第31話 ゴブリンの住処
道中、ゴブリンの斥候に襲われつつも進んで最寄りの住処に到着。大きな崖に出来た洞穴だ。
傍には骨と木を組み合わせた不気味なトーテムが立っており、エリカは怪訝な顔をしながらそれを凝視した。
「なにこれ?」
「ゴブリンのトーテム。自分たちの縄張りだってことと、中に強いゴブリンがいるぞって主張する為の物。データに書いてあった筈だけど?」
「え? ええ、そうだったわね!」
忘れてたんだな……。
見栄を張るエリカに呆れはするが、それで突っ走って洞穴に入ろうとはしないので安心する。
「それじゃあ、用心して進もうか」
私が魔法の【ライト】で光球を生成して浮かせ、エリカが真似て魔法の【ファイア】で火球を浮かせて中に入る。
暗闇補正のお陰である程度は奥まで見えるが、それでも明かりの無い穴の中は暗い。
しかもここは大きなゴブリンがいないのか天井が低く、ドワーフや低身長の人間以外が剣を振り上げると引っ掛かってしまうだろう。
「エリカ、天井が低いから剣の振り方には注意して」
「大丈夫よ。私、ちょっと前の階層で壁に剣を引っ掛けて危うくやられそうになった経験があるから。今度はそんなへまはしないわ」
「……」
マジ?
思わず振り向いてしまった。
あのクズども、せめて剣の扱い方くらい教えておけよ……。
いや、敢えて介護する程に弱いままでいさせて、逆らえないようにしようとしていたのか?
あの三人への怒りが湧いたところで、エリカにバレないように息を吐いて落ち着き、目の前に集中する。
ここまで不思議とゴブリンに遭遇せず、Y字路に到着。
分かれ道の真ん中にまたトーテムがあった。
「このトーテムは……分かれ道の案内図的な奴?」
「いや、注意を引く為だと思う。ほら」
「あら、本当に死角に道があるのね」
エリカの疑問に答えつつ振り返れば、狭い道がもう一本、入って来た道からは見えないような位置に存在した。
光球を操作して少し奥まで照らしてみたが、そこにゴブリンたちはいなかった。
その時、奥から男の悲鳴が反響して聞こえ、ゴブリンたちの「ぎゃあぎゃあ」騒ぐ声と剣がぶつかり合ったりする戦いの音が聞こえ始めた。
「っ! こっちね!」
「おいっ、エリカ!?」
彼女は悲鳴を聞いてすぐ、火球を前に浮かせて走って奥まで移動し始めた。思わず素を出しながら制止を求めたが、聞こえていないのか止まらない。
「……ああもうっ! サトといいエリカといい、どうして……!」
私は仕方なくエリカを追って移動する。
どうして、赤の他人を助けるのに必死になれる?
他人のミスにわざわざ首を突っ込んで、自分たちに対処出来ない事態だったらどうするつもりだ?
少しは、命を大事にしてほしい!
釘を刺したところで彼女は絶対に改めないだろう。それが分かっている私は大きな溜息を吐いた。
走りエリカに追いつくと、そのまま追い越して光球でさらに前方を照らしながら進む。
罠などが見られず、悲鳴も聞こえなくなって戦闘の音も少なくなり始めた。
……間に合うか?
音は次第に近くなり、ゴブリンの声がはっきりと聞こえる。
ただ、遂に戦闘の音が無くなった。
麻痺しているだけなら、まだ生きてる筈!
そう判断してスピードを落とさずに進み、現場が見えた。魔法の【ライト】で作られた光球が三つ浮いていて、状況が詳細に分かった。
天井の高い最奥で、ドーム状の広場となっている。
そこにはホブゴブリンが二体、ゴブリンが十数体いる。そして、ゴブリンに囲まれるように三人組の男が倒れていた。
鉄と皮を組み合わせた如何にもファンタジーらしい鎧とシンプルなロングソードを装備している三人組だ。
背後の道に気付かず挟撃されたか……でも、そこに居るということはまだ生きてる!
「エリカ!」
「周りは任せるわ! それっ!」
私のやることを理解し、エリカは火球をホブゴブリンの一体に向けて飛ばし、もう一体のホブゴブリンに向かう。
私はエリカが真っ直ぐ進めるよう、近くのゴブリンの掃除だ。
【フェアリーダンス】!
暗い中で魔力を纏って粒子を撒き散らすのは目立つが、こちらに注目を集めるなら好都合。
私は高速で移動してスキルを使わずにゴブリンの頭に蹴りを入れる。
スキル【筋肉大好き♡】と【拳の型】によって強化された筋力と素手の威力が上がっている為か、ゴブリンは面白いように吹っ飛んで一撃で倒せた。
稲妻のように真っ直ぐ速く動き、ゴブリンが思わず腕で顔を守ろうとしてもそれを一瞬で迂回して蹴りを入れて倒していく。
私が作った道をエリカが素早く通り、ホブゴブリンの一体に剣を振るった。
ホブゴブリンも合わせて剣を振るってぶつかり、金属がぶつかる音が響く。
互いに連続して剣が振るわれる中で、火球をぶつけられて僅かに怯んでいたもう一体のホブゴブリンが動き、二体掛かりでエリカに斬り掛かる。
だが、その二体の動きは私が特訓した時より遥かに遅く、エリカは上手く立ち位置を変えて動き、二体が同時に攻撃出来る時を極力少なくしていた。
その様子を見ながらでも戦えていた私は、最後の一体のゴブリンを倒し、丁度背後を向いているホブゴブリンの一体に突っ込んだ。
【コメットパンチ】!
