの、皆知ってるけど」



 ノンキャリアでありながら前線で戦果を挙げ続けた叩き上げの元軍人にして“女傑”と呼ばれる艦長ヴィルヘルミーネ・フォン・キューブリック=カラヤンことヘルレイン。その孫息子が本艦【アビダヤー】の操艦責任者であるが、ややマイナス思考である点を除き彼の操艦技術に疑念を抱くモノは【ミレニアム】内にはいない。任命当初こそ身内贔屓や親族起用だと陰口も出ていたが、現在では彼に任せれば確実で安心だ、との聞こえが高い。

 そんな青年の名はクエンティン・フォン・キューブリック=カラヤン。今年で齢23を迎え、皆が言うクエルは彼の愛称だ。



「あ、外見ててね?すぐ終わっちゃうから」


「……あ、ユキや、時計は持ってるかい?」


「はい、えっと……この端末で時間は確認出来ます」



 ヘルレインの一言にユキは腕の携帯端末を操作し、立体映像でデジタル時計を表示させる。それを見て、女傑はユキとマヒマが座る正面コンソールに“【マハト・パドマ】現地時間”と題したデジタル時計を表示させた。



「通る前と後で若干のズレが出る。まぁついでさ……【ゲート】突入、カウント!」


「イエスグランマッ!【ゲート】突入カウント開始ッ……4、3、2……突入ッ!」


――ヴーゥー……ッ



 巨大なリングの中央、歪んだ宇宙空間が波打つその中を【アビダヤー】が突入した時、ユキは初めて聞く奇妙な音に鳥肌が立った。低音と高音が幾つも重なった不調和音で、得も言われぬ嫌悪感を覚える。しかし……



「ぅゎぁ……何色?コレ、え、何色?」



 そう小声で呟く彼の視線の先、3重の観測窓から見える景色は異様の一言であった。ミルク色ともカーキ色とも判別し難い白色系の空間に、虹色に明滅する点が無数に漂い、かと思えば不規則に一瞬だけ全ての色が反転する光景がユキの語彙力を奪う。



「通常空間まで、4、3、2……今ッ!」



 クエル主任航海士のカウントに合わせ【アビダヤー】は【ゲート】内空間から通常の宇宙空間へと余韻も無く瞬時に戻る。道中の異様な空間には僅か10秒程度しか居なかったが、初めての事だった為かユキの脳裏にはハッキリと刻み込まれた。だが、凝視していた不可思議な光景が突然、深淵の黒に染まり眼が慣れるまでに多少時間を要した。



「正面左45度、土星と【マハト・パドマ】確認!」


「現在地良しッ!財団所属航空母艦【マートゥフ・ダヤー】の位置確認、中央立体映像にマーカーで表示します」


「おぅけぃおーけー、まだ持ち堪えてるみたいだね。回線繋げぃ!【マートゥフ・ダヤー】と合流しつつ指定エリアでの救助活動始めるぞッ!」



 ユキが呆気に取られている間、艦橋は航海士や通信士、艦長らの素早いやり取りが彼の頭上で交差する。隣りのマヒマが仲間の航空母艦に通信回線を繋ぎつつ、小声で「時計、見てみて?」と呟きかけ、視線を正面コンソールに向けると“【マハト・パドマ】現地時間”が表示する時刻と自分の携帯端末の時刻に10秒弱のズレが生じている事に気が付いた。



「ホントにズレてる……でも」


(でも、10秒にも満たない……これだと、ほぼ時間差は無視出来そう)



 事実ユキが思った通りで、宇宙空間の歪みとも言える【ゲート】を人類が初めて通過する際、重力による時間のズレが予想され帰還出来ない事態も覚悟の上で航海士らが飛び込んだのだが、実際の時間差は10秒弱でほぼ問題無い事が分かり、後に人類の版図は拡がって行き現在に至っている。ちなみに、【ゲート】内で滞在したらどうなるのか、と言う実験もされたが、結論は“必ず吐き出される”に帰結した。



