2.1、大体橙大命題大隊他意代替台多遺体対代々大多遺骸以外意外大隊無以内杯

《よーしよーし、そのまま相対速度を落として正面に……船首がズレてるぞー、舳先を左に2度傾けてくれぃ?おーけーおーけー》


《固定アーム準備……格納庫の隔壁閉鎖、よーいよい》


《連絡通路接続よーい……接続、各部チェックお願いしまーす》



 月軌道でのスイングバイの後、火星上空に待機していた財団の巡洋艦【アビダヤー】に収納される形でユキ達の輸送船が合流した。全長877メートルながらも、艦内には生活に必要なモノは一通り揃っており、酸素供給源でもある菜園では十数種類の根菜類が収穫可能だ。元々は長期の宇宙開発拠点としての運用を前提とした設計である為、100人程度ならば数年は補給を必要としない。

 戦闘用の装備は“第一のラッパ”の後に取り付けられており、主機の核融合炉も改修されている。区分としてはラナー級高速巡航艦で、戦闘艦艇として再登録されているものの、後付けの武装は本職の戦艦に劣る。


 しかし、本艦を含め地球外で開発事業に従事する財団員らは平均年齢こそ低いが、宇宙と言う過酷な環境で豊富な経験を積んだプロフェッショナルには違いなく、スムースに収容作業を熟す。



《隔壁閉鎖、よし。格納庫内の気圧、よし。固定アーム、よし。連絡通路の連結部、よし……各部エラー、無し。収容完了しました……ようこそ【アビダヤー】へ》



――ご乗船、ありがとうございました。巡洋艦【アビダヤー】、お忘れ物の無いようご注意下さい。



「無重力なのに何で腰が痛くなるんだ?あいてて……」


「ん~、着いたねぇ。【アビダヤー】には人工重力があるから……てユッキーは慣れてるかな?」


「まーうん。フェニックスにはダイソン球が幾つかあったから、むしろ無重力に慣れてないかなぁ」



 並んで連絡通路を渡りながらそんな会話をしていると、開けた空間が目に飛び込み足を踏み入る。そこは【アビダヤー】のハンガーで、作業用の小型機やクレーン、数メートルはあるコンテナ類が丁寧に並べられてユキ達を出迎えていた。そして彼らの到着を待っていたであろう乗組員達が「お疲れー」「いらっしゃーい」と馴染みの店員の様相で歓迎する。

 だが、その中に自分達の雇用主が居ると気付くと背筋をピンッと伸ばして萎縮してしまった。



「いやはや、随分と成長したみたいで責任者としては嬉しい限りだねぇ」


「当主、皆さんが無駄に緊張しております。早々に艦長へ挨拶に参りましょう」


「その必要は無さそうだぞ、お姉さま、当主!」



 リューヌがL・Dの車椅子を押し、その横をてこてこ付いて歩くソレイユがそう言って指さした先には、一人の老練な女性が仁王立ちでユキやL・Dらに視線を投げ掛けていた。



「久しいねぇ、ルクス卿」


「やぁ、元気そうで何よりだよ、ヘルレイン艦長……いや、ヴィル先輩」



 穏やかな微笑みで右手を挙げ軽く挨拶をするL・Dに対し、艦長と呼ばれた女性ヘルレインは意地悪そうに笑いながら悪態を吐いた。



「よしな、アンタに先輩なんて言われても気色悪いだけさね」


「……ヒマ、あのお婆さんはL・Dと仲良しなの?」


「多分、仲は良いよ?」


「学生時代か軍属時代かは分からんが、二人は先輩後輩の間柄ってー事は分かってるのよ、ユッキ」


「軍属……ぇ、L・Dも?」


「うん、財団を起ち上げる前は星間人類連盟宇宙軍に二人とも所属してたんだって……ヘルレイン艦長を引き抜いたのもL・Dだよ」



 ユキからすれば軍属でない人物の方が珍しいが、とりあえずそこは流して酸いも甘いも嚙み分けた艦長に視線を戻す。



「私はカワイイ後輩じゃないのかな?」


「可愛げの欠片も無いね。カワイイ後輩ってぇのは、アンタの娘や一緒に来た連中……そして、アタシのカワイイ坊や達を言うんだよ」


「んー被雇用者が愛されているなら良しとしようか」


「こんな父親には似てくれるなよ?リューヌ嬢ちゃん、ソレイユ嬢ちゃん」



 軽口を叩ける程度には心を許している様で、女傑曰く可愛く無い後輩の養子である姉妹へ実の孫に向ける慈愛の眼を向ける。二人もまた、実の祖母の様に「一部に目を瞑れば、当主はご立派で御座います、レディ・ヘルレイン」「ばぁばに掛かれば当主も赤子同然だのぅ!」と軽い口調で挨拶を返した。



