力の試練 その3

 聖騎士シグルーンと戦士アラン・ノーキン……。

 前衛職のSランク冒険者二人が即座に前へ出たのとは対照的に、魔術師レフィと忍者ギンは、互いの護衛対象を庇うようにしながら、静観の構えを取っていた。

 相手の出方を伺っているのか……?

 そうでないことは、ヨウツーの目には明らかである。


 ヨウツー自身が、生命の剣という奥の手を隠し持っているのと同様……。

 レフィはともかくとして、ギンの方には秘中の秘としている切り札があるだろうが、いずれにせよ、このような衆人環視の中で使える技ではあるまい。


 ならば、両者共に相手の手の内は知り尽くしており……。

 今さら、出方を伺う必要などなかった。

 ならば、何故さっさと戦い始めなかったのかといえば、これは互いに勝利を確信しているからである。


『レフィさん。

 まさかとは、思いますが……。

 前衛もいない状態で、わたしに勝てるとでも思っていますか?』


 余裕たっぷりという様子で、獣人の少女が言い放つ。

 まだ、子供といってもよい年齢のギンではあるが、身の内からは、先程瞬殺されていた噛ませ二人などでは及びもつかない強者のオーラが発せられていた。


『あら? 当然じゃない?

 世に、Sランク冒険者は数いれど……。

 このあたしこそが、最強なんだから!』


 一方、こちらも余裕たっぷりに、遥か年下のギンより小さい……というより、無そのものな胸を張ったのが、レフィである。


『ああっと!

 レフィさんとギンちゃんが、互いに煽り合っています!

 ですが、一般的に考えれば、ギンちゃんが言うように、前衛を欠いてるレフィさん側が圧倒的に不利です!

 これは、采配ミスではないのか!?』


 実況のお姉ちゃんが言った通り……。

 普通に考えれば、レフィに勝ち目がある状況ではない。

 魔術師というものは、接近戦において無力。

 なればこそ、守護剣の役割を負うロウクー家が生まれたのだ。

 まして、相手が超一流忍者のギンであることを思えば、まばたきした次の瞬間には、レフィとその背後にいるリムが倒れていたとしても、不思議ではない。


 だがそれは、レフィを普通の魔術師とした場合の話である。

 忘れてはならない……。

 レフィはアホだが、やはり、最強の魔術師であることに変わりはないのだ。


『それじゃあ……いかせてもらおうかしら』


『戦いというものは、いちいちよーいドンをするものではありませんよ。

 ……と、いうわけで。

 わたしの方は、すでに仕掛けさせてもらっています』


 ギンの言葉に……。


『……えっ?

 ――ええっ!?』


 驚愕の叫びを上げたのが、レフィの背後へ控えていたリムである、

 服装こそ、先日、屋敷で挨拶した時と同様のローブ姿である彼女だが……。

 その手には、戦いを想定したのだろう。

 ミスリル銀製と思わしき、意匠を施された短杖が握られていた。

 だが、その杖はだらりとぶら下げられたまま、動くことがない……。

 ばかりか、これは……。


『――おおっと!?

 これは、見た目に分かりづらくて実況泣かせではありますが……。

 もしかして、リム嬢とレフィさんは身動きを封じられてしまっているのか!?

 体を力ませているのは伝わってくるのですが……。

 指一本、動かせていないようだあ!』


 この状況を見て、即座に理解する辺り、さすがに力の試練実況を任されるだけのことはある。

 実況のお姉ちゃんが、リム陣営の状況を適切に解析した。


『しかし! このままでは、何が何なのかサッパリ分からない!

 ……と、いうわけで。

 事前に現魔術公ジン様から推薦されていた解説者に、解説をお願いしましょう!