(アレが土星……赤道に沿って人工物がぐるっと一周してるんだ……はみ出してるのは、小惑星かな?綺麗な輪っかだなぁ)



 ユキが初めて見る土星に想いを馳せている最中、艦載機格納庫では各機の最終点検が急ぎながらも慎重に進められ、全工程を終えようとしていた。



「スーツ良し、生命維持装置も問題無し……ぉ、エンジンも武装も問題無い?おっけーありがとねー」


《こっちもオールグリーン……先輩、いつでも行けますッ!》


「張り切ってるところ悪いんだが、少しでも仮眠した方が良いぞぅ?」


《仮眠て、そんな呑気で良いんですか?》


「いや大事なんよ。制限時間の上限は設けてるけど、一度発艦したら何が起こるか分からんからね?ゆっくり出来る今の内に、なるべく体力温存した方が結果的に良いのよん」


《そう、ですか……すみません、緊張して眠れる気がしません……》


「シート倒して目ぇ瞑るだけでも良いから、やってみ?」



 ポールと雪夏は自身のHi-Fiレイヴァーに座し、最終点検を終え発艦を待つのみの状態でそんな会話をしていた。雪夏は救助活動を何度も経験しているが、戦闘が現在進行形で行われている宙域に出るのは初めての事であり、自覚している以上に緊張している様子で、そんな彼女にアドバイスしつつ軽い口調でその張り詰めた糸をポールがほぐす。


 結局、雪夏は眠る事が出来ずやや充血した眼で「むむッ」と唸りながら発艦の時を迎えた。しかし、緊張の疲れから自然と良い塩梅で力が抜けている。【ゲート】通過から1時間45分が経過し、無事【アビダヤー】は【マートゥフ・ダヤー】と合流、現在状況の共有の後に救助活動が開始されようとしていた。



「よっしゃ、そいじゃあ気合入れますか!」


《頑張ります!》


《それでは、簡易ですが本救助活動の内容を再度確認します。【アビダヤー】司令部のコールサインは【マザーグース】。第一小隊隊長ポールに現場指揮権がヘルレイン艦長より一部移譲されていますので、現場判断で最善な行動をお願いします。ポール麾下の各レイヴァー隊は避難民の輸送シャトルを先導し護衛、指定された非武装区画への誘導をお願いします。輸送シャトルとレイヴァー隊の全ての防衛を第二小隊ダイヴァー隊にお願いします。第二小隊隊長はゼイラム、避難民の防衛を最優先としABC兵器以外の適切な使用でこれをお願いします……えぇと、ゼイラムさん?》


《後ろから撃たれたく無いから、一人は要注意と》


《聞こえてるからねー?》



 マヒマのアナウンスと問い掛けに、雪夏が気怠そうに嫌味を当人へぶつけ、その当人も気怠そうに一言入れて流す。ゼイラムはダイヴァー隊を率いて防衛に当たるのだが、彼に対する不信感は雪夏のみならず多くの財団員が抱えており、同部隊内にも大勢いる。だが、彼はそんな事は意に介していない様子でポールに話し掛ける。



《ポール、アカイを預けるからよろしく》


「おいおいゼイちゃん、もうちと早めに言ってくれるかなー?」


《ちょ、アンタのお人形だろ?先輩に押し付けんな!》


《お前さんのねーちゃんでもあるんだぞぅ?》


《チィッ!クソッたれ!》


《……》



 オープン回線で喧々諤々と口論するも、名指しされたアカイ本人はHi-Fiダイヴァーに座して沈黙している。その虚ろな瞳からは、この幼女が何を思い何を考えているのかは計り知れない。



「ンまーアカイお嬢の件はりょーかい、頼まれた。ほいでな、ゼイちゃん?こっちからはゼイちゃんのIFF(敵味方識別信号)がダイヴァーでもレイヴァーでも無いんだが……無茶するなよ?」


《ぇ、ポール先輩……ホントだ……》


《……それは相手に言ってくれ》



 それを最後にゼイラムはオープン回線から切断し抜けた。ポールの言葉に雪夏は自分のコンソールへ視線を向けると、確かにそこに表示されたゼイラム機の信号は初めて見る型番になっていた。



(XFA-02?Hi-FiダイヴァーはHAD-02、Hi-FiレイヴァーはHFR-02のはず……あの野郎、何に乗ってる?)


