1.6、暁鐘・緑玉座
「先輩方ッ!!」
波照間島南の高那崎に設けられたマスドライバー【アラマリヌパー】で宇宙へと上がる輸送船、それに乗り込むユキやポールらに向けて島の財団の屋敷に“お留守番”となった十代前半以下の少年少女達が声を荒げ、彼らの足を止める。
かつてはこの高那崎の岬は、雨季には荒々しく猛るも自然の力を一身に受けた、ある種の観光地であった。だが、かの【宇宙大戦】の折に月面都市【セレーネ】と木星の【ジュピタリス連合群】が地球の資源を求め降下、地球の国家連合と三つ巴の争いとなりその戦禍が今も各地に残っている。軌道エレベーターが在る赤道付近は特に被害が大きく、波照間島もその一つだ。
戦後復興の一環として、南岸は再舗装され宇宙への架け橋となるマスドライバーが星間開発財団【Lex Stella】により建設された。名前は現地の神話である“天災から蘇った新しい生命”から取られている。
「お前らは居残りだっつってんのッ!」
「どうしてですかッ!?」
「私達だってやれます、連れて行って下さい!」
「あのね、仲間外れにする訳じゃないんだよ?ただ、とっても危ないから、ね?」
「そんな事、分かってますよ!」
マヒマが宥めようとするが、彼らは年相応の跳ねっ返りらしく喰い下がる。しかし、それを近濠が一蹴した。
「今回は資源回収でも宇宙開発でも無い。悪いが、16歳以下の未成年の参加は遠慮してもらうよ。尻拭いの宴会なんでね」
「ドクター、俺らだってミレニアムなんだ。戦力になるから誘ったんだろ、アンタが!」
「そうですよ!第一、ルクス卿の娘さんだって未成年でしょ!?」
彼らはL・Dの養子であるリューヌ、ソレイユ姉妹の事を言っている。姉のリューヌは来年20歳になるが、妹のソレイユは若干10歳である。今回の参加条件の一つである17歳以上には満たしていない。だが、あの姉妹には特別な事情がある為に参加するのだが、それは近濠含む僅かな人物しか知らないので言う訳にはいかず、頭を抱えながら不満を吐き出す少年少女に言い聞かせた。
「良いかい?キミ達に何もせず待っていろ、とは言っていないんだ。私達が失敗した時、キミ達が最後の盾となって【邪神】と戦わなければならない。その時にはもう、私達は全員死んでこの世には居ない……情報と状況は随時、秘匿回線で伝えるからそれを基にキミ達はキミ達自身で考え、準備しなければいけない。私も、L・Dも、ポールもマヒマもユキも誰も居なくてもね」
「けどッ!?」
「アンタら、ドクターを困らせちゃダメだよ?」
尚も納得のいかない跳ねっ返りに、雪夏が口を挟んで言葉を続ける。
「ドクターもアタシも、ポール先輩達も皆、アンタらだから安心して後を任せられるんだ。待ってるのは辛いし疎外感もある、分かるよ……でも、アタシらの居ない間、家を任せられるのはアンタ達なんだ。帰る場所、守って欲しい」
「……ッス」
「はい……じゃあ帰って来て下さいね?待ち人来ず、なんて初恋だけで充分ですから」
「頼もしい後輩ちゃんだ、死ぬ気なんて無いからお土産、楽しみにしとけ~?」
「上手いね、雪夏ちゃん」
「ああ言われたらしょうがねぇよなァ……長生きはするもんだぞォ?後は任せたからなァ!」
「カントール……万が一の時はキミに指揮権と決定権が移譲される手筈だ……頼んだよ」
「了解です……そんな時が来ない事を祈ってます」
後輩の自尊心を持ち上げつつ、嘘偽り無い言葉で留守を頼む雪夏にマヒマは感嘆し、ポールもトドメとばかりに彼らへ言葉を投げ掛けた。近濠も自身の助手であるカントールに一切を任せ、固い握手を交わす。その横で若干居心地の悪さを感じながら、見た事の無い光景を眺めるユキを想い人が不可思議に見つめる。
「どしたの?ユッキ?」
「いや、僕の知らない習慣だなぁって」
「どんだけ切羽詰まって……いや、そりゃそうか」
そんな会話をしながら輸送船に乗り、順々に席に座ってシートベルトを締める。地上で運用されている旅客機よりも巨大なエンジンと外観ながら、内装は想像の二回りは狭く、座席も小さい。
