力の試練 その6

「だだだだだだだだだだっ!

 だだだだだだだだだだっ!」


 よく舌を噛まないものだと、妙な感心をしてしまうくらいに「だ」を連発しながら……。

 空中に浮かんだレフィが、ねじくれだった杖の先から、恐るべき速度で魔力弾を連発してくる。

 先程から、かまいたちを生じさせたり、爆炎を放ったりと、色々な魔術を使ってきた彼女であったが……。

 連発する内に、ラインナップを考えるのも面倒になってきたのか、さっきからはもっぱらこの魔力弾を連発してきていた。


 派手に光弾を撃ち放つこの魔術……。

 通常ならば、さほどの脅威ではない。

 何しろ、魔力に性質を与えず、ただ闇雲に撃っているだけなのだ。

 それが有効な攻撃手段となるならば、世の魔術師は、炎の矢だの氷の矢だのを発射する魔術に傾倒したりなどしないのである。


 ただし、それは通常の魔術師が行使した場合の話……。

 レフィほどのバカ魔力でこれを使っているのだから、直撃すれば、相応の手傷を負わされることは覚悟しなければならない。

 しかも、ただ魔力を弾にして発射するだけなのだから、その発動速度たるや尋常なものではなく……。

 結果、ギンは自身の影を龍に変じさせて使役し、守りに使うのが精一杯で、反撃の糸口を見い出しかねていたのであった。


「ああもう!

 さっきから、こっちの攻撃を防いでばっかりで!

 さっさと当たりなさいよ!」


 魔力弾の連射は止めないまま、理不尽な文句を空中から告げてくるレフィである。


「嫌に決まってるじゃないですか!

 大体、さっきから思ってましたが、この試練は相手を殺したら駄目だってこと、理解していますか!?

 あのかまいたちとか、わたしが防いでいなかったら、エリスさんは大怪我してましたよ!」


「何よ! 防いでたからいいじゃない!」


 都市代表者の娘に大怪我させる寸前であったというのに、清々しいくらいの結果オーライな思考だ。

 レフィというエルフ女に、過去はない。

 あるのは、未来だけである。

 ……当然、悪い意味で。


「とにかくもう!

 さっさとやられちゃいなさい!」


 空中浮遊――何で意味もなくパンツ見せながら宙に浮かんでいるんだろう?――に、杖からの魔力弾連射。

 それに加えて、さらにレフィが左手をうごめかす。


 ――三重の魔術行使。


 さっきから、ちらりとエリスの戦いぶりは見ているが……。

 あのような、洗練された術法による多重技ではない。

 ただただ、力技。

 汲めども尽きぬ魔力の井戸であるレフィは、魔力の消費など度外視して、強引に魔術を放つことができるのであった。


 無論、技工によるところではないから、そう複雑な術ではない。

 今回でいくと、三つ目の魔術として放たれたのは――単なる水の生成。

 ただ、その規模が生半可なものではない。


 通常、この術は旅先での真水確保が困難な場合に使用するものであり、決して戦闘に用いれる代物ではないのだが……。

 レフィが使ってみせれば、無から激流が生じる。

 圧倒的な質量を誇る水が、ただ生み出され、全てを押し流すべく襲いかかってくるのだ。


「――ちいっ!」


 にわかに生じた瀑布の水撃……。

 これに、あっさりと飲み込まれるほどギンは未熟ではない。

 ただ、影を変化させて生み出した龍は、連射され続ける魔力弾の対応で手一杯であり……。

 厄介なのは――事実。

 ゆえに、龍を維持するため片手で印を結んだまま、大きく跳躍した。


「おーほっほっほ!

 ついに隙を見せたわね!

 どれだけ動きが俊敏だろうと、空中では無意味!

 迂闊に跳んだことを、後悔するがいいわ!」


「レフィさんって、たまに高笑いキャラになりますよね」


 勝ち誇るレフィとは対照的に……。

 ギンは余裕を維持したまま、空中でそう答える。


「――黙らっしゃい!

 食らうがいいわ!」


 そんな自分に対し、レフィは魔力弾で影の龍を牽制しつつ、再度の三重魔術行使に及んだ。

 此度、放たれたのは生雷の魔術……。

 通常ならば、術者の手元に小さな稲光を発生させて終わるという雷撃系魔術の初歩である。

 だが、それをSランクにまで上り詰めた魔術師が使うと、こうなるのか……。

 それなりに距離があるギンのすぐそばで、天空から降り注いだかのごとき雷が発生したのだ。


 ギンの全身は、たちまち稲光に包まれ……。

 そのまま、黒焦げとなって地上へ落ちていく……。

 焦ったのは、術を使用した当人であるレフィだ。


「え!? 嘘でしょ!?