《フライトデッキ1番から4番準備良しッ!レイヴァーは1番から3番、ダイヴァーは4番より順次発艦!カタパルト起こせッ!》


「ポール機、第一小隊Hi-Fiレイヴァー、カタパルト固定……ほいじゃ、宇宙で合流だ雪夏」


《ぁ、はい!また後で!》


《ポール機、発艦許可!いってらっしゃい!》


「はい、いってきンマァッ!!」



 後輩に軽口を叩くが発艦時の強烈な重力加速度によりポールはシートへ勢い好く圧し付けられ舌を噛みそうになる。だが、甲板長約900メートルを10秒程で駆け抜ける間に身体は慣れ、全天モニターと正面コンソールに巨大なガス惑星である土星と、その周囲を回るコロニー【マハト・パドマ】が視界のほぼ全てを埋めた。そのコロニーだが、所々が破損しており戦闘であろう閃光が絶え間なくちらついている。



「マジで戦争やってんなぁ。んで、避難民のシャトルは……?あっこね。ポールからマザーグース、護衛対象確認、位置情報転送、指定エリアへの誘導を開始する、送れ」


《マザーグースからポール、護衛対象の位置情報を受信、非武装区域への誘導を開始せよ。マザーグースからレイヴァー隊、護衛対象の位置情報を全機リンク、非武装区域への誘導を開始せよ。繰り返す、レイヴァー隊は護衛対象の非武装区域への誘導を開始せよ、以上マザーグース》




 戦闘の火花の中、早々に避難民を乗せた輸送シャトルを発見しポールとマヒマ、そしてマヒマから雪夏らレイヴァー隊へ手早く連絡と指示が飛び交う。その最中、機体の大きさから最後の発艦となったゼイラムが乗るXFA-02が宇宙へ飛び出そうとしていた。



《ゼイラム機、えぇと、XFA-02?カタパルト固定、発艦許可》


「ゼイラム、XFA-02“プロトレシカ”発艦」



 彼が乗るプロトレシカと呼ばれた艦載機は、麾下のHi-Fiダイヴァー全高13メートル全長49メートルに対し、全高35メートル全長102メートルと約3倍の巨体だ。辛うじて【アビダヤー】の飛行甲板に収まる大きさで、発艦時に本艦を損傷させる恐れから最後に回されたのだが、勢い好く射出された機体は一度だけ甲板を擦るも宇宙へ放たれた。



「ココロユニット、リンク……同期率、5、6、7……7パーセントで頭打ち?いや、これ以上は機体が保てないか」



 正面コンソールに表示されている何らかの項目群を見つつ、そう呟きポールらレイヴァー隊の元へ機体を飛ばす。そんなゼイラムの頭部は、夥しい数のケーブルとチューブが繋がれたヘッドギアに覆われ、彼の表情を伺う事が出来ない。しかし、露わになっている口元は僅かだが笑みを浮かべている様にも見えた。



「レイヴァー隊、順調に輸送シャトルの誘導を継続中」


「よしよし……でだ、D・D?試作ココロユニット、本当に大丈夫なのかい?アレ【邪神】使ってるだろ?」


「まず大前提として、どんな技術も絶対は担保出来ない、て常識は置いといて……あぁ、Airと【ライブラリー】の情報から彼らの戦闘技術、“同期動力炉”を再現出来る方法が【邪神】の利用だったんだが……正直、いつ暴走してもおかしくない。なんせ【邪神】自体が戦闘狂と言うか、闘争心の塊と言うか……いざ実戦、となった時に制御不能になる可能性は充分在る。だからこそ、あいつの機体の自爆装置は私に一任、と言うか本人から押し付けられた訳だが、どうなるかホントに分からん」


