つぎはぎサンドバッグ

「オラァッ!」


 乱暴な発声と共に拳が突き出される。

 拳の持ち主は大柄な男。全身についた筋肉を見るに、肉体労働者であることが予想できた。

 典型的な喧嘩殴りであり、武術のような体形立った動きではない。しかしその拳には、まともに当たれば大人の骨が折れる程度の体重が乗っていた。


 殴る男はたしかに大柄だ。

 しかし、殴られている相手と見比べると、まるで子供が癇癪で親を殴っていると錯覚するほどの体格差があった。


 身長2mをゆうに越える巨漢。

 包帯に巻かれた四肢は異形のシルエット。

 そして、包帯に隠れていない肌には、縫ってつなぎ合わせたような恐ろしげなつぎはぎの跡が残っていた。

 

 見たものは彼をこう呼ぶ。

 つぎはぎの巨漢、と。


 ……まぁ、僕ことですけども。


 はい、というわけで大道芸人として仕事中の魔法生物11号です。絶賛殴られ中です。


 殴られるのが仕事? と思ったあなたは正解です。現在の僕、つぎはぎワーカーは殴られ屋の仕事に従事しております。


 殴られ屋……。人に殴られて相手のストレス解消を手助けする仕事ですね。

 一応これも大道芸人の枠に入っているとは思います。大通りでやってますので……。


 先輩に話を聞いたおとぎ話『王様になった大道芸人』。その主人公の大道芸人はジャグリングや軽業、楽器なんかの芸で成り上がって行ったそうです。


 ですが、僕は小道具や楽器を持っていませんし、買うお金もありません。技術も練習する時間もありません。

 ないない尽くしの僕でもできる大道芸として考え出したのがこれ。殴られ屋。


 必要なものは頑丈な身体。以上!