「相変わらず口も身体もデカいな……あまり意地悪を言ってやらないでくれないか?」


「よう、23世紀のラマヌジャン。そいつぁ、本人の露悪趣味がマシになってからの相談だねぃ」


「キャプテン……私の専攻は医学だ。せめてバチスタかベントール辺りにして欲しい」



 財団が誇る小柄な頭脳、近濠と握手を交わして「アタシぁ学が無いんでねぇ、ファーレンハイト」と付け加えながらユキの元へと歩み寄る。艦長の背丈は近濠の言う通り高く、170センチメートルのリューヌを見下ろす彼女は190センチメートルの痩躯だ。生体ユニットの都合上、身体の成長が止まっているユキは150センチメートルと小柄で、自然と見上げる形になる。



「そうかぃ、坊やが例の“来訪者”だね?」


「あ、はい。ユキです、よろしく……ぅ?」



 ややぎこちなく返事をすると、艦長は優しい眼差しのまま右手を差し出した。ユキはその手を取って握手を交わすが、彼女の手は加齢以外で出来たであろうゴツゴツとした硬い、兵士の手であると知り驚きを隠せず表情に浮かぶ。



「巡航艦【アビダヤー】艦長、ヴィルヘルミーネ・フォン・キューブリック=カラヤンだ。長いから“ヘルレイン”とか“ヴィル”とか、色んな呼び方があるけど……個人的には“レディ・ヘルレイン”が好みさね、よろしく」


「えぇと、では“レディ・ヘルレイン”で……」


「ありがとう……宇宙に長く居るとね、嫌でもタッパばかり育ってしまうんさ、悪く思わないでくれるかぃ?」


「はぁ……」



 ユキが感じたヘルレイン艦長の第一印象は正に“女傑”であった。彼との握手を終え、そのままの流れでマヒマ、ポール、雪夏と順に声を掛ける。



「お前さん達も久しぶりだねぃ、ちょっと見ない内に大きくなってまぁ……若い後輩はこうでなくちゃ、ね」


「艦長、3年はちょっとじゃないですよ?」


「ユッキ、て呼んでやって下せぇ……ッて!痛いからね?ヴィルばーちゃん!」


「ますます切れ味が増してませんか?“レディ・ヘルレイン”……また会えて光栄です」



 一通り挨拶を終えてから「可愛い坊や達は大食堂に行ってもらえるかい?そこで今後の説明をさせるから」と言い、ヘルレイン艦長はL・Dと近濠らを伴って艦長室へ向かった。



「言われた通り、16歳以下は全員降ろしておいたよトリチェリ。残ってるのは死にたがりの希望者だけさ」


「それはどうも。で、せめて分野くらい合わせてもらって良いかな?」


「失礼、ケプラー……ところでルクス、ちゃんと【ゲート】通行許可は取っているんだろうね?」


「そこは安心して欲しいな。向こうで合流する人員と船も選定済みだよ。問題は……」



 遠ざかる重鎮らの背中を見送りながら、ユキは隣りで荷物を持ち上げるマヒマに訊ねた。



「……僕、チビ?」


「大き過ぎると威圧感が勝っちゃうよ?」


「……威厳無し、か」


「良い事ばかりじゃないぞぅ、ユッキ?小さい方が、どこ行っても可愛がってもらえるし」


「そうですよ、ユキさん。どこぞの誰かなんか、身長はあっても心は死ぬほど狭いですし」


「……ぬん」



 励まされているのは分かるが、故に却って虚しさを覚える。これまでは、小柄な方が生体ユニットの節約と艦載機のコックピットの省スペース化で有利だった為に気にしていなかったが、平和の証か否か、ユキのコンプレックスになってしまった。