「けど、そのリスクとデメリットを呑んで尚、採用する価値がある、と?」


「それは勿論だキャプテン。機体の性能を限界まで引き出せるし、理論上だが思考するだけで操縦が可能だ。最悪、脳みそさえ有れば手足も五感も不要になる。何より意思疎通が出来ない【邪神】の闘争本能を汲み取れる、限定的だが言わば予知・未来視が出来る訳で、コレは大きなアドバンテージだ……制御出来れば、だが」


「だから、まずは一部が【邪神】のゼイ坊で試すと……理屈は分かるがね?狙ったのか呼び寄せたのか、所属不明機が複数こっちに向かって来てるさね」


「あークソッ、ダイヴァー隊に応戦準備伝達頼む」


「りょ、了解!マザーグースからダイヴァー隊、所属不明機複数が非武装区域に接近、臨戦態勢を敷け!繰り返す、ダイヴァー隊は臨戦態勢を敷け!」



 近濠とヘルレインが全体状況を把握しつつ【邪神】を利用した技術の利点欠点を言葉にして咀嚼しまとめる中、戦闘宙域から避難民が乗る輸送シャトルへと接近する機影をレーダーが捉え、否応無しに交戦せざるを得ない状況に辟易してしまう。呆れ顔で女傑が「これは【邪神】の思し召しかい?」と近濠へ訊ね、頭を押さえ苦々しい表情で「多分そう、全体的にそう」と応えた。



「5、7、13……全部で16機。ゼイちゃん、こっちはまだ全員の避難誘導終わって無いからさ?任せたよぅ」


《先輩、アタシもダイヴァー隊と一緒に応戦します》


「ダメ」


《邪魔はしません!足手まといなら切り捨ててもらっても「ダメ」……どうしてですか?》



 元々好戦的な性格で、且つ自分に実戦経験が無い事を自覚している雪夏はこの機会に経験を積もうと隊長であるポールに打診するも、一言で一蹴されてしまう。納得出来ない様子で抗議するも、返答は否であった。



《危険は承知の上です。でなきゃ、宇宙に上がったりしません》


「ダメだって、ンもー……あのね?」


《しゃしゃるな雪夏》


《アンタには聞いてねぇよッ!》



 ポールが逸る後輩を宥めようと言葉を選ぶ間に、彼女の憎き男から横槍を入れられ一瞬で怒髪天を衝く。だが、ゼイラムはポールが言い淀んだ事を淡々と述べて自機の武装の安全装置を切った。



《人殺しになる気概も自覚も無い癖に、なに跳ねっ返てんだよ》


《なッ!?そ、いや……》


《ダイヴァー隊、俺が先行する。討ち漏らしの処理、任せた》


「……ンまー、うん、そゆことなのよ雪夏」



 ゼイラムに言われ、雪夏は反論しようと言葉を探すも口を閉ざしてしまう。悔しい事に彼女は言われて初めて気が付いた。いくら民間人の被害を顧みないとは言え、相手は人間だ。ドッグファイトとなれば人と人の殺し合いを意味し、互いの命のやり取りに他ならない。民間組織に所属する雪夏は当然、誰かの命を奪った事が無い。自分の発言が、今から殺人を行うと同義である事に気付きその恐ろしさを噛み締めた結果、妥当な言葉が出て来なかったのだ。



《ゼイラム、最優先事項は避難民の護衛だ。深追いするなよ……おい、分かってるんだよな?》



 人型から戦闘機形態に自機を可変させ、接近する所属不明機に突貫する彼に近濠が釘を刺す……が、本人からの返答が無い為、重ねて警告するもゼイラムは試作ココロユニットの稼働状況に注視しており、半ば意図的に無視する形になる。



