パーティー その2
昼に見る花というのも、美しいものだが……。
夜に見る花というのは、また、格別の味わいがあるものである。
密やかな月と星の光に照らされながら、冷え切った砂漠からの風に揺らされる姿は、一種の神秘性すら感じさせた。
だが、ヨウツーがジンと共に議事堂の屋上庭園へ訪れたのは、残念ながら花の美しさを堪能するためではない。
ある疑念について、確証を得るためだったのである。
「ジン……。
お前の娘……そう、上の娘だ。
エリスという、あの娘についてなのだが……」
誰かと話をしていて、ヨウツーが言い淀むというのは、珍しいことだ。
だが、今回ばかりは、致し方がなかろう。
この予測が当たっているならば、エリスは……。
「先にも述べた通り、エリスは俺の娘だ。
……が、お前が聞きたいのは、そういう答えではあるまい?
ずばり、血縁上の親が誰であるかということだろう?」
パーティー会場から失敬してきた酒瓶を弄びながら、ジンが問い返してきた。
「ああ」
ヨウツーとしては、うなずくのみ。
そして、続く言葉は予想した通りのものだったのである。
「あの子にとって、血縁上の父親は……。
まあ、俺の目の前にいるな」
「やはり、あの小指はゴヒ民族の呪いか……!」
ヨウツーが言及したのは、戦いの中でエリスが見せた小指の震えであった。
短杖を握りしめようとしつつも、どうにも力が入っておらず、震えるだけだった小指……。
ヨウツーは、生まれた時から同様の症状に悩まされ続けてきたのである。
「それにしても……いや、そうか」
何を言ったものか迷う自分に、ジンが軽く肩をすくめた。
「やればできる。いい言葉だな。
生命というものの成り立ちを、端的に表している」
「まあ、確かに、な」
ヨウツーとジン……。
そして、エリスの母親――ソニア。
三者の関係はなかなかに複雑であり、簡単に表せるものではない。
ただ、小指の呪いを解くべく、魔術都市を旅立つ直前……。
やればできる、という言い方は下品だが、ともかく、子供ができるようなことは一度だけしていた。
ヨウツーにも青春時代というものは、存在したのだ。
そして、その後、迷宮都市で冒険者となり……。
最初の冒険で別大陸に旅立ってから戻ったところで、ジンが無事に魔術公となったこと、その妻としてソニアが向かえられことを知ったのである。
そこで、ヨウツーの中では何かが終わっていたのだが……。
そう勘違いしていたのは、自分だけだったのだ。
「……なるほど、ヨミの奴と折り合いが悪くなるはずだ」
嘆息と共に、どうにかそのような言葉を吐き出した。
思えば、随分と思わせぶりな言い方をしてくれたものだ。
故郷を離れた兄の娘――つまり、ヨミからすれば姪になる――を、自分の子供として育てているのである。
それは、お互いに接し方で困るというものだろう。
「なあ、ジンよ。
俺は……」
「他人でいいだろう。
まさか、今さら父親として名乗り出るつもりもあるまい?
心配するな。
あの子はロウクー家の呪いについて知らないから、関連付けて考えることもないだろうさ」
「そう、か……。
いや、そうだな」
どっかりと、ベンチに腰かける。
何やら、ひどく疲れていた。
「……そういえば、あのジジイが言っていたな。
行かなければ、死んでからあの世で後悔することになると。
これを見越していたか。
当然、あの爺さんは勘付いているんだろう?」
リプトルで師ネーアンが言っていた言葉を、思い出す。
なるほど、この事実を知らずに死んでいたなら、それはあの世で後悔するに違いない。
難点があるとすれば、知ったところで、また別の後悔に見舞われるということだろう。
「それは、まあな。
教えたというわけでは、ないが……。
五賢人は、ロウクー家にかけられた呪いのことを知っている。
あの子が、生まれつき小指に不自由を抱えていると知れば、すぐに考えは結び付くさ」
「なるほど。
で、ヨミの奴も気付いていると。
考えてみれば、エリスの話題になった時、あいつは何か言いあぐねていたからな」
「そうと気付いていて、特に干渉してくることもないから、助かっているよ。
出来た弟じゃないか」
「ああ。
妙なパーティーとか開いたりしなければ、より完璧だ」
「寂しいんだろうよ。
……あれだけの飲食グループを、立ち上げてるんだ。
縁談などいくらでもあるだろうが、あえて身を固めていないのは、何か考えがあるからだろう。
かとといって、発散しないままでもつまらんだろうからな」
「考え、ね。
まあ、あいつの人生だ」
もしかしたら……。
もしかしたら弟は、ロウクー家の呪いが外部に露見することを、恐れたのではないだろうか?
ヨウツーもヨミも、幼少時は徹底的に外部との接触を絶たれ、吸着の魔術を使った小指のごまかし方を叩き込まれたものだ。
全ては、戦闘者としての致命的な弱点を隠すためである。
ただ、当時のロウクー家はまだ守護剣という地位を諦めていなかったが、今は事情が異なった。
同じように隠そうとしても、徹底するのは無理があるだろう。
そうして、ロウクー家の人間は小指が使えないという事実が露見したら……。
エリスは、いや、エリスのみならず、周囲の人間も、彼女の血へ秘められた秘密へ気付くに違いない。
何しろ、エリスに子供が生まれれば、その子も小指が不自由なのだ。
ロウクー家の子供は、生まれつき小指が扱えず……。
エリスの子や孫も、同じように小指へ力が入らない。
二つの事実を結び付けるのに、そう柔軟な発想力は必要なかった。
「……はあ」
――俺は、どこまで周囲に負担を。
そのような言葉が、溜め息へ変じて漏れ出す。
「まあ、飲め。
そして、忘れろ。
俺も、折を見て伝えるつもりでいたことだったが、本当に伝えるだけだ。
それで、どうにかしてほしいことは、何もない」
ベンチの隣へ座ったジンが、そう言って酒瓶を差し出してくる。
ヨウツーはこれを受け取ると、逆さに向けてラッパ飲みをした。
若い時にやったような、無茶な飲み方だ。
若かりし頃に起こしたことを知った今には、丁度よい。
「――ふう。
どうにも、忘れられる気がせんな。
こんなにも酔いが回らないのは、初めてだ」
「ふ……。
まあ、忘れろと言われて、忘れられることでもないか」
酒瓶を返されたジンが、自分ほど豪快にではないが、瓶から直接に酒を飲む。
それから……。
二人の父親は、そうやって酒瓶を渡し合いながら、しばらく酒を楽しんだのであった。
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