 一同が大食堂に集まると、ピシッと整った服装と姿勢で立つ男性が眼鏡越しにユキらを見やって壁に映像を映し出して説明を始めた。



「本艦【アビダヤー】の統合幕僚副長を任されている高垣 雪州(たかがき せっしゅう)だ。これから諸君らの配置と居室の説明をさせて頂く……では、まず地球を発つ時に配布された電子カードをそれぞれ確認して欲しい。そこに記載されているアルファベットと番号で分けている。確認出来ないモノは挙手をして欲しい。後ろに控えている乗組員が個々に伝えるから、その指示に従う様に。では順に……」



 雪州が順番に各員の配置を読み進め、各々が「俺、整備斑だわ、そっちは?」「あ、私も私も」「炊事斑か、料理は得意だぜぃ?」「こっちは砲手だってー」と盛り上がりを見せる。

 そしてユキとポール、雪夏はアルファベットの“V”で艦載機のパイロットである事を伝えられ、納得した様子で頷く。マヒマは“A”で、航空星間管制官であった。また、端末には部屋割りも記載されており、ユキとポール、マヒマと雪夏は同室であると分かる。



「ポールさんと同じ部屋だって、安心感凄い」


「おぅ?ンまー俺もユッキと同室で変に気を遣わなくて助かるわ、うん」


「マヒマ先輩、同室に恥じぬよう精進しますので、よろしくお願いします!」


「う、うん、よろしく……もっと肩の力、抜いて大丈夫だよ?」



 その後、それぞれが割り当てられた部屋で一旦移動し、荷物をまとめた後に各自配置先へと向かう手筈となった。ユキとポール、マヒマと雪夏は同じ第二ブロックに部屋が割り当てられている。居住ブロックの廊下の突き当りを正面に、左が女性、右が男性の部屋だ。二組の部屋はその最奥で向かい合わせになっており、そこで「じゃあまた後でねー」「結構良い部屋だから期待してくれぃユッキ」と電子キーで自動扉を開け中に入る。



「わぁ……広い……」



 ユキが言うほど部屋自体は広くも狭くも無く、20平方メートル程だ。入口を中心線として左右にベッドや小さいテーブル、小型のタンスや冷蔵庫が配置されている無機質なモノだ。



「と言うかポールさん、ここ本当に二人だけで使って良いの!?」


「んぁ?勿論だぞぅ……ユッキの居た【フェニックス】って戦艦では違ったのかぃ?」


「うん、この広さなら六人部屋だったよ?何だか贅沢してるみたい」


「んー……ほら、うちは軍隊じゃないから、あくまで会社だから。従業員の生活レベルを上げるのは企業義務なんよ」


「そっか……そうだ、よね……あ、何か端末に着信があるよ?」


「んぅ?ホントだ。えぇと何々?」



 二人の携帯端末に表示されていたのは『荷物整理が済み次第、両名は艦橋へ出頭する事』との指示であった。二人は「「何だろね?」」と首を傾げつつ、簡単に荷解きをして艦橋までの地図を表示させつつ向かう事にした。

 一方、向かいの部屋では、マヒマと雪夏が荷解きをしつつ談笑していた。二人はそれぞれ、二枚の扉の向こうに居る異性に友情以上の好意を抱いており、自然と話題もそれが中心になる。



「正直、同室がマヒマ先輩で良かったです、ホントに」


「私も、雪夏ちゃんが同じ部屋で嬉しいよ」


「……先輩、正直なところ、ユキさんとの関係に進展、ありました?」


「へッ!?い、いや、そんなに、かも……うぅん、上手く言えないんだけど、私がユッキーに何か引っ掛かる感じがあって……あ!勿論ユッキーが悪いとかじゃないよ?」


「それは見て分かりますよ。マヒマ先輩もユキさんも、優しいけど奥手ですからね」


「むぅ……そう言う雪夏ちゃんはポールさんと進展あるの?」


「なッ!い、いや、ポール先輩は尊敬する先輩ですしカッコいい先輩ですしアタシなんかじゃ不釣り合いって言うか……ッ!」


「……相当好きだね、ふふ」



 そんな暖かい話に華を咲かせていると、マヒマの携帯端末もユキやポールの元に届いた指示と同じ内容を受信し、それを知らせて来た。マヒマは「何か呼ばれたから艦橋に行かなきゃ」と言って雪夏に視線を向ける。だが、雪夏は自身の携帯端末を眺めその手が震えていた。それも雰囲気から察するに怒りや憎しみの感情から来るそれと分かる。