《返事しないなら自爆させるぞ?》


「分かってるよD・D……交戦する」



 ヘッドギア越しにココロユニットの同期率が7パーセントで安定しているのを確認し、索敵レーダーの立体戦況図から攻撃対象である所属不明機計16機を視認、追尾モードに切り替えロックオン状態を維持させる。それとほぼ同時にロックオンされた事を知らせる警告音がコックピット内に響いたが、ゼイラムはそれを消し散開した敵機と交戦状態に入った。



(一つ……)



 上下と左前方の三方向から放たれた光学兵器、ビームバルカンの光軸を最小限の反転で避け、ダッチロール直前に一発のミサイルを撃つ。当然、回避行動を取られ画角も余裕を持たれて後方へと回り込まれ、はしなかった。

 放たれたミサイルは鈍重な動きであったが、炸裂し小型の高機動弾頭が24発、異なる軌道で立体的に包囲し7発が直撃、最初の1機がデブリと化す。高機動多弾頭ミサイルはレイヴァー、ダイヴァー共に標準装備であるが同様に多くの勢力でも採用されている。初見では回避が難しいが、手の内がバレる2発目以降の撃墜率はどうしても低下してしまう。



(二つ……)



 急制動からの人型形態へ可変し、宙返りしつつ眼前に迫るミサイル群に両腕部から銃口を覗かせる27ミリガトリング砲計2門で弾幕を張りつつ、土星方向に戦闘機形態へ変形し急発進しながらフレアを炊く。直後、接近する2機とすれ違い際にミサイルを噴射させずその場に放り捨て、ほぼ同時に両機のコックピットを吹き飛ばした。

 だが、直撃こそしていないものの実弾が右翼と左脚部を掠め火花が真空に弾けた。



(三つ……)



 続いて11方向からビームバルカン、左右から誘導ミサイルが時間差を付けて飛来する。ミサイルはフレアとロールで避けられたが、3方向計7本のビームで両翼と背部ウェポンベイが削られる。それらを受けながら超高振動ブレードを直上へ1本射出、ギリギリの所で避けられるも背後でブレードが破裂。プラズマ状態まで熱せられたカドミウムの破片が放射状に広がり、回避したと思われた1機とその背後から追撃を狙っていた2機が爆散した。これで6機、残りは10機。



(四つ、もう小細工は効かない)



 残りの10機全てがゼイラムを撃墜せんと誘導ミサイル、ビームバルカン、そして実弾の80ミリカノンが五月雨式に襲い掛かる。避けつつも全ては捌けずジリジリと機体へのダメージが蓄積する中、戦況を分析していたAirが敵機の識別を終え情報を上げた。



――所属不明機の識別完了、自由平等委員会所有のSuV-91“ヅェルトヴァ”とほぼ一致


「光学兵器採用の重装強襲機か。どうするね、近濠?」


「マヒマ、キミはレイヴァー隊に集中してくれ……おいゼイ、相手は“ヅェルトヴァ”だ。自爆特攻だってやりかねない、何とか撒いて【マハト・パドマ】の連中に押し付けて帰って来い!」



 ある理由から“ヅェルトヴァ”は悪い意味で有名であった。自由貿易を否定し、時には生物兵器や化学兵器を抱え自爆テロをも敢行する特化型の可変戦闘機。その非人道的行為完遂に割り切った設計、その徹底振りに“犠牲”の異名で呼ばれている。

 近濠の声を聞いているのかいないのか、ゼイラムは無言のまま戦闘を継続しており、残るは4機まで減らしていた。しかし、彼もまた無傷とはいかず、可変時の両腕部と左脚部を失い、可変機構も損傷して土星の軌道に黒煙を吐いている。また、主兵装の多弾頭ミサイルは残弾1、27ミリガトリング砲は残弾無し、フレアも尽きている。それでも尚、戦いを止めないのは余裕が無いからか、それとも……



(九つ……十ッ!)