 ――ヨウツー・ズツ・ロウクーさん! どうぞ!』


「え? 俺?」


 突然の名指しへ、困惑するのをよそに……。

 貴賓席へ控えていた係官が、すっと音響用の魔道具――先端に球体の付いた超短杖だ――を差し出してくる。


「あー……」


 受け取ったはいいものの、どうしたものか迷ってしまうヨウツーだが……。


「やってやれ。

 何が起こっているのか分からんのでは、観客も興冷めする」


 ジンからそう促され、覚悟を決めた。

 そもそも、ネーアンの名代といいつつ、今のところはこうして座っているだけなので、何かしら働いておく必要はあるだろう。


「……実況の方が推察した通り、リム殿たちは動きを封じられている。

 他でもなく、ギンが密かに使用していた忍術によってな。

 奴は、目に見えないほど細い鋼糸を扱い、操り人形のように二人を拘束しているのだ」


『――はい! 解説ありがとうございます!

 目に見えないほど細いということですが……。

 ああ、映像班が首を振りました。

 どうやら、魔術で拡大しても詳細を映し出すことはできないようです。

 それにしても、何という絶技!

 誰にも悟られることなく、密かに相手を仕留めてしまう……。

 これが、東方から渡り来た幼き忍者――Sランク冒険者ギンの力なのか!』


 実況のお姉ちゃんが褒め称え……。

 場内の視線が、ギンへと集中する。


『ふふん……。

 結界の外で、何やら解説されているようですね?

 まだまだ、こんなのは序の口。

 人前で見せても問題のない術に過ぎません。

 ですが、その程度の術であっても、これくらいの戦果は上げられるということです』


 その手には、無数の鋼糸を束ねているはずだが……。

 そうと感じさせない自然さで、ギンが得意げに腕を組む。

 一方、慌てているのはリムだ。


『ちょっと! どうすんのよ!

 あんだけ自信満々にしといて、もう負けそうになってんじゃない!』


 彼女は、半ば八つ当たりのような勢いで、自分と同じく身動きできないレフィに叫んでいたのである。


『るっさいわねー……。

 しょうがないでしょ。

 ギンのこれは、避けようとして避けられるもんじゃないし、見切れるもんでもないんだから。

 それより、最強の魔術師なんでしょ?

 このくらい、自力で解いてみたら?』


『出来るなら、とっくにやってるわよ!』


 見苦しくすらある言い合い……。

 だが、拘束されながらもそれを行えるのは、レフィに打開の手段があるからに他ならない。


『しょうがないわねー』


 溜め息まじりにつぶやいたレフィ……。

 彼女の両目が、きりりと細められた。

 同時に、結界で遮られているはずの闘技場内へ風が巻き起こり、彼女の黒髪を軽くかきあげたのである。

 そう、これこそは、魔術の風……。

 Sランク魔術師のレフィは、圧倒的な魔力により、一切の予備動作を必要とせず、大規模な魔術が発現できるのであった。


『こんなもんはね……。

 ――こうしてしまえば、いいのよ!』


 わずかに、闘技場内の砂を持ち上げていただけの風……。

 それが、瞬時に圧力を増し、無数の刃となってギンとエリスに襲いかかる。


『ちっ……』


 形がない真空の刃……。

 忍者少女は、これを肌の感覚だけで察知し、腰の忍者刀を引き抜く!


 ――ギイイイイイン!


 まるで、金属同士のぶつかり合うような音が響き渡り……。

 ギンの周囲に敷き詰められた砂が、舞い上がる。

 襲いかかったいくつものかまいたちを、振るった忍者刀で防ぎ切ったのだ。


 だが、これはあくまで副次的な効果……。


『ふふん……。

 拘束、解いちゃったわね』


 得意げな顔で言ったレフィが、肩こりをほぐすように腕を回した。

 目には見えないが……。

 闘技場の砂には、切断された鋼糸の残がいが散らばっているに違いない。


『言ったでしょう?

 あんなのは、序の口であると。

 ――エリスさん。

 妹さんとの対決は、自力でお願いします』


 そう言ったギンが、ゆらりと横に向けて歩き出し……。

 誘われるように、身長ほどもある杖を構えたレフィが移動する。

 これから行う応酬は、余人をかばいながら行えるものではなく……。

 最悪、護衛対象を巻き込む可能性があるからだった。


『これは、どうやらSランク冒険者たちは、Sランク冒険者たちで……。

 残された魔術公候補は、自力で戦う流れになりそうだあ!』


 実況のお姉ちゃんが語った通り……。

 戦いは、新たな局面を迎えようとしていたのである。

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