「艦橋に呼ばれたから行かなきゃ……ど、どうしたのかなー?雪夏ちゃん……」


「……『天川雪夏、第一航空戦隊第二小隊への配属を任ずる』」


「あー、さっき雪州さんが“【アビダヤー】は第一航空戦隊、合流する他の艦艇や航空母艦が第二、第三の航空戦隊に……”て言ってたもんね……それが、どうしたの?」


「この第二小隊、部隊長が……ゼイラムッ!!」


「う、うわぁ……それは、うん……」


「先輩、艦橋に行くんですよね?アタシも行きますッ!」


「ぇ、それは、どうしてか、なー?あはは……」


「無論、直談判ですッ!!」




 そうして、廊下で合流したユキら4人は奥歯をギチギチと噛み締める雪夏を先頭に艦橋へと向かった。居住区からはエレベーターや区画の隔壁を幾つか経て、早歩きで大体2分の距離にある。

 安全装置ゆえの若干の鈍重さで開く自動ドアに両腕を突っ込み、こじ開ける様にして艦橋へとなだれ込む雪夏はそのままの勢いで「艦長ぉッ!!」と新兵の訓練が如く怒号を上げた。その様子に、床に太陽系の現在地図が表示されたパネルから映し出された立体映像を並んで眺めていた一同が何事かと視線を向ける。



「おいおい一人多いじゃないか、どうしたね雪夏の嬢ちゃん?」


「レディ・ヘルレイン、アレは俺のストーカーです」


「だったらお前が何とかしろ、あれじゃあ厄介ファンだ」



 艦橋にはレディ・ヘルレイン、L・D、近濠、リューヌ・ソレイユ姉妹、先程の統合幕僚副長の雪州、そしてユキにとっては“はじめまして”が何名かと……ゼイラム、と彼の傍に立つアカイの姿があった。



「アタシ要望出しましたよねッ!?コイツだけは絶対に嫌だッて!?」


「えぇ……ゼイラムちゃんや、アタシに人員編成で『雪夏はどうしても俺と一緒に居たいと希望しております』って言って無かったかぃ?」


「はい、言いましたよ?絶対一緒に居たくない!て事は、絶対一緒に居たいって事と違うんか?違うんか?」


「どんな思考回路してたらそうなるんだよッ!?」



 ズンズンッとゼイラムに詰め寄り、その胸倉を掴んで憎悪の眼差しを向ける雪夏に、ゼイラムは飄々と微笑みつつ彼女の両肩に手を乗せて言う。



「まぁまぁ雪夏ちゃん、これには浅い理由があるから聞いて欲しい」


「せめて深くしろぉ!?」


「行間を読んだのよ。ほら、相手を意識し過ぎると素直になれないじゃない?あなた、そう言う所あるじゃない?」


「そのイカれたフィルター掃除してやるからド頭出せオラッ!」


「……真面目な話、お前、俺を殺したいだろ?」


「今この場で実行しない自分の理性を褒めたい位にはなァッ!!」


「強がんな、出来ねぇだけだろ」


「あァッ!?」



 表情や語気だけなら雪夏は今すぐにでもゼイラムに襲い掛かる勢いだ。だが、無意識にだろうか胸倉を掴んでいた彼女の両手は今、虚しくだらんと下ろされている。



「これから先、実弾演習も実施していく……訓練中なら、死亡事故で合法だぞ?」


「ッ!?」


「基本的には小隊ごとの演習がメインだから、別の小隊だとその機会も少なくなるんだが……そかそっか、そんなに嫌なら第一小隊に配置転換だな。レディ・ヘルレイン、人員再編成を打し「分かった!分かったからッ!!」素直だねぇ……んっふ「絶対殺す」頑張れぃ」


「……もう良いか?満足したか?話、進めて良いか?」



 問題児と厄介者の戯れを見届け、近濠が確認を取ると両者は同時に右手を差し出し「「どうぞ」」と図らずとも声を揃える。が、表情は両極端で片や満面の笑みを、片やあらゆる怒りと憎悪を我慢する苦悶のそれであったが。