 残る1本の超高振動ブレードを前転しながら後方へ撃ち出し、さらに1機撃墜する。だが、無理に当てに行ったせいか最後に放たれたビームバルカンを数発腹部ウェポンベイに貰ってしまい、誘爆を避けるため即座にパージ、直後に爆散。その一瞬の間隙を突いて眼前と背後に1機ずつ、ミサイルとビームバルカンを撃ちながら突貫して来る。



(ここッ……!)



 縦横無尽に圧し掛かる加速度を、歯を喰いしばって意識を何とか保ち、両翼に被弾しつつもダッチロールで致命打を避け、前後の2機は互いの放ったビームで先端が穿かれ、後続のミサイルによって半ばフレンドリーファイアの形で爆散する。圧倒的な数の差があるにも関わらず、ゼイラムが善戦出来る理由はココロユニットにあった。この宇宙の人類が生んだ兵器を学習したAirがサポートし、機体や実弾の運動量と方向からその軌道をココロユニットが予測、その結果をヘッドギアに立体映像として表示し、機体の姿勢制御スラスター全てが手足を動かす要領で操作が可能だからだ。



(一人、残りはお前だけ……ッ!)


《ゼイラム!ベイルアウトしろッ!もう充分だ!》



 だが、やはり数は力であり、幾ら善戦しようとも埋められないモノがどうしても存在する。残り1機と言う所で、遠隔で機体状況をモニタリングしている近濠の眼には、ほぼ全機能が喪失して赤く点滅しもう限界だと警報が鳴るプロトレシカの姿が映っていた。



(ケツ出せよ手前ェ……見下ろしてんじゃねェッ!!)


《ゼイちゃん下がれ!》



 周囲がもう良い、と叫ぶ中にあって彼は自身の背後を追う機体に夢中で、どう言う訳か親近感を覚えていた。リアクションホイールも自動制御装置もアクティブレーダーも何もかも、当に限界を超えボロボロと後背に散る。



「こい、つ……ッ、何だ、よ、同じ、ッ、ムジナかぃッ!!」


《下がれってんだよ馬鹿野郎!!》


《くッ、ダメだドクター!ゼイちゃんもやっこさんも、相対速度が速過ぎて援護出来ねぇッ!!》



 二つの機影は荘厳な土星を背景に、稲妻の如き高機動で追いつ追われつ求め合い、命のやり取りをしているのに何故か、恋焦がれ離れ離れだった恋人がじゃれ合う様にも、甘いピロートークの様にも見え、息する暇も忘れ魅入るパ・ド・ドゥを連想してしまう。



《ゼイッ!!》


「今ぁ最ッ高に、気持ち好い、んだ……ッ、邪魔するなッ!!」



 ゼイラム本人も同様に、いや周囲が思う以上に愛とも欲情とも言える性の昂ぶりを感じていて事実、彼の男根はいきり立っていた。最高の想い人との性行為を堪能したいのか、彼は通信回線を切断する。狂気と絶頂が混ざる笑みはもう隠せない。



《あ、おいッ!切りやがってクソがッ!あいつの現在位置はッ!?》


《はい!えぇと、ゼイラムさん……こ、このままだと【マハト・パドマ】に落下します!》



 プロトレシカとヅェルトヴァ、両機は破壊された【マハト・パドマ】の居住区内に侵入し、オーガズムへ向けフィナーレを迎えようとしていた。



(ふた、さん、ごぉ……あとぉ一ぃ本ッ……!)



