力の試練 その4

 聖騎士と戦士による剣戟の音が鳴り響き……。

 また、距離を置いた場所では、魔術師が生み出した無数の火球を、忍者の影が龍に変じて迎撃している……。


 恐るべき人外の技が応酬する中、闘技場に残った魔術公候補……。

 すなわち、エリスとリムの姉妹が向き合っていた。


『さあ! この力の試練は、最後まで魔術公候補が残っていた陣営の勝利となります!

 つまり、これはチェスでいうならキング同士の一騎打ち!

 ギーツ家が誇る魔術師姉妹の激突……。

 制するのは、姉か! はたまた、妹かあ!』


 それにしても、実況のお姉ちゃんは絶好調だが……。

 当の姉妹は、極めて冷静に相手のことを見据えている。


『リムちゃん。

 手加減は、しないからね』


 双方共に、同じ衣装のローブを身にまとい……。

 手にした短杖も、同じ製作者によるのだろうミスリル銀製。

 互いの装備に差はなく、純粋に魔術師としての腕前が勝敗を分かつことは明らかだった。


『当たり前でしょ!

 そんなことしたら、絶縁なんだからね!』


 そう言いながら……。

 先ほどまでは、手も足も出せず拘束されるという不覚を演じていたリムが、ばさりとローブを翻す。

 そうすることで明らかになったのは、ローブの下へ着込んでいた魔術学院の制服……。

 そして、彼女が全身の各所にホルスターで装着している球体である。


『魔術学院においては、ゴーレム技術の権威として知られているリム・ガオシ・ギーツ嬢ですが、見れば分かる通り、この場にゴーレムは持ち込まれていません!

 観客の皆さんは、このことを不思議に思っていたことでしょう!

 もちろん、私も不思議に思いつつ、実況のネタとして使うために、ここまであえて触れてきませんでした!

 しかし、これはどうやら、その謎が明かされるかあ!』


 とうとう、実況ネタの組み立てについてまで解説し始めたお姉ちゃんの興奮をよそに……。

 闘技場内のリムが、パチリという音と共にホルスターから球体を一つ取り出した。

 これは……自作した魔道具ということだろうか?


『――眼!

 これは、まるで眼球のようだ!

 何らかの魔法金属で造られたと思われる球体に、ぎょろりとした目が備わっている!