「予定より一人多いが、まぁ雪夏の嬢ちゃんなら良いか……クリス統幕長、司会進行を任せるよ」


「はい!巡洋艦【アビダヤー】統合幕僚長、クリスティーナ・タランティーノです!よろしくお願いします……それでは今後の行動、主に【ゲート】通過後の予定について説明致します」



 老齢な女傑に指名され、まだ若いながらも厚い信頼を艦長貴下の多くから寄せられる、アンダーリムの眼鏡が似合う女性が一歩前に出て自己紹介をし、立体映像を操作しながら説明を始めた。



「まず【ゲート】通過に関してですが、火星側の情勢は安定しており簡易的な調査を受ける事にはなりますが、問題無く通過が可能と判断します。しかし、問題は土星側……正確には【マハト・パドマ】に懸念点があります……Airさん、お願いします」


――モニター、表示します



 先行している【アクト・ブランシュ】から区画の一部が【アビダヤー】に収納されており、既にAirはヘルレイン艦長らと交流を深めていた様子だ。人工知能の彼女の言葉に合わせ、立体映像に土星とその軌道に存在するコロニー【マハト・パドマ】が映し出され、赤と青、そして灰色の三色に分かれて勢力圏が色付けられた。



「現在、土星のコロニー【マハト・パドマ】で木星の衛星国家群【ジュピタリス連合群】との武力衝突が発生し、それに呼応する様に各小惑星基地で独立派による武装蜂起へと波及しています」


「現地の財団員の安否は確認出来ているのかな?」


「はい、財団所有の航空母艦【マートゥフ・ダヤー】を中心に総員、収容済みであるとの連絡を3時間前に受信しました」



 クリス統幕長の報告に、L・Dは「それは良かった」と一安心する。両国家間での衝突は度々起こっており、その度に少なくない死傷者が出ている。だから彼は、自身の身内とも言える財団員がひとまず無事であると知って胸を撫で下ろしたのだ。

 しかし、何かに気が付いたのかハッと顔を上げて訊ねた。



「ひょっとして……救助要請が出ているんじゃないかい?」


「……はい。現地財団員と装備では対応出来ない、と時間稼ぎはしておりますが【マハト・パドマ】から正式に人命救助要請と『協力の報酬として無期限の関税撤廃と土星宙域での軌道拠点設置認可の用意がある』とラブコールが送られていまして、ルクス当主の判断を仰ぎたく……」


「んー困ったねぇ、裏を返せば『要請を拒否するなら二度と【ゲート】は使わせない』と言われているに等しい……会社として将来の利益を鑑みるならば“嫌だ”とは言えないねぇ……」


「けど、アタシらは自衛用の武装しか無い。それに、対人戦を想定していない訳じゃあ無いが、実戦経験がある奴は僅かさ。第一、戦闘宙域が銀河水準面に対し垂直に伸び過ぎて帰還限界超過の危険が高い上に時間ロスが痛い……ルクス、装備不足と安全性の担保から“正当な拒絶事由”に該当すると思うがね……どうするつもりだい?」



 多くの人命を預かる財団の当主として考え込むL・Dに、同じく多くの人命を預かる宇宙船の艦長としてヘルレインが一つの解答例を示す。その様子を伺っていたユキは、何か力になれないかとAirに呼び掛けた。



「Air、君はどう思う?」


――……【アクト・ブランシュ】の遊離区画の一部を切り離し、救助活動中の護衛は可能です


「全長80キロの別世界の“小型”艦載機の一部かい……分かって言ってるとは思うがね?Airもユキ坊やも【アクト・ブランシュ】も、今の人類には過ぎたるオーパーツさ。可能な限り、アンタらの存在は隠し通したい……んだがねぇ、全く面倒事をいつも押し付けて来るねぇ土星も木星も」



 人工知能の提案に、その真意も汲み取りつつ過去の苛正しい記憶を想起したのかヘルレインは頭を無造作に搔きむしる。



――勿論です、レディ・ヘルレイン。私や【アクト・ブランシュ】はアナタ方【ミレニアム】にのみ技術提供を致します……ドクターは何か、良い案がありますか?


