パーティー その4

 これまでの人生で……。

 窮地に陥ったことなど、何度だってある。


 例えば、最初の冒険では、外洋航海中に疫病や反乱騒ぎでひどい目にあった。

 他にも、迷宮内で魔物が巣窟としている玄室に転移させられ、四方八方から不意打ちを受けたり……。

 非合法組織を相手取った時には、三日三晩、休むことなく刺客と追いかけっこをしたりもしている。


 それら、全ての窮地は、今、この時に比べれば……。


 ――生温い。


 ……と、いう他にない。

 ヨウツーはこれまで、手段として逃走を選ぶことはあれど、戦闘そのものを放棄したことは一度としてなかった。

 だが、今は無性に――逃げ出したい。

 しかし、実の娘からは――逃げられない!


「そ、それはどういうことですかな……?」


 まさに進退窮まった状態で、どうにかそのような言葉を絞り出す。

 エリスは、遠くを見るような眼差しになりながら、とつとつと語り始めた。


「血の繋がり、などというものは、そう簡単に表せるものではありません。

 私たち姉妹は、髪も同じ色ですし、容姿だって、そこまでかけ離れてるわけではありませんから」


 ――ソニアよ。


 ――母親似の娘にしてくれて、本当にありがとう。


 心中で彼女の母へ感謝するヨウツーをよそに、エリスが続ける。


「性格は大きく異なりますが、それも、個性の範囲内であり、血筋の違いを感じる部分ではありません。

 その辺りは、五賢人の中でも動物好きで知られる方が、猫や犬の生態に関する論文で触れています」


 ――あの飼い猫の腹へ顔を埋めてるという賢人か。


 ――あんたも、ありがとう!


 ――好きなだけ猫吸いしていていいぞ!


 猫好きな賢人へも感謝するヨウツーはさておき、エリスがいよいよ核心へ触れた。


「ですが、感じるのです。

 日常の中で起こるちょっとした会話や、触れ合い……。

 特に、お父様と話していると、ほんの一寸……皮一枚分の距離を置かれているのが、感じられてしまいます。

 リムちゃんも、理屈じゃなく、肌触りでそれを感じているんでしょうね。

 あの子も、多分、気付いていると思います」


「それは……」


 ふと、思い出されたのが、ギーツ邸で顔合わせした時のやり取りだ。

 あの時、確かジンの奴は、姉を見習うようにリムへ言ったのだったか……。

 それを聞いた時、リムは必要以上に意気をくじかれたというか、大人しくなっていたように思う。


 リムが、エリスと血が繋がっていないことを自覚している。

 その前提をもって考えると、あの態度はどうだったか?

 ……色々と、考えさせられた。


「一番大きいのは、この小指ですね」


 右手のそれを見つめながら、エリスが話を続ける。

 彼女の小指は、伸びることもなく、握られることもない中途半端な状態であり……。

 ふるふると震えていることから、彼女の意思を受け付けずにいることが知れた。


「私、生まれ付き両手の小指が動かせないんです。

 お父様は、そういう体質に生まれたのだろうと仰られましたが……。

 そうでないことは、学院でこっそりと調べてもらって、分かっています。

 これ、呪いなんですよ。

 ひどく強力な……おそらく、シグルーンさんほどの聖職者でも、解呪はできないだろうほどの。

 術式から考えて、私本人ではなく、祖先の誰かしらにかけられたものが受け継がれていると思われます。

 ……ギーツの家系に、心当たりがある人物はいません」


 以前……。

 そう、まだアランが新人冒険者だった頃だ。

 旅先で、連続見立て殺人に遭遇したことがある。

 犯人の非道さへ腹を立てたヨウツーは、アランと一緒にわざわざ殺人のトリックを完全再現し、謎解きを演劇仕立てにした上で追い詰めてやったものだが……。

 あの時の犯人は、こういう心境だったのかもしれない。

 ごめんなさい。もうやりません。


「もちろん、お父様がお父様であることに変わりはありませんし、私はこれからもエリス・ガオシ・ギーツとして生きていきます。

 ですが、やはり思ってしまうのです。

 本当の父親が誰であるのか……自分のルーツが何であるのか……知りたいと」


 そこで、エリスが再びこちらを見上げてきた。


「ヨウツー様。

 お父様と幼馴染みであるあなたは、何かご存知なのではないですか?」


 ご存知も何も、ついさっき真相を知ったところである。

 全身から嫌な汗が吹き出し、特に関係ないはずの腰まで痛み始めた。

 だが、それはおくびにも出さず、ほほ笑みを維持して答える。


「俺も、長く魔術都市を出ていた身ですから。

 お父上本人に聞けることでもないですし、お力にはなれませんな」


 ……危うく、二十年以上離れていた、と告げてしまうところだった。

 そんなことを口にしたら、エリス自身の年齢と符合させていたかもしれない。


「そう、ですか……」


 さして気にしてもいなさそうな口ぶりで、エリスが天を見上げる。


「本当の父親が誰か知る機会だと思ったので、残念です」


 続く言葉は、ひょうひょうとしたもので……。

 ひょっとしたならば、ある程度の確信を得た上で探りを入れてきているのではないかと、ヨウツーを冷や冷やさせた。


「誰の子であるか、気にするな、というのは難しいでしょうが……。

 それでも、あなたにとって唯一の父親はジンであると思いますよ。

 力の試練で、レフィのバカが極大魔術を放った時……。

 彼は、あなたと妹君の身を、第一に考えていましたから」


 ――だから、父親探しはやめましょうね。


 どうにかその方向に持っていこうと、とりあえずそんな言葉を口にしてみる。


「……ええ、そうですね。

 きっと、それが一番なんでしょう」


 エリスは、天を仰ぎながらそう言った後……。

 不意に、こちらへ視線を移してきた。


「では、こきまでの話は忘れて頂いて……。

 もし、よろしければ、お父様が若い頃のお話など、聞かせて頂けませんか?

 多分、相当にやんちゃだったのではないかと思うのですけど……。

 これも、聞いたらはぐらかされてしまうことなので」


「そういうことでしたら、いくらでも話しましょう」


 幸い、ジンの武勇伝はいくつもある。

 それらには、ヨウツーもまた絡んでいたが……。

 自分の活躍については盛りつつ、面白おかしく話してやるのもいいだろう。




--




「……ふん。

 命拾いしたな」


 屋上庭園へと至る入り口……。

 そこへ隠れ潜みながら様子を伺っていた者は、そう言いながら手にした武器に力を込めた。

 その武器は、一見したならば、Sランクの獣人忍者ギンが使っているような忍者刀に見える。

 だが、業物ではあれど、単なる刀剣だったあちらと違い……。

 この剣は、鞘に収まった状態でありながら、禍々しい魔力を感じさせるのだ。


「まあ、まだ機会はある」


 影に潜みし者が、そう言って力を緩める。


「弟の方は、この先いくらでも機会がある。

 だが、兄の方はこれが絶好の好機だ。

 ……必ず、選定の儀を行っている間に殺す。

 この身へ流れる血にかけて……!」


 そう言いながら、男が手にした剣を軽く引き抜く。

 そうすると、鞘の内からドス黒い霧が吹き出し……。

 彼の身を包んで、始めからそこへいなかったかのように消失させたのであった。

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万年Cランク冒険者のおっさんが引退し開拓地で酒場を開くことにした結果、ギルドの冒険者たちがこぞってついてきてしまった件 ~俺が師匠? 何のことです?~ 英 慈尊 @normalfreeter01

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