第32話 猫娘カフェ・ミッケ
ゴブリンの住処の攻略が終わった翌日の朝、私とエリカはアキナと共に朝食を摂っていた。
本日のメニューは、エンキのお任せサンドイッチ。
他のプレイヤーたちも同様に朝食を摂っているが、料理を運んだりしているのはエンキではなく、昨日助けた三人のホムンクルスたちだ。
ヒラヒラのメイド服のようなウェイトレス衣装を着ていて、厨房と食堂を行ったり来たりして初めてだろう仕事を的確にこなしている。
昨日、彼女たちを連れ帰って店主のエンキに相談した結果、宿屋が全員を引き取ることになったのだ。
名前はそれぞれエイ、ビイ、シイとアルファベットを当てただけのシンプルなもので、エプロンの名札に大きく書かれている。
また、見分けがつくようにそれぞれアルファベットの髪飾りを付けているのが特徴だ。
ただし、NPCだからレベルは無い。
彼女たちホムンクルスが働く様子を見て、アキナがポツリと呟いた。
「……私も一人、助手として欲しいですね」
欲しいんだ……。
帰った時に居合わせれば譲れたのだが、残念ながらその時にアキナは外出中でいなかった。
私とエリカが顔を見合わせると、エリカは食べているサンドイッチを呑み込んで口を開いた。
「なら、私たちがまた連れて来よっか? 多分だけど、まだゴブリンの住処で捕まってるホムンクルスがいるだろうし」
「本当ですか!」
「え、ええ」
「なら、今すぐでなくて構いませんのでお願いします。いっそのこと、依頼として報酬も用意しましょう」
「待って、そこまでしなくていいわ! アキナには助けてもらったし、レベル上げのついでにやるからいいわよ」
「……そうですか」
珍しく興奮して先走りしたアキナは、エリカの言葉に落ち着きを取り戻した。
そこでふと、アキナは何かを思い出したかのように「あっ、そうそう」と前置きして言った。
「『ADO攻略組』が第十階層のボスの討伐に成功し、次の街へ行けるようになったみたいです。街の名前はツリーズタウン。樹海の中に存在するエルフの集落のような場所だそうです」
「へぇ、空気の美味しそうなところね」
「早速次の街への移住者が出始めていますので、私もそろそろ移動を考えています。二人もそのつもりでいてください」
「分かったわ」
「うん」
そういうことなら、レベル上げを頑張って備えないとな。
……あれ?
秘かに覚悟を決めたところで、私は助けたプレイヤー三人が食堂に居ないのに気付く。
朝食も食べ終えたので手を合わせて小さく「ごちそうさま」と言ってから飛び立ち、厨房に入ってまだまだサンドイッチを作っているエンキに声を掛けた。
「エンキ、ちょっといい?」
「ん? ああ、レイか。なんか用か?」
「助けたプレイヤーの三人、食堂にはいないようだけど大丈夫?」
「そのことか……正直、大丈夫ではないな。何せゴブリンに好きなように性的に弄ばれたんだ、心的外傷は計り知れない。今は部屋に引き籠っている。食事はみんなが食べ終わった後に持って行くつもりだ」
「……自殺とかは、大丈夫?」
「分からない。ゲームはゲームとして割り切ってくれればいいが……難しいだろうな」
「そっか……」
やっぱり、そうだよね。
嫌なことは簡単には忘れられないよね。
サト……。
脳裏に「ごめん」と言ったあの時のサトの姿がフラッシュバックし、息苦しさを感じ悲しみが溢れ落ち込んでしまう。
自分だって正常でなく、精神科医やカウンセラーでもない人間が安易に首を突っ込める問題でもないので、聞きたいことを聞いた私はエンキから離れた。
席に戻ると、エリカはまだまだ食べて皿を積み上げ中だったが、アキナは食べ終えて席を立ったところだった。
「おや? レイさん、さっきまでは調子が良さそうでしたが、随分と暗い顔をしていますね」
「ん、まぁ……助けたプレイヤーの状態をエンキから聞いて、ちょっと……」
「そうですか。その状態でダンジョンに潜るおつもりで?」
「……エリカがいる。大丈夫」
モチベーションは最悪だけど、ギリギリ戦うことは出来る。
アキナは呆れたように大きな溜息を吐いた。
エリカは何故か誇らしげにしている。サンドイッチを頬張りながら。