拳を構えて魔力の込められた突進によるパンチを繰り出し、私はホブゴブリンの頭を貫いた。
即座に振り向けば、ホブゴブリンが目を見開いて驚いており、その隙を見逃さずにエリカはゴブリンの腕を斬って剣を落とさせた。
「【ハイスラッシュ】!」
最後の一撃にとスキルを宣言し、エリカは魔力を込めた横一閃でホブゴブリンの胴体を両断して倒した。
油断せずに辺りを見渡し、敵がいないことを確認してから私とエリカは構えを解いた。
「これで終わりね。あなたたち大丈夫?」
「だい……じょうぶ、です」
「おく……みて」
「あっち」
痺れながらも三人は答え、一人が指さした先は壁の一部が板張りの壁になっている場所だった。
私たちは顔を見合わせて頷き、二人で近づいて壁を引き剥がした。
すると粗末な槍を持ったゴブリンが一体飛び出して来て、エリカが素早く躱しつつ剣を頭に振り下ろして倒した。
「まだ潜んでいたのね。って、なに……これ……」
「……」
エリカはあまりの光景に息を呑み、口を押えて後ずさる。
私も内側から沸々と怒りが溢れ出し、腸が煮えくり返り、奥歯を噛み締め拳を強く握りながら目の前の無害な敵を睨みつけた。
こんな体験をするゲーム……こんなの、許されてなるものかっ!!
怯えるゴブリンの沢山の子供たち。
だがその傍には、ただ出産と母乳の提供をする為だけに配置されただろう全裸のホムンクルス三人が、心身衰弱の状態で手枷や足枷を嵌められ、壁に繋がれていた。
それだけならまだ私も怒りを堪えた。
でも、その中に混じって明らかにプレイヤーだろう女性の三人が、同じ目に遭っていた。体には刃物による傷もあり、麻痺毒で動けなくされた状態で何度も凌辱され、絶望して虚空を見つめて涙を流し、生かされているようだった。
私は落ち着く為、色々な臭いが混ざり合って異臭のする中でも無理矢理に深呼吸し、怒りを抑えた。
「……エリカ、後ろの男たちに麻痺治しを。こっちは私が処理する」
「待って。処理って何をするつもり?」
「介錯してやる。彼女たちにはその方がいい」
「駄目。それだけは駄目!」
エリカは私より前に出て、この監禁部屋を兼ねた育児スペースに入ると剣でゴブリンの子供たちを黙々と刺して殺した。
それから剣を鞘に収めると、一人の前に屈んで優しく穏やかな表情で言った。
「助けに来ました。もう、大丈夫よ」
犯された三人は助けが来たことをようやく実感し、嗚咽を始めた。
エリカは一人一人を抱き締めて安心させ、まずは麻痺治しの丸薬を飲ませた。次に壁に掛けられていた鍵を見つけ出して枷を外し、自分のマントを女性プレイヤーの一人に被せ、残りの二人にはインベントリから取り出した毛布を被せた。
それからホムンクルス三人も同じように助け、バスタオルを体に巻かせた。
エリカが三人とホムンクルス三人を連れて出てくると、まだ痺れている男三人組に麻痺治しの丸薬を飲ませた。
「ありがとう、助かった」
「俺たち、彼女の一人が連れて行かれるのを見て助けに来たんだけど……ごめん、無理だった」
「すまない」
男三人組は姿勢を正すと、犯されていた女性三人に頭を下げた。
返事はない。
心に深い傷を負っていて、今は口も開きたくないのだろう。
「とにかくここを出ましょう。またいつゴブリンが復活するか分からないし。レイ、街までの案内をお願い」
「ん、任せて」
「なら、彼女たちの護衛は任せてくれ」
「洞穴では油断したけど、外でなら大丈夫だ」
「俺たちこれでもレベル20はあるからな」
微妙に頼りにならないと思いつつ、私たちはゴブリンの住処を後にした。
道中、ゴブリンに襲われはしたが私とエリカで撃破し、男三人組も彼女たち三人とホムンクルス三人をしっかりと守ってくれた。
街に戻ると、男三人組のうち一人が代表して前に出て口を開いた。
「えっと、彼女たちとホムンクルスは二人が保護してくれる……と考えてもいいのか?」
「ええ、私もつい先日助けられた身だけど、『レディーガード』っていう女性を助ける宿屋があるから、そこに連れて行くわ」
「なら安心だな。もうお別れだろうけど、最後に自己紹介しておこうか。俺はサトウ、こっちは――」
「スズキです」
「タカハシです」
「三人揃って、名字トリオやってます」
「三人揃って、名字トリオやってます」
「三人揃って、名字トリオやってます」
最後は三人の声とサムズアップしたポーズが揃っていた。ちょっと面白い。
彼女たち三人もこれには暗い顔が微かに笑っていた。
ホムンクルスたちは無表情のままだが。
「私はエリカ。妖精の彼女はレイよ」
「ほう、彼女がレイか。これも何かの縁だな」
「また会う気がするよ。それじゃあ!」
「また会うことがあったら、フレンド登録しよう!」
名字トリオはそれぞれ言いたいことを言うと、爽やかな雰囲気のまま去って行った。
「レイ、あの三人に会ったことあるの?」
「……今思い出した。あの三人、最初にこの門を潜った時に出会った三人組」
「そう。まぁダンジョン内は広いようで狭いし、また会うなんてよくあることだわ。それよりも帰りましょう。シャワーを浴びてご飯を食べたい」
私とエリカは彼女たちを連れて宿屋『レディーガード』へ帰ったのだった。
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