 だって、いつもならこのくらい――」


「――はい、変わり身ですよ」


 答えたのは、ギンが使役していた影の龍である。

 いや、それはもはや、龍ではない。

 動揺したレフィが、魔力弾発射を止めたその隙に……。

 内側から弾けて、傷一つないギンがその姿を現したのだ。


「忍法――影手裏剣!」


 ついでに、弾けた影を十字手裏剣の形に変化させ、いくつも撃ち放つ。


「――ちょおおおおおっ!?」


 レフィはこれを、自身の周囲に風を発生させることで防いだのであった。


「危ないじゃない!

 それと、心配させないでよ!

 死んじゃったかと思うじゃない!」


「何でそんな危ない技を、身内に向かって使うんですか……」


 水浸しとなった砂の上に着地し、半眼となりながら言い返す。


「だって! 生半可な攻撃じゃ、すぐに避けるか防ぐかしてくるんだもの!

 大人しく攻撃を喰らうなら、こっちだってしょぼい魔術で攻撃するわよ!

 こう……周囲の大気ごと氷結させたりとか!」


「それ、相手は死にませんか?

 まあでも……」


 余裕を表すように、腕組みする。

 その上で、こう言ってやったのだ。


「どうぞ、遠慮なく攻撃してくるといいですよ。

 レフィさんごときの術を喰らうようでは、商売上がったりですから」


「――ブチリ!

 ……言ったわね」


「自分で堪忍袋の尾が切れた音を表現する人、初めて見ました」


 こちらのツッコミが、聞こえているのかいないのか……。

 わなわなと肩を震わせたレフィが、愛用の杖を掲げた。

 すると、彼女の内包する魔力が、周囲で竜巻のごとく渦を巻き……。

 風圧……いや、魔力圧か。

 それで被っていた三角帽子を飛ばすと、特徴的な黒髪を重力に逆らい逆立てさせたのである。

 なお、当然ながらスカートは上にめくれ放題であり、何かというとパンチラする女であった。


「こうなったら、奥の手を見せてやろうじゃない!」


 彼女が杖をかざした先に生まれたのは――太陽。

 超極小規模の恒星と称すべきものが、ただ一人の魔術師によって、ここへ生み出されつつあるのだ。


「以前、迷宮都市で発見された古文書に書かれてたかくゆーごー? っていうのをやる魔術。

 ヨウツーには絶対に使うなと言われてたけど、今、この場で見せてやるわ!

 どうなるのか、あたしも使ったことないけど!」


「先生が使うなと言った時点で、ろくなことにならないんだから、使わないで下さい!

 ――ああもう!」


 気がつけば……。

 シグルーンやアラン、ギーツ家の姉妹も動きを止め、レフィの方を見上げていた。

 それほどまでに、発動しつつある魔術の破壊力は絶大であり……。

 今、こうしている状態でも、恐るべき熱が感じられるのである。


「おおうりゃあ!」


 音すら置き去りにするほどの速度で、アランが自慢の大剣を投擲した。

 それは、空気抵抗も何もかも無視し、瞬間移動じみた速度で一直線にレフィへ迫ったが……。

 しかし――無駄。

 おそらく、防壁を生み出すことまで加味した攻防一体の魔術なのだろう。

 Sランク戦士が放った地上最強の投擲攻撃は、無形の壁に阻まれ、弾き返される。


 だが、こんなものは――時間稼ぎ!


「全員、おれの後ろに集まれ!」


 彼の号令に従い……。

 シグルーンは、リムの拘束を簡単に聖剣で切り裂き、抱えた彼女ごとアランの後ろに位置取った。


「――きゃっ!?」


「――失礼っ!」


 ギンもまた、エリスを抱えてアランの後ろに隠れる。


「――神よ! 防護の加護を!」


「――忍!」


 同時に、シグルーンはあらん限りの加護を神に祈り、自分は影で周囲を包み込んだ。

 これこそは、自分たちにとって、最大の防御技……。

 仲間の力を結集して行う、最高最強の守護技である。

 すなわち……。


「「「――アランシールド!」」」


 視界が、白色に染まった。

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