 まさに僕にピッタリの仕事です。


 僕の身体は自称天才魔法生物学者フラン=シュタイン博士が作った特別製。

 鍛えている男のものとは言えど、そこらの人間のパンチで傷つけられる構造をしていませんからね。

 まぁ、フランさんの受け売りなので詳しい理論とかは知りませんが、とにかく頑丈です。


 おっと、そろそろお客さんの拳が近づいて来ました。思考を仕事に戻しましょう。


 僕は拳が身体に当たる直前、タイミングを合わせて腹筋を固めつつ後方にジャンプ。衝撃を殺します。


 そして、悲鳴を上げながら吹き飛ぶ演技をします。


「ぐ、ぐわー!」

「おお、すげぇ吹っ飛んだ! こりゃあ賞金は俺のもんだな!」


 勝利を確信して喜ぶお客さん。

 僕は3mほど離れた地点に着地し、たたらを踏みながらもなんとか耐えた。


 ……正確には、耐えたように演技をしました。

 そして、パンチが効いた風に苦しげに息をし、宣言します。


「ハァ……ハァ……良いパンチだが、我を倒すには至らぬな……」

「くそーっ、やったと思ったんだけどなぁ…を」


 悔しがるお客さん。

 なぜそんなに残念そうかというと、僕を倒せばお金を払うどころか、むしろ賞金を得ることができるようにしたからですね。

 それを取り逃がしたと悔しがっているわけです。


 よしよし、僕の思惑通りに進んでいますね。

 僕は苦しむふりをしながら内心ほくそ笑みます。


 殴られ屋と言えど、バカ真面目にストレス解消を謳っても売上はたかが知れています。

 なんとか3万Gを集めるため、僕も色々考えてきたんです。この賞金というのも工夫の内のひとつ。


 つまり何をしたかというと、ギャンブル性の導入ですね。

 「僕を殴って倒せれば、今日の賭け金はすべて倒した人のもの」と宣伝したわけです。


 これがなかなか受けました。始めてから数時間経ちましたが、今ではもう僕の周りを見物人と客が取り囲んで大盛況です。


「今の男は危なかった……。この街にはなかなか強者が多いではないか、修行にうってつけだわい。さぁ、誰ぞ次の挑戦者はおらぬか!」


 僕を殴り終えたお客さんが離れて行くのを見計らい、次の利用者を呼びこむため声を上げます。

 ダメージは全く無いですが、危なかったとアピールしておきましょう。全く効いていないと思われれば、次のお客さんが来てくれないかもしれません。


 あ、口調についてはキャラ付けです。

 いつもの僕の口調ですと、威圧感と説得力がないですからね。

 今の僕は、東の国から来た求道者。修行のために強者を待っている……。ことにしています。


 さぁ次のお客さん。と思っていると、期待通りに女性がひとり前に出てきました。

 その人は僕の前に立つと一言。


「貴方強いんだ……?」


 そう言いいながら、眠たげな目で僕の全身を舐めるように観察してきました。

 それに対し、僕も視線を返しますが……。


 一目見て、その女性ひとから目を離せませなくなりました。


 女性の年齢は高校生入りたてくらい。整った顔立ちをしています。

 髪も美しいですね。肩付近で切りそろえた金髪には枝毛が見当たらず、しっかりと手入れがされていることが伺えます。


 しかし、最も気になるのが服装。

 顔も髪も綺麗で目を引くんですが、それよりも服装がすごい。


 ハイレグです。


 ハイレッグレオタード。しかもかなりエグい角度のやつ。

 スラッと長い足。その付け根が丸見えですよ。

 鼠径部が丸見えですよ。

 どう考えても町中で着る服ではないです。


 鼠径部に吸い付こうとする目線をなんとか上げてみると、レオタードはそのまま上半身まで包み、ボディラインをあらわにしています。

 そして、そのレオタードの上から軍服のようなコートを身につけています。


 生脚丸見えなのに、羽織っている上着が長袖なので、上半身と下半身で露出度の差が大変なことになってますよ……。


 ふーん、痴女じゃん?

 フランさんも異様に丈の短いホットパンツを常用しており、毎日目の保養だなと眺めています。しかし、この人はそれ以上に痴女じみた服装ですね。


 服装が場から浮きすぎてて白昼夢かと疑いましたが、何度確認しても変わりません。

 えっちです。えっちありがとう。


 しばらくそうして見入っていると、暫定お客さんが痺れを切らしたのか返事を促してきました。


「強いかって聞いてるのだけど……?」

「あ、すみませ……じゃなかった。すまぬ、故郷では見たことのない服装でな。つい見入ってしまった」


 慌てて素の返事をしかけましたが、なんとか武人ロールを続けます。

 そして、今までお客さんにしていたように大仰な名乗りをします。


「強いかだと? 我こそは宮本武蔵、日ノ本一の戦士よ。強いに決まっておろう」

「強いんだ」

「おうとも」


 僕のこの名乗りはギャラリー受けがすごい良いんですよね。目新しいのかもしれません。


 そして、名前をお借りしました宮本武蔵さんごめんなさい。

 湧き出てくる知識の中でもっとも強い人ということで名乗らせて頂きました。


「それで、お主も我に挑戦するのか?」

「うん、挑戦したい」

「そうか。それでは賭け金を頂こう。今は……60Gだな」


 60G。結構な額です。

 昨日の僕が半日かけて稼いだお金が30G。その倍の金額ですからね。

 主食のパンを買えば6食分になります。


 なぜ挑戦料がこんなに高額かと言うと、貯まった賞金に比例して料金も上がるように設定したからですね。


 最初は20Gから始めましたが、賞金が千Gを超えたところからは30G。2千Gを超えてからは40Gと増やしていったんです。


 それで遂に今日の稼ぎが4千Gを超えまして、挑戦料も60Gと相成りました。


 4千Gですよ。すごくないですか?

 僕のこれまでの努力は何だったのかと。

 日雇いで30Gをせこせこ稼いでくるより、最初からこうしていれば良かったんですよ!

 このまま行けばフランさんの借金3万Gなんて馬鹿な数値にも届きそうです。


 だから、悪いですが絶対に倒れるつもりはありませんよお嬢さん。

 たとえ、スーパーえっちな服装の美少女が相手であろうと、ね……。

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