「レイさん、今日はダンジョンに潜るのは禁止します。その代わり街で気分転換しましょう!」
「いや、別に」
「買い物して、美味しい物を食べて、三人で親睦を深めましょう」
「それいいわね! ここ数日ずっと修行とかで遊べていないんだもの」
「……分かった」
アキナとエリカの二対一の意見では仕方がない。
「ではおめかししますよ」
私は不満の意を示すように頬を膨らませたが、そんなのお構いなしにアキナに手で掴まれ、早速出掛ける準備をさせられたのだった。
この前のワンピースとは違う凄くヒラヒラしたブラウスとスカートを着せられた私は、アキナの右肩に乗ってエリカと一緒に街の中を移動していた。
二人も同じようなヒラヒラした服を着ているので、この前とは違った視線を向けられている。
「まずは市場で色々と見て、それから街の中を観光と行きましょうか」
「いいわね。食べ歩きもしましょう」
アキナの言葉にエリカは同意し、市場へ向けて移動する。
二対一なので私は何も言わず、もう流れに身を任せて楽しむことにした。
色々な屋台や露店を見て回り、食べ歩きをしながらゲーム攻略とは何の関係もない小物を色々と買った。
時間もそれなりに過ぎ、天井に映っている太陽が真上に来て昼時を知らせてくれる。
「そろそろお昼にしましょうか。あそこなんてどうでしょう?」
アキナが丁度通っていた正門側の大通りにある店の一つを指さした。色とりどりの花がプランターで飾られ、テラス席まであるカフェ。看板には猫が描かれている。店名は『猫娘カフェ・ミッケ』と、中々に可愛らしい。
「あら、可愛い」
「……ここに入るの?」
エリカは好意的だが、私としてはちょっと入り辛い。
そりゃ私だってもう女だし、妖精だし、可愛いものに慣れなきゃいけないのは分かってる。
でも、こういうのはまだちょっとハードルが高い。
「行きますよ」
私の意見なんて聞かず、アキナが扉を開けて入った。肩に乗っているので私もそのまま入ることになり、女性客を意識した明るい雰囲気の店内が目に入った。
「いらっしゃいにゃー♪」
うわきつっ!
猫撫で声でわざとらしい語尾に加え、可愛いを意識したポーズで挨拶して来たのは、スカート丈の短いフリフリなメイド服を着たウェイトレスの少女。
茶色に黒のメッシュが入ったロングストレート髪の頭には、ホワイトブリムと呼ばれるヘッドドレス以外にピョコピョコ動いてるキジトラ柄の猫耳が生えている。
お尻の後ろ辺りからは同じ色と柄をした、長い猫尻尾が伸びている。
その二点から、彼女は猫の獣人だとすぐに分かった。腰に付いてるハート型のネームプレートには『キジトラ』と可愛いらしく手書きされている。
彼女は背が低く小柄で、十代前半を思わせる体つきと童顔をしている。
そんな彼女は営業スマイルのまま猫らしい縦長の瞳孔の黄色い目で私をジッと見つめた。
「おいこら妖精、今私に対してキモって思っただろ? 顔に出てんぞ」
こわっ!
ドスの利いた声で指摘され、私は思わず飛んでアキナの後頭部に隠れた。
すると彼女――キジトラは「なんちゃって♪」と猫撫で声に戻した。
「『猫娘カフェ・モカ』へようこそ! 三名様ですか?」
「はい、そうです」
声の豹変ぶりを見せられたにもかかわらず、アキナが平然と受け答えを始めた。
「店内とテラス席、どちらにします?」
「店内で」
「では、こちらへどうぞ♪」
案内されたボックス席に座り、良く冷えた水の入ったグラスが人数分置かれ、渡されたメニュー表から品を注文する。
品が届くまでの間、私も含めて無言となる。
でもこの静かな時間が私は好きだ。
ゆったり落ち着けて心が安らぐ。
エリカがテーブルの隅に置かれていた、手作りの迷路をやり始めた。かなり難易度が高いようで、眉を顰めて何度かやり直し、そのうち諦めて元の場所に戻した。
手持無沙汰な私は、何となくウェイトレスや店長を眺めることにした。
キジトラ以外の猫娘は二人いて、ウェイトレスの黒猫娘『アンコ』と『店長ミッケ』のネームプレートを付けた三毛猫娘が、猫撫で声で可愛いポーズを取っており、このお店の方針であると分かる。
もしかして、アキナはこのあざとい仕草を私に見せる為にこの店を選んだ……?