窓際にマヒマを座らせ、ユキが隣に座ると彼女が窓の外を指さしながら興奮気味に話し掛けた。
「ユッキー、此処から宇宙までの様子、綺麗だから見ててねッ……席、代わろっか?」
「ううん、大丈夫……そっか、ちきゅーにも重力があるから外に出るのも大変なんだね」
「ユッキの船だってアホみたいにデカかったんだから重力くらいあったろ?」
「あったけど、第一速度までしか加速した事無いから……これで【ゲート】を潜るの?」
「いや、火星軌道に財団の巡洋艦【アビダヤー】と随伴艦が待機している。そいつに乗り換えて【ゲート】を通過……いや、予定表見ただろう?」
ユキの疑問に近濠が答えるも、先日確認したフローチャートを思い出し「そうでした……」と口を一文字に結ぶ。同時に、戦闘に巻き込まれた場合のあれやこれを思い出して自然と力んでしまう。
《さて、と……これから私達は宇宙へ上がり、尋常では無い未知の敵と対峙する。【ゲート】通過後の道中で戦闘と作戦遂行の訓練を実施する予定だ……それでは往こうか、生きる為に》
座席の正面モニターにL・Dが映し出され、これからの抱負と挨拶をしてお洒落に締める……のだがポール、マヒマ、雪夏が順に疑問を漏らした。
「……え、伯爵も来んの?」
「テンション上がっちゃったの?」
「嫌な事でもあったの?」
《ははは、聞こえているからね?》
「「「すんません……」」」
《娘が死地へ行くんだ、偶には父親らしい事もしたくなるものさ》
車椅子が無ければ動けない彼は、泣く泣く別室での同伴となった様子だ。一同、咄嗟に最後尾に座る姉妹へと視線を向ける。
「父がご迷惑をお掛けしますが、皆様よろしくお願いします」
「過保護だのぅ!ねぐれくと?よりはマシだなッ?ハッ!!」
「それ、笑える人とそうでない人、真っ二つに分かれるんで二度と言わないでネ?」
ポールが釘を指すのと同時に、機内アナウンスで離陸10秒前のカウントダウンが始まった。
「ねぇヒマ?マスドライバーって垂直じゃなくてレールに乗って宇宙に行くんだよね?」
――9、8……
「うん、加速して傾斜のレールから宇宙まで飛ぶんだぁ」
――6、5……
「ジェットコースター、てユッキには通じんか」
――4、3……
「……それって、離陸と言うより」
――2……第一ブースター、点火!
ズゾォオッと轟音が響いて急加速し、身体へ強烈な重力加速度が掛かり座席に押し付けられる。
「放り出してるだけじゃんッ!!!」
異界の兵士の叫びと総勢51名を載せて雲を突き抜け、熱圏を超え、地球の重力から解き放たれた輸送船は隣りの星への旅路に就いた。その間、確かにマヒマの言う通り、青い星の大気は美しく、次第に離れて行くその姿は威風堂々と宇宙に揺蕩っており、そこは間違い無く感動すらある。
が、それと初めての大気圏突破は別だ。瞼に焼き付く情景と競り上がる不快感が頭を支配する。
「大丈夫?ユッキー……」
「うぅんむぅ、だいじょッ、むむんッ!?」
「歴戦の猛者も船酔いするんだな……いや、重力酔いか?」
「この、何とも言えない、気持ち悪さ、なぁにぃ?」
――これより、火星軌道まで高速航行で向かいます。到着予定は20日後。それまで、コズミック・ラテの旅をお過ごし下さい。
そのアナウンスと共にベルトサインが消え、各々が無重力の機内を浮かび宇宙を満喫し始めた。「なははー」と笑みを浮かべながらマヒマに背中を擦ってもらう中、小さな窓からユキは生命の源、青い星を見つめ脳裏に刻む。
(みんな……星は本当に綺麗で壮大で、美しいよ……“向こう側”からも見えてると良いなぁ……)
亡き友へ、兵士へ、お世話になった全ての命へ哀悼と弔辞を密かに捧げた。
「地球は生まれ故郷だけど、宇宙に行った友達に会えるのは嬉しいなぁ、いつぶりかな?」
「ンまー、1年と半年くらいか?相変わらず、面倒事ばかり押し付けられてるみたいよ?」
「そうか……そかそか、星間開発の団体だもんね?同僚とか宇宙でそれぞれお仕事してる訳か」
