力の試練 その5

『――出たあっ!

 エリス・ガオシ・ギーツさんが得意とするアストラル魔術だあっ!』


 エリスが発現した魔術を受けて……。

 待っていましたとばかりに、実況のお姉ちゃんが解説を開始する。


『魔術都市の住民にとっては説明不要かもしれませんが、今は一生に一度あるかないかという魔術公選定の儀!

 よそから来られたお客様も多いと思いますので、不肖このわたくしが解説させて頂きます!

 ――アストラル!

 それは、あらゆる人間に備わっている精神の形! いわば心そのものです!

 そのありようは、心の持ち方次第によって変幻自在! 様々な形を取ることが可能!

 エリスさんが扱っているアストラル魔術は、それを精神世界から現世に顕現させ、力ある存在として振る舞わせる術なのです!』


 お姉ちゃんの解説を受け……。

 おそらくは、都市外部から来たのだろう一部の観客たちが、感心の声を上げた。

 エリスが足元から生み出し、自身の周囲に展開させている光り輝く獣尾……。

 一つ一つが意思を持つかのように揺らめくこれは、一種の神聖さを感じさせる代物である。

 それが、年若い娘の精神が形を変えたものであると聞いて、ますます、驚きが深まったに違いない。


『そのような素晴らしい術ですが、自身の精神を顕現させるという特性上、通常ならば、使用中は術者が意識を失ってしまうという欠点があります!

 エリスさんがすごいのは、まさにここ!

 自分の意識を失わないばかりか、精神体を複数に分裂させ、自由自在に使役することができているのです!

 しかも、一つ一つが、リムさんのゴーレムから放たれた怪光線を寄せ付けない強力さ!

 エリスさんが魔術公候補として推薦されたのは、古代文明の印刷機を解析した功績によるものですが……。

 実戦においても強い強い!

 さすがは、ギーツ家が誇る才媛であると言えるでしょう!』


「ふふん……」


「お前が得意そうにする気持ちは、分かるがな。

 民たちの目線もあるんだ。

 あまり、親バカなところを見せるな」


 間に賢人たちを挟みながらも、得意げな視線を向けてきたジンに、苦笑いしながら返す。

 だが、実況のお姉ちゃんが大興奮する気持ちも、ジンが親バカを丸出しにする気持ちも――分かった。

 今まさに、レフィが見せているような魔力にものを言わせた爆撃とは全く異なる。

 まさに――巧者。

 卓越した技術によって生み出される高度な魔術が、エリスの使用するそれであった。


『くっ……』


 歯噛みしたリムが、再度手にした短杖を振るう。

 彼女の操る球体型ゴーレムたちは、またも、ハチドリのごとき俊敏さで位置取りを変え、眼光から怪光線を放ったが……。

 これが――通じない。

 エリスの展開したアストラル体が、やはり自由自在にうごめき、そのことごとくを飲み込んだのである。


 そして、エリスの魔術は防御だけに留まらない。

 突如、空中に光り輝く柱が生じたと思ったら……。

 それは、球体型ゴーレムの一つを押しつぶし、闘技場へ敷かれた砂の上へ縫い止めたのだ。


『おお! エリスさんが、獣尾とは別のアストラル体を生み出し、反撃に打って出た!

 何しろ、精神が形を得たものなので、質量はないはずなのですが……。

 まるで、神殿の柱をそのまま切り出してきたかのように、リムさんのゴーレムを押しつぶしている!

 それに耐え抜いているゴーレムの耐久度も素晴らしいが、これはもう、完全に動きを封じられたかっ!?』


 実況のお姉ちゃんが言う通り……。

 アストラル体の柱に潰されたゴーレムは、なおも浮遊しようともがいているようだが、どうにも力不足で、それがかなわずにいるようだった。

 これはもう――創造。

 無から有を生み出し、あらゆる事態に対処できる柔軟さが、エリスの魔術には備わっているのである。


 カチリ……と、エリスが分厚い眼鏡をかけ直す。

 レンズ越しに見られる眼差しは――鋭い。

 戦闘用に魔術を扱う魔術師の眼だ。


『今度は、エリスさんの周囲に展開する尾が攻撃に転じたあっ!

