パーティー その1
魔術公選定の儀は、力の試練、知恵の試練、祝福の試練の計三つに分かれているが……。
その中で、最も派手で分かりやすく、かつ、民衆に公開されるのが力の試練であるため、ある意味、最初にして主役の試練であるといえる。
興行としても意味合いは大きく、闘技場を満員にするほどの客が落とす金は、都市にとってそれなりの利益であった。
儲けが出れば、それを還元するのは世の習い……。
従って、力の試練が終わった後には、奮闘した関係者たちを労うための大規模なパーティーを催すのが、通例となっているのである。
今は、まさにそのパーティーが行われている真っ最中であり……。
議事堂内に存在する宴会場は、多くの職員や議員たちによって、大いに賑わっていた。
立食形式の会場内で、参加者たちが語り合うのは、やはり、本日行われた試練の内容についてである。
あんまりにもあんまりだった結末については、皆、あえて触れないようにしているが……。
その前に行われた三つの激突……。
ことに、魔術公候補たる姉妹の直接対決については、やはり、皆が熱を入れて語り合っているのであった。
「やはり、エリス嬢のアストラル魔術は頭一つ抜けていましたな。
術式の繊細さと高度さにおいては、あの頭がマジでおかしいエルフ娘の魔術すら、遥かに凌駕している」
「いやいや、あと少しのところまで追い込まれこそしましたが、汎用性という点において、エリス嬢の披露したゴーレムは上回っているのではありませんかな?
もちろん、クソッタレなイカレポンチエルフの魔術とは、比べるべくもありません」
勝敗そのものより、両者が使用した魔術について話が盛り上がるのは、流石魔術都市の住民たちといえるだろう。
尚、事あるごとに心底からの罵倒を加えられている災害のごときエルフ娘は、ヨウツー直筆の『私は馬鹿です』と書かれた紙を顔に貼られて、ホールの隅で正座させられていた。
「……納得いかない」
ぼそり、と……。
正座中のバカエルフがつぶやく。
そして、貼り付けられた紙を剥がすと、やおら立ち上がりながら叫び出したのだ。
「納得いかないわ!
あたし、出場した選手よ!?
しかも、勝ったチームの!
それが、何で皆が美味しそうなお酒と料理を楽しんでるのを尻目に、正座してなきゃいけないのよ!」
「はい、お座り」
「――きひんっ!?」
ギンがちょいと印を結ぶと、レフィは再び元の姿勢へと戻る。
よく見れば、獣人少女の影は細く伸びてバカエルフのそれと繋がっており……。
どうやら、これを介して体の自由を奪っているのだと推測できた。
「おお、そろそろ騒ぎだ出す頃かと思ったら、案の定か」
大皿に油気が少ない肉料理をこんもりと盛り付けたアランが、話しかけようとする者たちを振り切ってやってくる。
「ギン。
済まないが、しっかり縛り付けておいてくれ。
あれだけの騒ぎを起こした上で、パーティー会場でまで暴れられてはかなわん」
同じく、参加者たち――主に胸元へ吸い寄せられた男性だ――へ話しかけられていたシグルーンが、それを打ち切って合流した。
余談だが、アランはタキシード姿、シグルーンはドレス姿となっており……。
筋肉で布地がはち切れそうなアランはともかく、胸元が大胆なデザインのものを着用しているシグルーンは、それは男性に大人気だろうとうなずかせられる。
「まあ、わたしは、あまり話しかけられたりするのが好きではありませんから。
こうして、料理を食べながら番をしていることにします」
普段と同じ、やや露出過多な忍者装束のギンが、手にした皿に載せられた唐揚げへフォークを突き刺す。
彼女の取り皿には、唐揚げやお寿司の他、小さく切り分けられたケーキも載せられており、いっそ清々しいくらい欲望のみで彩られていた。
「そういえば、アイサたちはどうしたんだ?」
料理は手にせず、ワイン入りのグラスのみを手にしたシグルーンが、ふと周囲を見回す。
アイサ、ベニー、クレアのモブ忍者三人は、基本、ギンの周囲にいるのだが、今はその姿が見当たらない。
「いい機会なので、ヨミさんから借りたドレスを着てパーティーに参加しています。
ああ、あそこにいましたね」
ギンに言われて会場内を探すと、なるほど、田舎娘なりに着飾った三人娘が、ナンパされて困っているのを確認できる。
「ふむ……。
あれは、助けてやるべきなのか、どうか……」
「放っといていいんじゃねえか?
自分の身を守れる程度には鍛えられているし、ああいうのも経験だろう。
それに、ドレス姿を褒められるなんざ、初めてだろうしな。
そんなに悪く思ってもいなさそうだぜ?」
アランが言った通り、三人娘は困っているようだが、どこか嬉しそうでもあった。
師匠であるギンとしても、別段、女性としての幸せを追求することに否定的ではなし。
これは、放っておいてよい事柄だろう。
「納得いかない……。
あたしも、ドレス着てちやほやされたい。
お酒飲んで、お料理食べたい」
「諦めろ。
そもそも、お前は酒を飲むのではなく、飲まれるだろうが。
どんちゃん騒ぎして、貴人たちに引かれるのが関の山だぞ」
なおも言い募るレフィへ、シグルーンが言い聞かせていたその時だ。
「その……ちょっといいかしら?」
カクテルドレスというやつだろうか?
オレンジを基調とした可愛らしいドレス姿のリムが、料理の載った皿を手に現れたのである。
「これは、リム殿」
「いいんですか?
あなたは、パーティーの主役では?」
シグルーンと共に迎えると、リムは照れ臭そうにツインテールの黒髪をいじった。
「別に。
おじさんたちとばかり話していても、つまらないんだもの。
お姉ちゃんは他の人たちに捕まってるし、パパはあんたたちのリーダーとどっか行っちゃったし。
それで、チームの人たちと話したいからって、抜け出てきたの。
――ほら」
そう言いながら、リムがフォークで突き刺したミニハンバーグを差し出す。
差し出したのは、正座させられているレフィだ。
「え? いいの?」
何しろ、ギーツ邸では張り合い、試練の最中にも言い合っていた間柄である。
料理を持ってきてくれたという事実に、流石のレフィも驚いているようだった。
「まあ、せっかくロウクーグループが張り切って用意した料理だし?
食べられないでいるのも、かわいそうかと思って。
それに、まあ、あんたの魔術……悪くはなかったわよ」
「おれはひでえ目にあったけどな」
頬を赤らめながらリムが告げた言葉に、もっさもっさと肉料理を頬張るアランが付け足す。
本当にひどい目にあっているので、その言葉には説得力がある。
そんな彼はさておき……。
「ほら、さっさと食べなさいよ。
チームメイトがちゃんと食べないで力を発揮できないんじゃ、アタシだって困るんだから」
リムは、なおも照れ臭そうにしながら、グイグイとミニハンバーグを突き出す。
照れ過ぎて本人の方を見ていないため、ハンバーグはレフィの頬へと押し付けられていたが……。
「あ、ありがてえ……!
ありがてえ……!」
それも気にせず、レフィがハンバーグへかじりつく。
よほど腹が減っていたのか、咀嚼しながら涙まで流す始末だ。
「他に食べたいものがあったら、言いなさい。
取ってきてあげても、いいから」
そっぽを向きながら、告げるリム……。
これは、友情が芽生えた瞬間なのかもしれない。
友情と、いえばだ。
(先生は、魔術公とどんな話をしているんでしょうか?)
レフィの拘束はしっかり維持しつつ、旧友と二人で姿を消したヨウツーに、思いを馳せるギンであった。
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