「そそ、大体は無重力化における金属錬成や投資先の企業の衛星開拓や人工衛星の技術提供とかだねィ……貨物輸送も依頼されるけど、初中後救命要請と言う建前のテロリストや海賊狩りをやらされるから、ほぼ全員が「うぇ~」て嫌がるのよ」
「本来の業務は冥王星軌道を拠点に、太陽系外への進出と宇宙資源の確保なんですが、こっちは公に出来ないので……」
「あー、星間人類連盟が信じなくて難癖付けたから?」
「えぇ、それもあって増々公表出来なくなりました」
ユキには政治が分からぬ。ユキは一介の兵士だ。艦載機に乗り、夥しい亡骸を踏み越えて来た。しかし【邪神】に対しては人一倍に敏感であった。後に雪夏は彼をそう評した。
「20日も狭い船に大所帯だから、しばらく我慢だねぇ……」
「そうですね。ポール先輩やユキさんなら安心ですけど、やっぱり同年代の男女が同じ空間で過ごすのは正直、抵抗あります」
「……俺、男」
「い、いえいえ、先輩はやましい事しないって確信ありますから。それに、ユキさんにはマヒマ先輩がいらっしゃいますし?」
「ですって、マヒマ?ユッキ?」
「えっとまぁ、うん……ヒマ、やましーことって何?」
「ユッキー界の性事情どうなってるの……」
そんな会話を聞いた他のメンバーから「俺らだって紳士だよッ!」「えっち!雪夏パイセンちゃんえっち!」「静かにして!立つな!黙ッ鎮まれぃ野郎ども!」等と野次が飛ぶが、嫌悪感は無くどこか親近感すらあるやり取りにユキは「仲、良いんだね~」と微笑んでしまう。
――ご乗員の皆様、これより20時間30分後に月軌道に乗り、スイングバイで【ゲート】へと航行する予定です。天体重力推進1時間前から安全運航の為、シートベルト着用のお知らせを致しますので、ご協力をお願いします。只今の星間標準時間は20時40分、20分後に消灯します。それでは、良いコズミック・ラテの旅を……
機内アナウンスを聞き、各自が携帯端末や時計類の時刻を星間標準時間と合っているか確認しつつ、無人の配膳機が宇宙食を配り始める。それは密封された袋に柔らかいプレート状で入っており、クリーム色、薄緑色、そしてサーモンピンクの3枚であった。それらの表面には順に“Bread”“Salad”、そして“Chicken”と彫られている。
それぞれが雑談をしながら迷い無く口に含んでいく様子を、ユキは不可思議な表情で眺める。彼の横でその困惑を見やって、マヒマは“Bread”のプレートを啄ばみながら説明した。
「うわっへ、ほほひほふぁふぁひんふ!」
「え、何だって?」
「んァ、ユッキにはコレってドクターが」
リスみたいに頬を膨らませた彼女に代わり、プレート宇宙食を一度呑み込んだポールが足元に固定していた鞄から防弾ケースを取り出し、ダイヤル式の電子錠を外し指紋認証を経て開いてから強化ガラスで覆われている容器をユキに手渡す。特にラベルも何も無い容器をまじまじと見つめ、キャップを開けた時にその内容物を理解し、ユキは思わず笑みを浮かべた。
「D・D……【補給液】作ってくれたんだ」
「……そいつが無いと、どうなるんだい?」
「えっと確か……体組織が維持出来なくなって手足も徐々に動かせなくなって、最期はぐずぐずになってボロボロって崩れる」
旧友の問いにユキは、かつて自身の目で見た“成れの果て”を思い浮かべつつ話す。それを聞いていたポールやマヒマ、雪夏らは宇宙食を口に挟んだまま固まってしまうが、トドメと言わんばかりに「人工筋肉と一緒に粘った液体になっちゃうから、ピンク色でちょっと固形物もあったかなぁ」と付け加える。
「……これからは、食事中と寝る前にその話はしないでくれ」
「???分かった……???」
食事の必要が無いユキには理解出来ない感覚であるが、食欲を欠く話題なのでポールが釘を刺す。そんな終始和やかな雰囲気で輸送船は滞りなくその航路を突き進む。
何度か簡易トイレとシャワー室にて利用中に鉢合わせる小さなトラブルがありつつも、肉眼で灰色に淡く輝く衛星“月”が捉えられる距離まで近付き、人類が太古より地上から見上げていた物体に乗員の大半が興奮を隠せない様子で機内が賑やかになっていた。
「ほぇ~アレがあの“月”なんだ……綺麗だね、ヒマ!?」