 何という力強さ!

 何という自由自在さでしょう!

 リムさんのゴーレムも、何とか回避しようとしていますが、これは、間に合わない!』


 実況のお姉ちゃんが語ったように……。

 先までは防御に専念していた光の尾が、今度はゴーレムへの逆襲に乗り出す。

 何しろ、実態を伴うそれではなく、アストラル体なのだ。

 伸縮自在にして、自由自在。

 通常ならば存在するリーチの制限も、関節の制限も、そこにありはしない。

 恐ろしく素早く、力強い動きでゴーレムに襲いかかると、これを薙ぎ払っていった。


 こうなると、あれほど敏捷に感じられた球体型ゴーレムたちが、鈍重な存在にすら思えてしまう。

 ことに、攻撃能力の差は歴然だ。

 迎撃として放った怪光線は、一切その効果を発揮することなく、光の尾に飲み込まれ……。

 そんなものを意に介さない尾の一撃は、ゴーレムを玉遊びのように打ち払っていくのである。

 唯一、ゴーレムに関して手放しで褒められるのは、そのような痛打を受けながらも、一切の不調を見せず動き出そうとしていることだろう。


 だが、動き出そうとしているだけだ。

 実際に動くことはできていない。

 何故ならば……。


『地面に打ち付けられたゴーレムたちが、これは――網でしょうか!?

 クモの巣を思わせる網によって、地面へ縫い取られている!

 これも、エリスさんがアストラル体によって生み出したものか!?』


 ……そう。

 いつの間にか生じていた光り輝く網によって、地面へ縫い留められていたからだ。

 しかも、これは粘着質な性質を持つらしく、球体型ゴーレムがどう動こうとしても、自由を得ることはかなわなかった。

 気がつけば、最初の反撃によって生み出した柱も消滅し……。

 代わって、同じような網がゴーレムの動きを封じている。

 戦いの中で、より効果的かつ効率的なアストラル体の使い方をひらめき、切り替えたに違いなかった。


『ギンちゃんが使っていた技を参考に、自分流のアレンジを加えました。

 ――ふふ。

 キツネの獣人であることも含めて、彼女には、どこか親近感を覚えます』


 もはや相手取る敵がおらず、自由になった光の尾を周囲で揺らめかしながら、エリスが笑う。

 これは、勝者の余裕だ。

 大人しそうな印象を受ける彼女だが、戦闘時における機転といい、この態度といい……。

 どうやら、ジンは戦闘者に必要な教育を、しっかりと娘たちへ施しているようだった。

 それは、諦めの悪さという点についても同様である。


『ふん!

 もう勝ったつもり!?』


 言いながら、リムが短杖を構えた。

 すると、先程までもがいていたゴーレムたちが、一斉に動きを止める。

 道具に頼るのをやめて、自らの力で戦う決意をしたのだ。


『ゴーレムが勝てなくっても、まだ、アタシには通常魔術があるわ!

 勝負は、これからなんだから!』


『いいえ、もう仕上げています』


 エリスの瞳が、すっと細められる。


『なっ……!?

 あっ……!?』


 すると、おお……何ということだろうか。

 いつの間にか、リムの足元が氷漬けにでもなっているかのように、アストラル体の結晶で覆われていたのだ。

 しかも、それは徐々に範囲を広げ、彼女の膝まで迫りつつあるのである。


『このまま、戦闘不能になってもらいます』


 エリスが、決然と言い放つ。

 そんな彼女は、右手に短杖を握ったままであるのだが……。


「――何だとっ!?」


 その小指が、いかにも力が入っていないかのように震えているのを、ヨウツーは見逃さなかった。


『エリスさんの勝利宣言!

 どうやら、この試練……勝者は定まったか!?』


 そんなヨウツーの動揺など、当然ながら意に介さない実況のお姉ちゃんが、ここぞとばかりに叫ぶ。

 その判断は、間違いではない。

 この闘技場に、全てをぶち壊すバカが……。

 あらゆる計算をご破算にするバカが……。

 レジェンダリーレジェンドなバカが、いなければの話であったが。

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