 見た目、ちょっと気持ち悪いぞおっ!』


 実況のお姉ちゃんが言ったように……。

 漆黒の球体には、金細工でまぶたのような飾りが施され、その中央に人間のものを巨大化したような眼球が存在している。

 しかも、この球体は空中で浮遊しながら、ギョロリとその眼球を動かしたのだ。


 ――目。


 これは、さながら空中浮遊する目であった。

 リムは、全身に装着したこれを、次から次へと取り外して、自身の周囲に展開させたのだ。


 少女の周囲に、無数の眼球が浮かび上がる……。

 それは、あまりにも異様な光景であったが、しかし、理から外れたことを理として巻き起こすことこそ、魔術の本質。

 ならば、やはりこの少女も、魔術公候補として相応しい実力を備えているのは間違いなく……。

 この球体たちこそ、魔術師としての真価を表すそれであるに違いない。


『ゴーレムって言ったら、大抵の人が思い浮かべるのは、泥や岩で作られた人形よね。

 大きく、重く、強く……。

 鈍重ながらも、その質量と力で相手を粉砕し、自らはどれだけ攻撃されても、決して怯むことがない。

 それが、従来のゴーレム像といったところかしら』


『でも、リムちゃんはその定説を覆した。

 甲冑を媒介にし、生成した小型軽量のゴーレム……。

 しかも、かなり複雑な自立行動が可能で、発表会ではあなたのために椅子を引き、お茶を出すことすらしてみせた。

 去年、学院で発表したゴーレムの見事さは、魔術都市に住む全ての魔術師が認めるところよ。

 でも、今見せたそれは、また随分と毛色が変わっているようね?』


 肩をすくめながら告げたリムの言葉に、エリスが油断することなく身構えたまま、問いかける。


『もちろん。

 研究は常に、更新されていくものだもの』


 そんな姉に対し、手にした短杖を弄ぶようにしながら、リムが答えた。


『昨年、皆様の前で発表したゴーレムは、必要な戦闘力を確保しつつも、圧倒的な小型化と自立行動の高度化を実現した。

 これは、いってしまえば、無駄を省くという思想に基づくもの……。

 ならば、その思想をさらに一歩も二歩も押し進めれば、どうなるか?』


 彼女の声に応えるかのごとく……。

 周囲へ浮遊する球体が、一斉にエリスへ眼球を向ける。

 眼球一つの眼差しでも意思のようなものを感じてしまうのは、人間が本能的に宿した補完能力ゆえだろうか。

 球体型ゴーレムの数は、合計で――九。

 その全てから、攻撃的な気配が感じられたのだ。


『究極のところ、戦闘用ゴーレムに必要なのは、使役者を守るディフェンス能力と、敵対者を倒すオフェンス能力……。

 その要項さえ満たしていれば、ゴーレムは人型である必要さえ……。

 いえ、生物の形を模している必要さえない。

 その答えが、これよ』


 使役者の言葉に応えるかのように……。

 浮遊する球体型ゴーレムたちが、ハチドリのような俊敏さでエリスの周囲へ展開していく。

 これは――包囲網だ。

 エリスを中心とし、自立稼働するゴーレムらによる立体的な包囲網が形成されたのだ。


 エリスは、それに対し動じることがなく……。

 油断なく身構えてはいるものの、静観の構えである。

 それが、かえって苛立たせたか……。

 リムが、タクトを振るう指揮者のように短杖を構え、号令を発した。


『――いけ!』


 その命令に従い……。

 エリスを包囲した球体型ゴーレムたちの瞳に、妖しい光が宿る。

 これは、魔術の光……。

 必殺を期して放たれた攻撃魔術の光だ。


 文字通り、四方八方から……。

 攻撃魔術の光線が、エリスに向かって放たれる。

 試練の規定を考えれば、殺傷能力のあるものではないだろうが……。

 だとしても、直撃すれば身体が麻痺し、戦闘不能になる程度の効果はあるに違いない。


 直撃すれば、だが。


『おお! エリスさんの足元からいくつもの光る尾が現れ、彼女の体を包み込む!

 ゴーレムから放たれた怪光線は、その全てが阻まれ……。

 いや、飲み込まれたあ!』


 実況のお姉ちゃんが大興奮でまくしたてたように……。

 エリスの足元から、光り輝く――キツネのそれを思わせる巨大な尾が複数生じ、主の体を包み込んだ。

 結果、ゴーレムたちの全方位攻撃は全てが飲み込まれ、一切の効果を発揮することがなかったのである。


「あれは……アストラル体を生み出しているのか?

 しかも、術者である本人が意識を保ったままだ」


 驚くヨウツーへ応えるように……。

 ジンが、自慢げな眼差しをこちらに向けてきた。


「そうだ。

 エリスは、自分の精神を魔力によって拡大し、この世界へ顕現させることができる。

 まあ、それだけなら、あの忍者娘が影を媒介にしてやっているのと、そう変わらんのだがな……」


 当代の魔術公がちらりと見たのは、レフィとギンの攻防である。

 そちらでは、パンツが見えることもいとわず宙に浮遊したレフィが繰り出す魔術の数々を、ギンの影が龍に変化して迎撃し続けていた。


「ここからは、ちっとばかり面白くなるぞ?」


 ジンがそう言ったの5と同時に……。

 花弁が花開くかのように、エリスを包み込む光の尾が開いていく……。

 そうだ。ここまではまだ、小手調べに過ぎない。

 魔術公候補として選ばれし娘たちの戦いは、いよいよここからが本番なのだ。

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