パーティー その3
「それじゃ、俺はパーティーへ戻るぜ。
魔術公という肩書きは、特権も多いが、それ以上にしがらみが多くてかなわん」
ひとしきり、二人で酒を飲んだ後……。
酒瓶が空になったところで、ジンはそう言い出した。
「そうか。
俺は、そうだな。
もう少し、ここで月でも眺めていくよ」
「結構な量を飲んでいたが、まかり間違ってここで眠ったりなどせんようにな?
それが、永遠の眠りになるぞ」
ジンが言ったのは、魔術都市の酒飲みで共通認識となっている注意事項である。
何しろ、都市のすぐそばに広大なるゴヒ砂漠が存在するのだ。
砂漠というものは、昼こそ灼熱の地獄だが、夜ともなれば、今度は真逆に極寒の世界であった。
そこから吹く風が、魔術都市をも冷たく冷やし、夜間の今は、昼間の暑さが何だったのかと思えるくらいに寒々しくなっているのである。
そんな中で寝てしまえば、凍死する危険は十分に存在した。
「ああ、重々気をつけるさ。
さあ、行った行った。
魔術公様に取り入ろうと、色んな奴が待っているぞ。
ご息女の試練勝利、おめでとうございますってな」
「こいつ、やはり酔っていやがる。
しかしまあ、その分なら心配はないか」
そう言い残し……。
ジンが、この場から立ち去っていく。
後に残されたヨウツーは、しばらく、呆けたかのように星々や眼下の花を愛でたものだ。
もっとも、脳裏によぎるのは、別の事柄であったが。
(託卵……寄生……。
ある種の生物は、自分で我が子を育てることなく、他の生物に託し、これを育てさせるという。
ふ、ふふ……。
まるで、そのような生き物になったかのような気分だ、な)
ヨウツーとて、やろうと思ってそのような状況に陥ったわけではない。
しかし、実際に親であるジンから、何とはなしに許しを得て……。
こうして、エリスという娘のことを思い描いていると、色々と思うところはあった。
主として湧き上がってくるのは――身勝手な話だが――誇らしさ、だ。
力の試練で、エリスが見せたアストラル魔術の見事さ……。
あれを、自分の血を受け継いだ娘が行ったのだと思うと、喜びの感情が湧かずにいられない。
時に、この地上で一人きりのような気分にもなるヨウツーだったが……。
自分とロウクー家の血は受け継がれており、しかも、その豊かな才能を開花させていたのだ。
そこに喜びを見い出してしまうのは、生物としての本能といえるだろう。
かようにして、悦へ浸っていた時のことである。
誰もいなかった屋上庭園に、来訪者が現れた。
「あら、あなたは……?」
「君は……?」
そして、その人物は、かつて愛した女性とよく似た姿をしていたのである。
ギーツ家の家紋が描かれたローブをまとった体は、それでいて、女性らしいラインがしっかりと表れており……。
黒髪は、飾り気なく腰の辺りまで真っ直ぐに伸ばされている……。
年齢は……逆算すれば、23歳くらいのはずだが、顔付きがどこか幼気で、実際の年齢よりも若く感じさせた。
そこに、黒縁の大きな眼鏡が、知的な雰囲気を上乗せさせている。
――エリス・ガオシ・ギーツ。
できれば、直に言葉を交わしたい。
だが、実際に面と向かってみれば、何を話したものか分からない。
そのような相手が、月明かりに照らされ、花々が咲き誇る中を歩いてきていた。
「お父様を探していたのですが、こちらにはおられなかったようですね?」
「先程、パーティー会場へ戻られたところです。
議事堂の中は複雑な造りをしていますから、どこかで行き違ったのでしょう」
娘――そう、娘だ――に向けて、答える。
この程度の内容を口にするのも、何やらとてつもない覚悟が必要となった。
「ですが、これも丁度いいのかもしれません。
ヨウツー・ズツ・ロウクーさん。
あなたとは、一度しっかりと話してみたかったんです」
「これは、光栄ですね。
ですが、俺はネーアン殿の名代に過ぎません。
魔術公候補として、あれほど見事な魔術を披露した才媛相手に、大した話などできませんよ」
「ご謙遜を仰られますね」
特に、断りを入れることもなく……。
エリスが、ベンチの隣へ腰かけてくる。
座る直前、お尻の部分を直すその仕草が、妙な艶かしさを感じさせた。
(いかん、いかん。
何を考えているんだ、俺は……)
彼女を見ていると、どうにもその母親が思い出されていけない。
それは、熱く血潮がたぎっていた時分のヨウツーを、否が応でも呼び覚ますのだ。
「魔術公……お父様が、あれだけ気を許している方を、私は他に知りません。
ロウクーグループといえば、今でこそ、魔術都市最大の飲食店グループとして知られていますが……。
前身は、すでに廃止された地位――守護剣。
そのような縁で、お父様とお知り合いなのですか?」
隣で腰を屈め、見上げてくるようなその仕草……。
これもまた、いけない。
何だかよく分からないが、魔性というものを感じさせる娘である。
思えば、ソニアにもそのようなところがあった。
ちょっと男子と話すと、相手は自分に気があるのではないかと舞い上がってしまうような、そういう態度を取りがちな女性であったと思う。
「まあ、お父君とは、そうですな……。
幼馴染みというのが、一番分かりやすい関係であると思います」
まさか、君の母上を取り合う間柄だったなどとは、言えるはずもなく……。
最も無難な答えを返す。
「幼馴染み、ですか。
いいものですね」
そんな自分に対し、亡き母の面影を強く感じさせる娘は、ぽんと手のひらを合わせてにこやかに笑った。
そういった、所作の合間にも……。
よく見れば、小指がぎこちなく震えているのを見て取れる。
本来なら、相手を不幸のどん底へ陥れるための呪いであるのだが……。
呪いの儀式を執り行ったゴヒ民族の祭司も、まさか、このような繋がりを認識させることになるとは、夢にも思わなかっただろう。
「私の場合、生まれた時にはお父様が魔術公の地位にいましたし……。
その、言いにくいことですけど、両親が結婚した時には、もうお腹の中に私がいたらしくて……。
色々と周りから距離を置かれがちに感じてしまうことが多いですから、そのような関係は羨ましく思えます」
「お立場を考えれば、そのようなこともありますか……。
ご家族とは、どうなのですか?
妹君や、父君とは?」
「リムちゃんとは、仲の良い姉妹をやれていると思います。
ただ、そう……。
やれている、という感じですね」
「どこか距離を感じると?
魔術公選定の儀が理由ですか?」
「それもあります。
私たち姉妹は、幼い頃から頭角を現して、次の魔術公候補間違いなしと言われていましたから。
ただ、それ以前の問題として……。
私たちは、父親が違うのです。
多分、ですけど」
何気なく放たれたその言葉……。
それが、ヨウツーの心臓を跳ね上げた。
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