いや、無いな。
流石に私にはあんな仕草は似合わない。
「お待たせしましたにゃー♪」
暫くするとキジトラがキッチンカートで料理を運んで来た。
素を見てしまったから、猫撫で声と語尾が余計にキツく感じる。
料理が私たちの前に置かれた。
エリカは生クリームが載せられメープルシロップが掛けられたパンケーキに加え、チーズケーキとフルーツタルト、フルーツポンチ、飲み物に紅茶。食べ歩きで結構食べていたから控えめだ。
アキナはフルーツサンドとフルーツパイに珈琲。
私は妖精サイズのエリカと同じパンケーキと紅茶。
全員で「いただきます」をしてからパンケーキを一口。
「んっ、これは……」
「ええ、とても……」
「……美味しい」
パンケーキの生地はもちっとしてて甘さが控えめ、だからこそ生クリームとメープルシロップのそれぞれ違った甘さが楽しめる。
それに女だからだろうか、それとも妖精だからだろうか……甘いのが凄く幸せに感じる。胸焼けなんてしそうになく、幾らでも食べられそうな気がする。
「ウェイトレスも可愛いし、雰囲気もいいし、これはリピート確定ね」
「同じく。後で店長にお話ししたいですね」
エリカとアキナは絶賛し、私は黙々と食べる。
二人もそれ以降は黙って舌鼓を打ち、完食したところで手が空いたのかキジトラがやって来た。
「うちの料理はどうだったかにゃー?」
「とても美味しかったわ! 紅茶も凄くいいし、また来るわね」
「出来ればで構いませんが、店長とお話ししたいのですが」
「それは良かったにゃー。店長は今忙しいから、夕方ごろにまた来てくれるといいにゃー。話は付けておくにゃー」
「お願いします」
二人の話が終わると、何故かキジトラが私をジッと見つめ、わざわざ屈んで目線を合わせて来た。
……なんか、獲物として見られてるようで怖いんだけど。
「ねぇ、裏メニューのパフェがあるんだけど、皆さん食べたくない?」
「裏メニュー?」
エリカが真っ先に反応した。
食べ足りなかったの?
「妖精さんに手伝ってもらう必要があるんだけど……どうにゃー?」
「ならお願いするわ!」
「興味あるので、私も」
「私の意見は?」
「じゃあ付いて来てにゃー」
誰も私の言うことなんて聞かず、キジトラに掴まれて厨房まで連れて行かれてしまった。
「……で、私は何を手伝えば?」
「何もしなくていい。こっちで全部やるから」
「え?」
猫撫で声も語尾も無くして素の状態でキジトラは答え、私の服を脱がし始めた。
「ちょっ、何!?」
抵抗したいが、折角おめかしした服が傷んでしまうから出来ない。
「変な目で見た仕返し。抵抗したら裏メニューは無しのつもりだったが……しないんだな」
「……」
全裸にされた私は、胸と股間を手で隠し恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じながらも睨みつけた。
流石に手を出してもいいが、この恥辱と怒りが合わさった感情で力の制御が上手くいくか分からず、危うく殺してしまいそうな気がして出来ない。
それに、ちょっとだけ期待している自分がいた。
これもアキナが私を弄んだせいだ。
キジトラは私の睨みつけなんて全く意に介さず、テキパキと大きなパフェの器と材料を用意し始めた。
隣では店長のミッケが料理を作りながらチラチラと私を見ていたが、目が合うと知らんぷりを決め込んだ。
いや、助けろよ!
助けないということは、裏メニューは店長も認めていることになる。
「キジトラ、私に何をさせるつもり?」
「裏メニューの名前は『妖精パフェ』だ。だからこうして……」
「わっ」
キジトラが私を掴むと、深底の大きなパフェの器の中に入れた。
底は少し丸みが帯びていて立ちづらく、自ずと座った状態になってしまう。
――まさか妖精パフェって、閉じ込めて反応を楽しむのか!?