「んー、レディ・ヘルレインの言う通り時間ロスが一番痛い。だが、L・Dの言う通り要請を受諾しなければ【ゲート】を封鎖される可能性もある……何とか妥協点を見付けてそこを落としどころにしたいが……当初の予定を繰り上げて、要請を受けつつ強行突破するかぁ?」


「そりゃあ単なる自棄でしょ……」



 めんどくせーの文字を頭上に浮かべながら思考放棄する近濠にポールがツッコミを入れる。その中にあって、ユキは立体映像の勢力図を眺め、ポツリと思い浮かんだ案を口に出した。



「……何か、適当な理由でこっちに時間が無い事を伝えて、その時間内に限り救助要請に応える……じゃ、ダメ、かなぁ?」


「……いや、妥協点としてはかなり良いぞ、ユキ」



 彼の一言をきっかけに、近濠やL・D、ヘルレインにクリスらが詳細を詰め始めた。時間管理やまとめはAirが自然と担当し、軽口を叩くだけの間柄でない事がユキの眼からも見て取れる。



「ユッキが一番常識的かもね」


「そうかな?」


「そうですよ。ユキさんには変なフィルター無いですし」


「……そうかな」


「聞こえてるからなー?」



 ポールと雪夏から褒められるも、素直に喜べないのは何故だろうか、と考えたが結局、この場でも後でも“自分は門外漢”と言う結論は揺るがなかった。



「……と、相手の顔を立てつつこちらの支障を最小限に抑えられる無難な路線は、こんな感じかな?」


「冥王星軌道の財団補給拠点を公にしちまうが、まぁリターンを考えれば致し方ないさね」


「幸い、現状の戦力差では【マハト・パドマ】と【ジュピタリス連合群】は互いに決め手が欠けて膠着状態……少なくとも数年は小競り合いで外宇宙どころでは無いのが救いですね」


――では、体裁は“外宇宙探査基地で事故が発生しており、急行する必要がある為、救助活動は6時間を上限とする”と言う事で行きましょう


「追加要望も見越して、内々には2時間の幅は設けて置こうか」



 L・Dとヘルレイン、クリスの案をAirがまとめ、近濠が補足し方向が定まった。言わば首脳会談をゲストとして観覧している感覚に近く、ポールとマヒマは「おぉ~」と控えめな拍手を送る。



「戦闘は極力避けられるよう働き掛けますが、対人戦も想定した装備で艦載機隊を待機させ……高垣統幕副長?どうされましたか?」


「会議中、失礼します。【ゲート】管理局から通信が入りまして、艦長か当主に直接連絡したいと【マハト・パドマ】運輸長官から打診がありましたので、その報告です」


「おやおや、普段は腰が重い管理局がねぇ……ルクス、アンタが出な」


「手厳しい先輩だねホントに」


「アンタが座乗してる以上、最高責任者はアンタだよ」


「ド正論で何も言い返せないねぇ。端末を取ってくれるかな?ん、ありがとう」


「あの、当主?スピーカーのままですが……?」



 凛とした背筋で小型端末を持ち、会議の輪に交ざる雪州からそれを受け取ったL・Dは、そのまま通信に出ようとした。だが、彼が手渡した端末は艦橋内のスピーカーに無線接続されており、それを切り替えない雇用主に疑問を投げ掛ける。すると、とっておきの悪戯を思い付いた少年の様な笑みを浮かべ、L・Dは自分の口に人差し指を当てた。



「どうせ後で共有するからね、静かに頼むよ?」



 そう一言告げて周囲の困惑を置き去りに通話開始ボタンを押す。その様子に心当たりがあるのか、ヘルレインは頭を抱えながら「露悪主義が……」と小声を零す。



「お待たせして申し訳無い、星間開発財団【Lex Stella】代表のルクスです。どうかされましたかな?」


《コレは驚いた……いや失礼、まさか当主が乗艦しているとは知らず……いや、却って話が早いか》


「ふふ、私はただの一雇用主に過ぎませんよ?そちらの救助要請について協議をしておりまして、丁度決議したところです……それに関係する事とお見受けしますが?」


《その通りです、ある理由により救助活動が遅延しておりまして、可及的速やかな対応に迫られている状況です。なので、要請に応えて頂けるなら相応の用意があります、と直接お伝えしたく……本コロニーの防衛にも関わる情報も含みますので、先に答えを聞いても宜しいですか?》