 ヅェルトヴァが尻を追うプロトレシカ目掛け、背面へ高機動ミサイルの残弾29発全てを放ち立体の面弾幕を張る。全てが異なる軌道を描くが、ココロユニットの弾道予測とミリ単位と言う最小限の機体制御と技術でコレを全回避。が、人外、異常、生き急ぎと言えてしまう超機動は彼の肉体を尋常ならざる加速度で骨も臓器も砕き潰す。彼が【邪神】を肉体の一部とし、おぞましい再生力が無ければ当に潰れていただろう。それでも再生が追い付かないのか、鼻や耳、眼窩からも血が流れ出ていて尚、前へ前へと踏み外す。



(来た……ッ!)



 そしてそれは相手も同じであった。



「お前、ほんっとに、最高かよッ!?」



 同じタイミングで同じ様に捻り込み、八の字を描いた後、互いが互いに機体の破損したウェポンベイをすれ違い際にぶつけ、それが両者の致命傷となった。刹那のドルフィンキックは残像を靡かせ、両者相討ちで幕を下ろす。

 空気漏れ対策の緊急隔壁がコロニーに空いた穴を塞ぎ、ゼイラムが乗るプロトレシカは人工芝が生い茂る公園に不時着し、その20秒後に愛し合った相手、ヅェルトヴァが離れた位置に不時着した。



「…………は、ははあぁ、良いなぁ、気持ち好いわぁ……ッと」



 思わず絶頂し、無意識に射精したまま呆ける。十数秒で息を整えながら味を噛み締め、後頭部や首、脊椎に直接挿していたケーブルとチューブごとヘッドギアを強引に外してキャノピーを開け外に出る。視線の先、およそ30メートル離れた場所に鎮座するヅェルトヴァに近付きながら甘い余韻に酔い痴れ、流れる血を拭って愛し合った機体を見上げた。黒煙を吐きつつも爆発する様子が見られない為、歪みヒビ割れたキャノピーを思い切り蹴り、強引にパイロットのご尊顔を拝む。



「うゎ、ダル……」



 何か得心が行ったのか、一人状況を呑み込んだゼイラムは携帯端末で近濠に回線を繋ぐ。出血で視界が赤く滲むも、意に介していない様子だ。



《クソッたれプリン泥棒、生きていて何よりだよクソが!回収斑がそっちに向かってるからそれまで頭冷やして「人工魔導適合者だ、まだ生きてる」お前マジで、ほんっとによぉ……隔離搬送だ、手術室の準備!でだ、お前は「頭痛と吐き気、頭少し切れたな」あっそ、じゃあ問題無いな「ココロユニットの稼働も異常無し」それは重畳。とにかく、そっから動くなよ?》



 近濠とのやり取りを終えてゼイラムは散らばった機体の破片に腰を据え、潰れた紙巻き煙草で一服しつつ、ヅェルトヴァのシートに意識が飛んだまま座すパイロットを眺める。その眼には、焦げ茶に灰色のツートンカラーが目立つウルフカットを拵えた痩躯の女性が映っていた。



「絶滅して無かったんね……」



――10万度の体温で抱き締めてくれたから


【TIPS】集 Ep2.21

<星間人類連盟非認可団体及び組織>

・自由平等委員会(通称:FEC) →Freedom Equality Communeの頭文字

 →木星の【ジュピタリス連合群】と月の【月面都市セレーネ】内部に存在する革命派組織

  →“太陽系の資源は全人類の共有財産であり公共物である”と主張し、時には生物・化学兵器の使用やテロ行為も厭わない

→武力闘争の際は、主に重装強襲型可変戦闘機である“ヅェルトヴァ”を投入する

 →主兵装:ビームバルカン2門、誘導ミサイル計22発、80ミリカノン砲60発1門、バイオケミカル弾頭貯蔵ポッド

  →ヅェルトヴァ:露語で“犠牲”を意味し、機体型番はSuV-91

 →可変戦闘機に光学兵器を搭載し、実戦での運用は量産機としては初

→捨て身の攻撃、自爆テロ、ABC兵器の使用等で広く恐れられている

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VA -夜明け- @kirai-shiroi

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