第9話 兄と妹

 最初の事件が終わり、四人は無事に街に帰って来ることができた。


 その後、聖弥は兄の燈弥に呼び出され、中央政府の拠点兼王族の居住地である、街の中心部にある街で一番背の高い建物に向かった。


 王族専用入口から建物の中に入り、聖弥は燈弥の部屋の前で立ち止まる。それから扉をノックすると、どうやら燈弥は待ちわびていたようですぐに自分で扉を開けて聖弥を出迎えた。


「よく来たね、聖弥。さあ、入って」


 部屋に入る。他には誰もいない。兄妹二人きりだ。


「それで、今日は何の用?」

「特に用件があるわけじゃないんだけど……近況を聞いておきたくて」


 報告書もあるんだから、そんなわざわざ聞かなくてもいいのに……とも思ったが、それが兄なりの愛情みたいなものなのだろうと聖弥は理解した。一応聖弥にも聞きたいことがあった。


「一応、もう知ってると思うけど、やっと最初の仕事が終わったらところ」

「そっか。どう? チームの雰囲気は」

「普通。まあ、身内意識は強そうだね。次誰か欠けたらもう立ち直れないだろうから、今のところは危険度が高い仕事は回さないでほしいって思うけど」

「なるほどね」

「やっと立て直せ始めたところだから」

「わかった。指示しておく」


 燈弥は手元にあった付箋に何かをメモした。


「あと、報告書には書いたけど、魔法貫通銃と妨害行為」

「ああ。それはもう下で話し合ってもらっている」

「そっか」


 それならば、他に何が聞きたいのだろうか。


「聖弥は楽しい?」

「えっ?」

「第二部隊は楽しい?」

「何でそんなことを。仕事なんだから関係ないでしょ」

「別に僕は第二部隊の立て直しに興味はない。ただ、聖弥が楽しく過ごしてくれればいいって思ってる。聖弥は会議ばっかりの王族の仕事より、戦ってる時の方が楽しそうだから」


 そういえばこれが兄だったなと聖弥は思った。


 物心つく前に生き別れて、空いた六年間をどうにか埋めようと、この数年間は自分の彼女や息子よりも聖弥を優先してやってきた。


 聖弥としては、その六年の間にできた妻と息子を優先するべきで、こうやって外の仕事に回してくれてよかったと思っていたところだが……それでもまだ、燈弥の態度は変わらなかった。


「楽しく過ごす……っていうのが何かわからない。でも、魔法使いは生きているだけで運がいい。幸せだっていうのはわかる。それなら別に第二部隊じゃなくてもいい。他に何があるの?」


 これは聞きたかったことでもある。何で自分が派遣されたのか。ここまで聞いても、どう繋がるのか理解できない。


「まあ……青春ってやつ? それを過ごして欲しかったから。同年代の人たちと仲良くしたり、今しかできないことをする。僕はできなかったから」

「そんなのはただの馴れ合いでしょ。くだらない。私はそんなことをするために生き延びたんじゃない。自分の願望を押し付けてこないで!」


 兄の前では初めて感情を露わにした。何かが聖弥のスイッチを入れた。


「何が私の幸せかなんて、そんなの兄さんにはわからない。私は生きていられるだけで幸せなの。兄さんがそんなこと言って、場所まで用意されたら、そう生きないといけなくなるでしょ……! そんなのはいらない。兄だからとかそんな理由をつけて、今までの時間を取り戻そうとしてるんでしょ? もう取り戻せるわけないんだよ。そうやってされる方が嫌だ!」


 そのために、過去も全部さらけ出して、立て直そうと説得して、トラウマも乗り越えた來夢たちが利用されていることに、聖弥は怒りを覚えた。


「私に何かしてる暇があったら、もっと他のことをした方がいい。この街では親の顔も覚えていない人が多い。そんな中で、若い年齢で子供ができたからこそ王族は子供に構ってあげられるのに、何でやらないの?」


 燈弥は聖弥が見ている限り、息子の遊びにも付き合ってあげられていない。聖弥としては、自分に構っている時間、どうしようかと考えている時間、その時間を息子に使ってほしいと思っている。


「小さい頃、誰にも構って貰えなくて、でも仕方ないとか思って……私の時はお母さんもいなかったから今とは違うかもしれないけど、実際構ってくれていたら、私の人生が壊れることもなかった!」


 この時点で、燈弥は何も言い返すことができなかった。


「まあ、もう同じことは起こらないけど……今更私たちは世に言う家族みたいな関係にはなれない。だから、せめて今いる家族と楽しく過ごして、少しでも幸せにして。いつ死ぬかわからないんだから」


 聖弥はただ構って欲しくない。というか、愛情や力、時間を注がれた時にどうしていいのか、どんな顔をしていいのかがわからない。今までそんなもの受けたことがないから。そんな人生だから、今こうなっている。ならば、せめて次の王になる燈弥の息子にはそんな人間になってほしくない。そう考えている。


 燈弥に自己中心的な考え方だと言う割には、聖弥もそう変わらないのかもしれない。


 だが聖弥はそれを押し通すために、話を続ける。


「兄さんが言う青春が今のこの若いうちしかできないことなら、それは魔法使い。魔法使いは若いうちに死ぬ。若い時しかできない。当てはまってる。どうせもうすぐ死ぬんだから」

「だから、その死ぬまでの僅かな時間をどう過ごすかを……」

「兄さんがそれを言う?」


 死ぬまでの僅かな時間を有効に使えていない人に言われたくない。と聖弥は言いかけたが、そこに燈弥の息子が「ちちうえー」と言ってノックもせずに部屋に入ってきたので、言うのを止まって冷静になった。


「ほら、構ってあげなよ」


 後ろから王子を追いかけて召使いが申し訳なさそうに謝りながら入ってくるが、聖弥は王子を連れていく召使いを制止してそう言った。


「じゃあね」

「ちょっとまっ……」

「もういいよ。兄と妹だとか、残り短い人生をどう過ごすかとか、もうとっくに私の人生は終わってるんだから」


 そう言って、聖弥は部屋を後にした。


 もう家族を修繕するつもりはない。人生をどう生きるかなんて考えない。一度終わったはずの人生なんだから、今すぐ死ぬ覚悟もできている。


 そして聖弥は、残された僅かな時間を第二部隊のために使うと付け加えておいた。


 これが生き延びた聖弥の使命で、魔法使いという青春での仕事で、兄のためにできることだから。

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閉ざされた街の僅かな青春 月影澪央 @reo_neko

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