「はい、我々【Lex Stella】は救助要請をお受け致します」


《良かった、助かります。無論、最大限戦闘に巻き込まぬよう取り計らいます》


「そうして頂けますと幸いです。と言いますのも、実は我々も先を急ぐ理由がありましてね?」


《差し支え無ければ、教えて頂いても?》


「勿論……実は、我々【Lex Stella】は外宇宙探査用の補給基地を海王星軌道の更に外縁部で運用をしていまして、その基地で事故が起き現在連絡が取れず、安否確認すら出来ていないのですよ」


《それは……いや、アナタ方財団の規模を考えれば新天地の開拓をしていても不思議ではありませんね……その様な状況でもお受けして頂けると?》


「えぇ、我々にとっても土星圏の情勢安定は益がありますから。短時間であれば……そうですね、5、6時間程度でしたらご協力が可能です。私が言うのは自慢になってしまいますが、うちの財団員は迅速な救助活動を得意としておりますので、期待にお応え出来ると約束しましょう」


《この宇宙で、貴官ら財団の救命活動実績で右に出るモノは居ない、と言う事は既知ですから……それでは、改めてお礼を申し上げる。【ゲート】管理局に連絡し、アナタ方への検問を省略するよう伝えます。現状の詳細をそちらとデータリンクし、展開して頂きたい区画を、おい今は通信中で……ッ、何だと?》



 艦橋内に反響する当主と【マハト・パドマ】運輸長官のやり取りを清聴しつつ、クリスや雪州が会話内容と立体映像の状況をまとめていると、端末越しでも緊張が一気に増した事が分かる程に慌ただしさが流れ込んで来た。



「どうされましたか?」


《失礼……所属不明機、十中八九【ジュピタリス連合群】所属機だろうが、市民区画で生物兵器を使用したと急報が入った。まだ範囲こそ狭いが、既に被害が出ていると……》


「ふむ、明確な条約違反ですな……急ぎ装備を整えさせ、そちらに向かおうと思いますが、宜しいですか?」


《無論です。無理を承知で再度お願いしたい……一般市民の救助、どうか宜しく頼みます。各方面に【Lex Stella】の優先航行の通達をしますので、一度失礼します……》



 そこで通信は切れ、雪州に端末を返してL・Dはこの場にいる全員に向き直って口を開いた。



「と、言う事で急がなきゃいけないみたいだ……先輩、諸々の指揮をお願いするよ」


「はぁ……高垣統幕副長、整備斑に艦載機の装備転換とパイロットに即応態勢の連絡。クリス統幕長は救護班に医療設備と器具の準備通達を、それぞれ頼むよ」


「「了解ッ!」」



 ヘルレインの指示に二人は景気好く返事し、すぐにコンソールを操作して行動へ移す。そしてユキらに目線を向け、若干の申し訳無さを表情に浮かべつつ彼らにも指示を出した。



「忙しなくてすまないねぇ、コレがこっちの人類じゃ当たり前なのさ、ユキちゃん……幻滅したかい?」


「ぇ?あ、はい、とっくにしてます」


「素直で良い子だ……お前さん達の機体は用意してある。格納庫に向かっておくれ」



 取り繕うとすらしないユキにヘルレインは好印象を抱いた様子だ。そしてユキもまた、目の前の“女傑”は口こそ悪いが信頼に足ると無意識に判断した。それはそれとして、横に立つ少女は不満と不安を隠そうともせず、ジッとある種の想い人を睨み付ける。



「雪夏の嬢ちゃん、気持ちは分かるが坊やの艦載機運用、よく観察してみな?お前さんにとっても学びがあるはずさ。ゼイラムにはアタシからキツく言っておくから」


「……了解、です」



 渋々自分を納得させ、ポールとマヒマは二人を連れて格納庫へ向かうべく艦橋から立ち去った。その背中が自動ドアで隔てられたのを見届け、ヘルレインは怒りの……いや、哀れみの感情でゼイラムに話し掛ける。