「……へ?あ、うんッ!!…………ぁ、知らないか……」
「んぁ……?」
こちらのわびさびを知らぬが故の素直な言葉に、裏の意味は無いと気付き若干だがマヒマは落ち込む。「おーやっぱ地上と違って点滅しねぇなぁ」と身を乗り出すポールが感嘆の溜め息を吐くと、その後ろで少し恥ずかしそうに雪夏が無垢な異邦人に倣おうとする。
「えっと、ポール先輩!月がき「雪夏ちゃぁん、月が綺麗だねぇい?」殺すぞ」
「おやおやゼイちゃん」
雪夏の頭に肘を乗せ、嫌味たらしく言いたい事を奪うゼイラムに、彼女は表情を降ろして率直な殺意を伝える。
「それって“私、死んでもいいです”って事ぉ!?」
「手前ェだけだよ死ぬのは」
「なら両想いじゃん、やったぜ」
「ゼイラムくん、どこに居たの?」
唐突に表れた友人に、出発時に姿を見せなかった事も含めユキが訊ねる。だが、彼は飄々と誤魔化すかの様に受け流しつつポールに小さなチップ状の記録媒体を手渡す。
「倉庫かエンジンか、もしくは船底に居たかもねん」
「手ェどけろ!何しに来た嫌がらせかッ!?」
「自惚れんなお前さんは大本命だよ。んで、こっちがついでネ、ほいポール」
「ん、何だいコレ?」
「あぁ……ん?はぁ……あァッ!?」
嫌悪する人物が何を言ったのか、理解するまでに若干の時間を要しやや遅れて怒髪冠を衝かれる雪夏を宥めつつ、ポールは受け取ったチップを携帯端末に差し込んで中身を覗く。
「土星で残りの財団員拾った後の部隊表ね。教導訓練もその割り振りでやるってさ。あと、D・Dが全体発表はまだだから秘密ネだって」
「ほぅん、了解……いや、内緒話ならもう少し声抑えた方良くない?」
「そこそこすぐに分かるんだから問題無くない?」
――ご乗員の皆様、これより月軌道でのスイングバイを行います。今一度、シートベルトのご確認をお願い致します。天体重力推進まで後、1分です。
機内アナウンスが流れ、各自が普段よりもきつくベルトを締め直す中、ふわふわと浮かぶゼイラムは天井の電灯と窪みに手足を踏み入れ楽しそうな笑みを浮かべた。それを見たポールは「全くゼイちゃんは」とベルトを外し、友人の隣りに同じ態勢で並ぶ。
「えっと、二人は何をしてるの?」
「あー……本人に聞いて、ユッキー」
「先輩、危ないですよ?」
「ゼイちゃん、分かっちゃいるけど一応聞くぞ?この遊び、マジで危ないからね?」
「でも好きでしょ?重力ターン踏ん張りごっこ」
「えぇ……」
――ご乗員の皆様、本船はスイングバイへと移行します。加速まで、10、9、8……
「最初にこの遊びしたの、いつだっけ?」とポールが訊ね
――5、4……
「知らね、7歳の夏じゃね?」とゼイラムが答え
――2……加速
「「地獄行きのジェットコースターだァッ!!」」と二人が笑う
身体に掛かる重力加速度に大勢がその場で力む中、天井の二人はふざけ合い、ユキは慣れた様子で座して唸るマヒマの手を握る。
――この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ
【TIPS】
・西暦2200年の日本
近濠が「16歳以下の未成年」と発言している通り、西暦2200年の日本では成人は満17歳以上と民法で制定されている。同時に、飲酒・喫煙・選挙権・被選挙権も満17歳以上から認められている。
・西暦2200年の国際状況
星間人類連盟に日本も加盟しており、21世紀半ばまで存在した国際連合は設立と同時に解体されている。基本的な目的は“国際平和・安全の維持”を始め引き継いでいるものの、人類の版図が土星圏まで拡大した現在では小惑星国家群や非加盟自治領に対し“諸国間の友好関係の発展”を満たしているとは言えず、また宇宙資源の質と量の差から“経済的・社会的・文化的・人道的な国際問題の解決のため、および人権・基本的自由の助長のための国際協力”が成されているとも言えない、問題が山積された状態である。
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