力の試練 その7
闘技場内でレフィが放った極大魔術……。
それは、試練で戦う闘士たちのみならず、この場へ駆けつけた観客たちにも甚大な被害をもたらした。
地上に生み出され、そして爆ぜた太陽のごとき輝き……。
それが、無防備に見ていた者たちの目を焼いたのだ。
『み、皆さん大丈夫でしょうか!?
私は目を焼かれてしまい、正直実況どころではありません!
何という――強大な魔術!
これが、Sランクにまで上り詰めた魔術師の全力であるというのかっ!?
ですが、ご安心下さい!
闘技場内は数十人からなる魔術師の結界によって遮られており、いかなる強大な魔術をもってしても、観客席へ被害が及ぶことはありません!
それは、日々行われる戦術魔術の運用実験でも証明されて――』
――ピキッ。
観客というよりは、自分を安心させようとしているかのような実況者の言葉……。
それを裏切るように、何かにヒビが入ったかのような……。
どこか、破滅的な音が場内に響いた。
これが、たった今語られた結界が限界を迎える音であることは、誰にとっても明らかであり……。
――パリーン!
まるで、ガラスが割れるかのように、魔術都市が誇る鉄壁の結界は、その頂点部を崩壊させる。
――ドオッ!
次いで、そこから噴出するのは、圧倒的な熱と衝撃の奔流だ。
内部の水を沸騰させたやかんの口から、激しく蒸気が噴き出すように……。
逃げ場を得た極大魔術の破壊力は、結界の頂点に空いた穴から吹き出し、遥か上空へ向けて抜け出していったのである。
「あのバカッ!
――うぐっ!?」
ヨウツーは、椅子から尻を浮かせようとして、身悶えしていた。
ここしばらく、弟ヨミが経営する飲食店でバイトなどをし、穏やかに温存されていた彼の腰であったが……。
驚きに身を捻りながら立ち上がろうとした結果、またも痛めてしまったのである。
「え、エリスはっ!?
リムは無事なのか!?」
同時に、ジンも立ち上がりながら、闘技場内の様子を見守った。
闘技場の中は、敷いていた砂漠の砂が破壊によって巻き上げられ、砂嵐のような有り様となっていたが……。
徐々に、徐々にとそれが晴れ……破壊された結界内の状況も明らかとなってくる。
『はあっ……はあっ……。
さ、さすがに疲れたわね……』
最初に姿を現したのは、場内の空中に浮遊しているレフィだ。
無尽蔵の魔力も、流石に底を突き始めたか……。
頼りなく地上へと下りて、膝に手をつく。
同時に、地上部の砂嵐も収まり始め……。
残る者たちの姿も、明らかとなった。
『さ、流石にかなり痛えな……!』
そう言ったのは、戦士――アラン・ノーキン!
彼は、両腕を大きく広げて後方を庇うようにしており……。
漆黒の鎧は前面部が下地の衣類ごと砕け散って、ボロ布に金属塊を取り付けたかのような状態となっている。
その全身には、熱衝撃波による火傷と打撲の跡がくまなく存在したが……。
しかし――健在。
ともかくも、健在であった。
『せ、戦士アラン・ノーキン!
あれだけの魔術を一身に受け止め、見事に生き残っている!
何という頑強さ! 何という生命力か!
聖騎士の加護と忍者の術による防護も加わっていたとはいえ、とても人間には思えない!』
実況のお姉ちゃんが叫ぶと同時に……。
アランの背中へ隠れていた者たちが、ひょっこりと姿を現す。
『い、今のは本当に死ぬかと思ったぞ……。
レフィ! お前、使っていい魔術とそうでない魔術の区別がつかんのか!』
『そうですよ!
所構わず大規模な魔術を使って……。
竜迷宮に出禁を命じられたのは、もう忘れてしまったんですかっ!?』
猛抗議する聖騎士シグルーンと忍者ギンは――無傷。
その体には、一切の外傷がない。
アランがその身を盾として、後ろの者たちを守り抜いた結果であった。
『リムちゃん、無事……?』
『ど、どうにか……。
何で無事なのか、自分でもよく分らないけど』
次いで、エリスとリム……ギーツ家の姉妹が、互いの無事を確かめ合う姿も明らかとなる。
もはや、力の試練がどうこうという状況ではない。
エリスは心底から心配そうに妹の肩を掴んでおり、リムの方は、呆然とした様子で立ち尽くしていた。
『――無事です!
試練の参加者は、全員が無事!
これだけの破壊が巻き起こった直後とは、とても思えない光景が広がっています!』
実況のお姉ちゃんがそう言うと……。
闘技場内に、安堵の空気が流れる。
別段、誰も凄惨な光景が見たいわけではないのだ。
『し、しかし、これはどうすればいいんでしょうかっ!?
結界も砕け散ってしまいましたし、とてもではありませんが、試練を続行する空気ではありませんが……?』
実況のお姉ちゃんが放った、伺うような言葉……。
それで、闘技場内の視線が一斉に貴賓席へ注がれた。
より正確にいうならば、貴賓席の中央で椅子から腰を浮かすジンへと、注目が集まったのだ。
「え?
いや……そうだな……」
明らかに判断を求められている場面だが、このような局面は、長き魔術都市の歴史において存在しない。
と、いうより、ブチギレた魔力バカによる結界完全消滅寸前の極大魔術行使など、後にも先にもこの一回だけであってほしかった。
「……どうしよう?」
困り果てたジンがこちらを見たが、どうしようと聞かれても困る。
災禍――そう、災禍だ――を巻き起こしたのが身内ということもあり、ヨウツーとしてはコメントのしようもなかった。
ならば、現職の魔術公としてバシッとした裁定を下すことに期待する他なく……。
誰も何も言わずにいたところで、係官が音響用の魔道具をジンに差し出す。
「あー……。
今回の力の試練だが……」
何を言ったものかは分からないが、とりあえず口を開く。
ジンが、半ば本能的な行動を取ったその時である。
『――ああっと!?
こ、これは……!
戦士アラン・ノーキンが……!』
実況のお姉ちゃんが漏らした言葉で……。
闘技場内の視線が、貴賓席から再び闘技場へと移った。
そして、人々は見たのだ。
核融合爆発という、無限大に近しい破壊力を受け止めたアラン……。
その体は、確かに無事である。
だが、彼がいかに常識外れの頑健さを有しようとも、装備まではどうか?
ボロッボロの布切れに破壊された金属が張り付いているという状態だった、彼の装備……。
それは、とうとう最後の力を使い果たし……あえなく重力に負け、落ちてしまったのだ。
もし……。
もしも、だ。
ズボンだけでも……。
いや、ズボン全体でなくとも、腰回りだけでも無事であったならば……。
悲劇は、起きなかったに違いない。
だが、現実とは常に無情なものであり、奇跡とは、起きないからこそ奇跡なのである。
要するに、アランは鎧のみならず、シャツからズボンからパンツまで、ものの見事に脱げさりスッポンポンとなっていた。
そうすることで露わとなったのは――始まりの大蛇。
この世がまだ今の形をしていなかった頃に現れ、生命を生み出しだとされる始原の大蛇だ。
……えー、ありていにいってしまうとである。
――アランの下半身が、丸出しとなっていた。
『――よっしゃあ!』
実況のお姉ちゃんが、いつになく熱くシャウトし……。
――キャー!
――いやあっ!
――うほっ!
闘技場中から、それぞれなりの反応が返る。
「――それまで!
不浄負けにより、エリス陣営の失格!」
ここぞとばかりに、魔術公ジン・ガオシ・ギーツは言い切った。
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