気付いて上を見上げた直後、ヨーグルトが注がれて私は瞬く間にヨーグルト塗れになった。腰まで浸かっているので、胸だけ手で隠せば大事な部分は見えないように出来る。
脱出しようかと頭を過った直後、すかさず私を閉じ込めるように穴が開いたクッキーが投入されて蓋をされた。
その穴に空気孔としてストローが差し込まれ、次に重石代わりにバニラアイスが載せられる。
この倒錯的な状況……おかしくなりそう。
暴れて逃げることは出来るけれど、普通では不可能な体験をしてみたいという邪な気持ちで動く気が失せる。
そんな私の思いをまるで見透かすように、キジトラは小さな鏡を設置して私の状況を見せつけた。
「……これは、駄目でしょ!」
エッチ過ぎる。
心臓がバクバクと動き、変な気持ちが強まってしまう。
その間にもパフェはどんどんと組み立てられていき、見事な美しいパフェが完成した。底には私が恥ずかしそうに大人しく座っていて、上の物を食べないと救い出せないようになっている。
ただ、美しいパフェであることには変わりなく、作品の一部になったようで悪い気はしない。
慎重にパフェが持ち上げられ、お盆に載せられると高さのある蓋をされて、私は仲間の元へと運ばれた……。
*****
「妖精に手伝ってもらう裏メニュー、どんなのかしらね?」
「分かりません。ですが恐らく、妖精の小さな体で手伝ってもらわないと出来ない、緻密な細工をした美しいパフェなんでしょう」
エリカとアキナは美しいパフェを想像して待っていた。
きっと、食後のデザートとして相応しい良い物なのだろうと。
静かにゆったりとした時間が流れる中、厨房が少し騒がしい。
だが、離れた位置にいる為にどんなやり取りをしているかが分からない。
二人にとってはレイがキジトラとパフェ作りでもめているのだろう、くらいに思って気に留めず、むしろ良い物が出来ると期待が膨らみ、微笑ましく思った。
それから少し経ち、キジトラがお盆に高さのある蓋をして運んで来てテーブルに置いた。
「お待たせしましたにゃー。こちらが裏メニューの妖精パフェにゃー」
「待っていたわ。それよりレイは?」
「トイレですか?」
「ここにいるにゃー。オープン♪」
「えっ!?」
「えっ!?」
蓋が開けられると、二人は目を見開いてパフェに釘付けになった。
パフェの底ではレイがゼリー塗れで恥ずかしそうに座っており、パフェというデザートの一部にされていた。
エリカもアキナも開いた口が塞がらず、その表情のままキジトラの方へ向いた。
「では、お楽しみにゃー♪」
反応を見て満足したキジトラは、脱がせたレイの衣服をテーブルにおいてから逃げるように離れて行った。
残された二人は見つめ合い、先に我に返ったアキナはレイの入った妖精パフェを動かし、エリカの前に置いた。
「実は私、もうお腹がいっぱいでして……あっ、先にお勘定を済ませて来ますね」
そそくさと立ち上がって逃げようとしたが、遅れて我に返ったエリカが追い掛け、アキナの手を掴んだ。
「待ちなさい。仲間なら一蓮托生――でしょ?」
「……こういう時だけ賢くならないでくださいよ」
仲間のことを言われると強く出られないアキナは降参し、一緒に席に戻った。
「エリカさん、今度からレイさんを可能な限り一人にしないようにしませんか? なんかもう、今後似たようなことが起きる気がするんですよ」
「そうね。でもこういう風にしたのってアキナのせいじゃない? お風呂であんなことやこんなこと、やってるでしょ?」
「…………食べましょうか」
「……ええ」
図星を突かれたアキナが覚悟を決めてスプーンを手に取ると、エリカも覚悟を決めてスプーンを手に取り、一緒に食べ始めた。
なんだかレイを食べているような気がして二人はいけない気持ちを抱いた。
味もよく分からなかったが満足度は非常に高く、裏メニューとしては全然アリだと思ったのだった……。
妖精の間違った戦い方 覇気草 @John3Smith108
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