「……お前さん、まだ引きずってるのかい?」


「何の話です?レディ・ヘルレイン……D・D、一基だけだが“アレ”は何とか【マハト・パドマ】に到着するまでに試作機が完成する……俺の座乗機に搭載して出るぞ」


「それは待てゼイラム……そいつぁまだ試験どころか起動すらしていない。参謀としても技術班長としても、一個人としても容認出来ない却下だ」


「却下を却下だ。【邪神】との戦闘までに“アレ”を使えるようにしなきゃ……全員死ぬぞ?」



 艦長の問い掛けを流しつつ立体映像を切り替え表示させたのは、球体とその下部から垂れる無数のケーブル……クラゲにも見えるその物体が“アレ”である事は、この場に居る全員が周知の様子だ。しかし、危険性を拭えないのか近濠がNoと言うも、ゼイラムがそのNoにNoと返す。



「だがキミを失うリスクがある。ゼイラム、キミが自分をどう評価していようが知らんし知ったとて変わらんのは、此処で退場されちゃ困るって事なんだよこっちがな?」


「ありがたい話だがメリットの方を重視しろ?宇宙に上がる前に決めていたはずだ。継戦能力と生存確率を少しでも高めるには必須だし、その為の研究設備だってAirから租借してる。何よりも、奴らの事を実体験として理解出来る。大昔の有名な策略家が言っていただろ?“彼を知り、己を知れば、百戦殆からず”……死刑囚を使わねぇんだから俺しか適任が居ないだろうが」


「それを言うな、私が甘いって事は自覚あるから……確かに、身体の一部が【邪神】のキミが最も適当だ。だけども、だ……」


「俺は戸籍上もう死んでる。良心が痛む理由は“知人だから”なんて言うなよ?」


「分かったって、それ以上は、なァ……ただ、私が少しでも危険だと判断したら、その場で緊急停止するからな?」


「オッケーだD・D……お前さんは皆の希望だ、こっちの肩を持つな」



 彼なりに近濠を心配しての言葉だったが、彼女はただ「クソがよぉ……」と悪態を零すに留まる。意見の衝突に一段落ついたところでヘルレインは再度、ゼイラムに言葉を投げつけた。



「ゼイ坊、死者を追うな。第4基地も第17基地も、お前さんのせいじゃない……生き急ぐな、死の壁が近いぞ?」


「俺はそんなに自惚れている様に見えますか?」


「見えるさ……殉職した全員の正確な死亡時刻と死因を記録する奴が、アタシの目の前に居るのがね」


「その完成形がこの娘な訳ですが?」


「あぁ……遺体を全員回収出来なかった言い訳にしちゃァ、随分と甲斐甲斐しく見える」



 アカイの背中を優しく押し、ヘルレインや近濠らの前に突き出すも艦長は言葉の裏を見ている様子だ。女傑に悟られまいと両手を挙げ、降参の意を見せてから褐色の幼女の手を取り、艦橋を後にしようと歩き出す。



「今すぐじゃなくて良いから、嬢ちゃんと仲直りしとくんだよ?アタシぁカワイイ後輩達の笑顔が好きなんだ。死人とは喧嘩だって出来ない、だろ?」



 自分より遥かに若い次世代へ老婆心を砕くも、諦観した冷たい言葉ではぐらかされる。



「出来ますよ……想像力が無ければ」



――腐ったリンゴは、箱ごと棄てなければならない



【TIPS】

<星間開発財団【Lex Stella】の【邪神】との接触事件>

・【Lex Stella】は冥王星軌道に全22の補給拠点を有している

・西暦2198年の【第一のラッパ】直後、その中の第17基地にて【邪神】と接触、意思疎通を図るも襲撃され、抵抗の末にコレを無力化。その際の生存者はゼイラムのみであった → 後に“第一次【邪神】接触事件”と呼称される

・2年後の西暦2200年、別宇宙からユキが【アクト・ブランシュ】を伴って来訪する8日前に第4基地にて再び【邪神】と接敵。直後に戦闘状態へ移行するも、約30時間の激戦の末に辛勝。生存者はゼイラム含め僅かで、パイロットや砲手は彼を除き全滅 → 後に“第二次【邪神】接触事件”と呼称される

・二度の戦闘により死者は計670名、負傷者は2000名以上の惨事となった

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